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11勝手目 秋田の山南(1)

 晴太が神霊庁に戻ると決めてすぐ、義理子はとある臨時職員に連絡を取っていた。

 それは俺や晴太、沖田も知らない、神霊庁東北支部の「幸災楽禍洋改善計画」の始まりだった。



 神霊庁から「過去戻りの禁忌」の承諾を得た俺達は、鏡の中に入る事が出来る沖田と晴太は何度か過去に戻っていた。


 わかったことがいくつかある。


 禁忌の方法はあの通りのまま。北側の鏡は入口。南側の鏡は出口。

 日付の書いた紙を燃やすと、禁忌を展開している付近で発生した災害や事故、事件に関わる事ができる。

 沖田はそこで命を落とした人間と同じ死因を経験してしまう。


 死なない呪いを受けているから死にはしないが、晴太に手を貸してもらわないと歩くことすらままならないで帰ってくる。


 しかし、沖田がこの時に流した涙が玉になって流れれば、死者の魂は自然とそれに集まってくるという。それが天に向かっていくようであれば救済完了。

 晴太はこれを「救済の雫」と名付け、瀕死の沖田の代わりに晴太が死者に渡す事で救済が出来ているだろうと判断することにした。


 死者の魂の数や怪我の程度によっては、救済が完了すると沖田の体が回復して行くのもわかった。

 完全に回復するわけではないものの、救いという行為によって幾分かマシになるらしい。


 そんな沖田は相変わらず他人には同情が出来ないでいる。

 例えば「この人がこの事故でどんな理由で死亡する」と伝えても、沖田は生返事をするだけ。あくまで他人事、沖田にとっては日本の何処かの出来事に過ぎない。


 沖田自身が痛みや呪いから逃げる方法は、酷ではあるが「禁忌の実体験」を通し、自分も助かりたいと思う事で救済が出来るという不思議なシステムを利用するしかない。


 おかげでこの活動を始めてから体はボロボロになり、いつも不機嫌で包帯や絆創膏だらけ。手当するこちらも痛々しくてたまらない。


「背中痛い、頭痛い、腕痛い、足痛い、腹痛い、口ん中痛い!」

「そうだよね、辛いよね」


 晴太は目の前で事故や事件に巻き込まれるのを見ているので、その大変さを理解している。

 イタコの力は失ったが、沖田のサポーターとして神霊庁との連携を取ってくれたりしている。


 俺は沖田の家に泊まり込み、怪我の手当をしているものの、沖田の精神状態もかなり疲弊していた。


 両親と連絡は取れるが自宅へ帰って来てくれないことや、体が痛くて眠れないこと、とにかくあらゆるストレスが溜まっている。

 沖田の両親が帰ってこない理由はわからない。本人は泣く事が出来ないので、とにかく怒るしかないのだ。

 俺や晴太だけならまだしも、八幡宮に勤める職員達にも当たり散らかすので完全に厄介者扱いされている。


 どれだけ神霊庁で煙たがられる存在でも、俺と晴太は味方だ。禁忌を犯している責任は自分達で取る。他の誰かのせいにするのは御法度だ。


 ――そして、ある日。沖田に転機が訪れた。


 義理子さんから、紹介したい人がいると八幡宮へ招かれたが晴太も何も知らないと言う。

 午前中の俺の大学が終わってから、ミイラのようにぐるぐると包帯を巻かれた沖田を抱えながら出向いた。


 もはや通い慣れた八幡宮の応接室。中では見知らぬ女性が義理子さんの隣に立っている。


 栗色のロングヘアに発光するようなビビットピンクのカチューシャ、同色のミニスカート。全体的に俗にいうロリータ系というのか、全体的にふりふりふわふわしているのである。

 化粧バッチリ、頭の先から爪先まで綺麗に整えている。沖田とは真逆の、所謂"女子力高め"な女性だ。


「今日から洋さんの介護に就かせます。神霊庁東北支部の山南さんなんです」

「アタシの介護ぉ?」


 女性の紹介に、沖田はすぐに突っかかった。どこの馬の骨かも知らない奴にアタシの介護なんか出来るか! と八つ当たりに近い不機嫌を撒き散らす。

 沖田の態度はともかく、急にそんな事を言われればこちらも戸惑うのだが。


 紹介を受けた山南という女性は、全身包帯だらけの沖田を隅々までじっくり見ると、呆れたを溜め息で表した。


「これ、巻けばいいって思ってるわね? こんな巻き方、論外よ! ここ! 絆創膏からガーゼがこんなに飛び出して! 貼ればいいってもんじゃないのよ! 噂通りガサツね!」


女性らしい声とは裏腹に、傷の手当てに対するダメ出しが止まらない様子は勝気な性格を思わせる。

 確かに、切りっぱなしのガーゼの上に絆創膏をべたっと貼っただけなのは少々いただけない。


「貼ったのはこの2人だよ!」


 沖田は負けまいと、山南よりも強い口調で返した。やられたらやり返す。やり方がガサツと言われればそうなのだが、今回包帯だガーゼやらの手当てをしたのは晴太だ。


 顔を見ると斜め左下を見ながら冷や汗をかいて「いやぁあ、僕だったかなぁ?」としらばっくれて両手を摩っている。

 俺は大学に行ってたから関係ないだろと言いたいところだが、火に油を注いでも収拾がつかなくなるので黙っておく。


 山南は沖田の言葉に我にかえったのか、数秒固まって咳払いをし、腰に手を当てて笑顔を作った。


「私、山南祈さんなんいのり 山の南で山南よ。今日から幸災楽禍洋ちゃんのお世話させてもらうわ」

「変な名前で呼ぶな! アタシは沖田――ッ」


 忌み名で呼ばれるのを嫌がる沖田の口に人差し指を置いて黙らせる。沖田が圧倒されているなんて、そりゃあもう珍しい事だ。

 義理子さんから沖田のことを色々と聞いているんだろう。


 が、この山南という女には猛獣使いの素質があるかもしれない。


「洋、よろしくね!」


 ウィンクで挨拶する山南に、沖田は眉間に皺を寄せ、眉を八の字にしながら不服そうな顔で睨んでいた。



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