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仙台駅に着いたはよいものの、何時何分の新幹線に乗るかはわからない。義理子さんもそれは教えてもらえず、誰の見送りもいらないと断られたそうだ。
もしかしたらすでに乗車してしまってるかもしれないが、とにかく新幹線のりばを漏れなく探すしかない。
晴太の携帯に電話してみたが、電源が入っていないと無機質な音声が流れるばかりだった。
やはり居ないのか。せめてもう一度謝りたい。その想いで胸がいっぱいだった。
晴太くらいの背丈のスーツを着ている男性に声かける。間違えたって、確かめなければ晴太は見つからない。
すると沖田が「いた!」と声を上げ、改札口の方へ走り出す。
長い弓袋は晴太の後ろ姿がまともに見えなくても、それが彼だとわかる目印になっていた。
「局長ォ――!」
沖田の叫び声は新幹線ホームに響き渡った。すでに改札口を超えた晴太に会うには入場券を購入しなければならない。
しかし沖田は改札口のバーを飛び越えて行った。
「あのバカ!」
沖田を取り押さえようとする駅員に入場券2枚を慌てて渡し、事なきを得て改札口を通過する。
「晴太!」
沖田と同時に晴太の腕を掴んだ。間違いない。事故で綻んだスーツと弓袋なら顔を見ずとも晴太だ。
晴太は俺達に驚いた様子だが、いつものようなリアクションではない。薄ら笑みを浮かべるだけで、目は笑っていなかった。
「義理子さん、話しちゃったんだ」
「晴太、すまなかった。俺のせいで晴太の人生をめちゃくちゃしてしまって……謝っても謝りきれないけど……」
晴太は指でバツを作って話を遮る。
「君は止めてくれたじゃないか。過去に戻ったのは僕の意思だよ。君は悪くない」
「だけど」
「聞いたと思うんだけどさ、過去に戻った時に死んじゃいそうになって。八十禍津日神にね、死なない変わりにイタコの力を渡しちゃったんだ。だから、さ――神霊庁に居られる理由がないっていうか……」
ゆらゆらと、目に涙を浮かべている。晴太にとっては、これは大きな挫折。11歳から修行して高校にも行かず、イタコになるために全てを捧げてきたんだ。
例え今の表情が偽りの笑顔でも、気遣えるだけで凄いよ。
「本当に、無くなったのか?」
「全くではないよ。でも本当ならね、僕の家系は決まってる期間に恐山に来山した人の親族だけに口寄せをしてるんだ。イタコは本来そうしてなきゃいけないしね。だけど僕は違う。どこでも誰でもできて、僕はそれに長けていたってだけでね。けど……その、長けてる部分が使えなくなっちゃって」
「なら辞める必要ないじゃん。今は普通のイタコなんでしょ?」
沖田がなんだ、と左肩を揉みながら言う。
「普通じゃダメなんだよ!」
誰もが振り向いてしまうような、どうにもならないと怒りを込めたような声を裏返して叫んだ。
これまでにも怒ることはあった。けれどいつも冗談めいていて、今の声は晴太からは想像も出来ないような怒鳴り声だった。
沖田も後退りをして驚いている。
「僕は男ってだけで絶対無理だって言われて、それでも天才って言われるくらいのイタコになれたんだ」
晴太の苦労は計り知れない。命を落としてもおかしくない修行をして、それがあっさり奪われた悔しさは到底理解できない苦しさだろう。
「守は頭が良くてさ、クールでスマートでさ、頼れてさ、いつもかっこいいよ。洋ちゃんは誰のことも差別も区別もしない。自分を貫いてる。他人に興味がないからなのかもしれないけど、絶対に誰かのことを影で悪く言ったりしないんだもん」
そんなことないと返しても、晴太はそんな事ある! と力強く返した。
「君たち2人は何か持ってる。転校した時、訛りのせいでひとりぼっちだった僕のことを局長って呼んでくれたあの日から、11年間ずっと! 離れても、今までだって! 2人の隣に堂々と並べる人になりたいって、僕も何かあればいいのにって思ってたんだよ! だから、イタコの道を選んだんだ!」
神霊庁に入庁して5年が経ったら会いに来ようと思っていたこと、それが今年で目標は思わぬ形で果たしたことも告げられた。
「でもダメだ……天才って言われてた人が普通になったら落ち込まれる。こんなもんかって、勝手にがっかりされるんだ。僕はそれに耐えられない! だから普通じゃダメなんだ! 僕からそれを取ったら、何処にも居れない……何も、何も残らないのに……どうしていいかわかんないよ……」
堪えきれない大粒の涙が改札口のタイルを濡らす。成人した男が地方中枢都市の主要駅の新幹線乗り場で泣いていれば目立つのは必然だ。
しかし、晴太にとってそれは重要じゃない。
「こんな僕じゃあ、2人とも居られないんだ。ごめんね」
スーツの袖で涙を拭い、再び笑顔を見せる。
イタコでなくたって、晴太の性格ならどこでだってやっていけるだろう。
俺はいつでも重要な場面でかける言葉に迷う。沖田にも晴太にも。一度は失ったと思った2人。下手な言葉をかけて、2度も失いたくない。
晴太の決意を邪魔しない方がいいのかもしれない。
俺は黙って送り出すことを選択したが、沖田は黙っていなかった。
泣いている晴太の胸ぐらを掴んで、果敢に正面から立ち向かった。
「勝手に居場所が無くなったとか言って泣くな! いつアタシらが、何もないなら必要ないねって言ったんだよ!」
「言って、ないけど……」
晴太は沖田の目を見れずに視線を逸らした。
沖田はじっと晴太の顔を見つめて、パッと胸ぐらを離す。ワイシャツはしわくちゃになっていたが、それ以上に晴太の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
「なっちまった事は仕方ないんだよ。理不尽に奪われたってなんだって、それが運命なんだから仕方がないじゃんか」
「そうだけど……」
「何していいかわかんないなら
悩んで落ち込んでいる晴太にも強引さは変わらない。特に慰めるわけでも、アドバイスするわけでもない。
晴太も圧倒されてるいるのか、モゴモゴと下を向きながら、自分の指針を決められないでいるようだ。
「アタシに呪われてれば?」
「え?」
「アタシと関わったから能力がなくなって、アタシを助けたくて能力がなくなった。でもアタシの事好きなんでしょ? じゃあアタシに呪われたから嫌でも神霊庁に居なきゃいけないって思い込めば? 黙ってアタシのせいにしとけばいいじゃん」
「でも今の僕には出来ることないし、それに――」
沖田が晴太の首の後ろに右手を回した。晴太の体傾くと顔と顔が重なり合って見えた。
「はい、呪った」
顔が離れると、沖田は用が済んだと勝手気ままに歩き出してしまう。
「な、何したんだ?」
「11年前の僕が失敗したことと同じこと、されちゃった……」
泣き顔は茹蛸や林檎のように耳まで赤く染まっている。
なんの事だと色々思い起こすと、沖田と晴太が再会した時に知ったファーストキス未遂。
晴太はさっきまで話していたことなんて忘れてしまいそうなくらい混乱し、わかりやすく動揺しては目を回した。
こんな公衆の面前で何してるんだと怒りたくもなったが、なんだか怒れば怒ったで意味が変わる気がして胃がモヤついた。
「調子狂うなぁ」
「って言う割には顔がニヤけてるぞ」
「えへへ、まぁね。ちゅーされたかと思っちゃったから。ほっぺただけどね」
晴太の顔の曇りは晴れている。赤色の瞳に照明の光が入ると、「でも」と続けた。
「大人になっても、呪われてもさ。迷ったら強引に手を引いてくれるのは変わらないね」
「いいようにいってやるな。我儘なんだよ。ずっとな。で、お前も呪われるのか? 沖田の呪いは金が掛かるぞ」
「もう呪われてるよ。僕の悩みの全部、呪ってくれちゃった」
晴太は改札口を出て行く沖田の後を追い、それに続いた。晴太は青森行きの切符を払い戻すことも頭にはないだろう。
沖田を挟むようにして3人並び歩けば、自然と小学生の頃の記憶が蘇ってくる。
「神社のばあちゃんにまた働かせろって言うんだぞ。じゃないとアタシ1人でお金返さなきゃいけないんだからな」
「え!? あのお金って僕も払うの!?」
「だって邪神にも呪われてんでしょ? 伊東ルールなら払わなきゃいけないね」
「理不尽だなぁ」
「土方も早く呪われろよ。そんでアタシより多く払っておけ!」
「バカ言うな。俺はお前に財布を呪われているんだぞ。学生にたかるな」
沖田がケチ! と不満気な顔をすると、晴太が小さく吹き出して笑った。笑いは止まらず、目尻からポロっと涙が溢れる。
「実はね、ちょっとだけ。心のどこかで、2人が来てくれないかなって期待してたんだ」
俺は沖田と顔を見合わせ、同時に晴太に言い放った。
「沖田と土方って来たら、近藤がいなきゃな」
俺達はかの有名な新撰組と同じ苗字なだけの一般人。家系は彼らに全くもって関係ない。
今はあれこれ問題は山積みだが、なるようにしかならないのだから仕方がない。
-1我儘目 日常の終わり、非日常の始まり〈了〉-