8月半ばの朝は仙台と言えども暑い。
東京よりマシかと思っていたが、30度を超えられるとどこも暑い。東京より北にあるんだから涼しくあれ。風が吹いても熱風って東北としてどうなのよ。
昨夜は洋の家の一室を借り、なんとか眠ることが出来た。しかもちょっといいベッド。安眠特化のいいヤツじゃん。結構高いだろ、コレ。文句を1つ言うならば、ちょっとおじさん臭いけどな……。
まさか洋のおじさんとおばさんが本当の親じゃなかったなんて驚いたけど、おれが来たから良かったんじゃねぇのと思っている。
おれも家無いし。帰る場所も頼れる人もいない。ならばここに住まわせてもらいつつ、洋の兄ちゃんとして面倒見りゃいいって事だ。
その為にこのベッドは残されていたわけだ。神はおれを見捨ててなかったぞ。
しっかし、昨日は散々だったなぁ。折角の再会も拒否られてばっか、誰もおれを求めてない。
テレビ見てりゃあ気持ちが沈むし、携帯を見ても通知は無い。
マジで干されたのかな。仕事が無くなっても他に出来る事なんかないぞ。
どうしたもんかな。あぁ、先の事なんて考えたくねぇ。この顔面で楽して金稼ぎてぇ。
ちやほやされまくって、老若男女からモテて、黄色い声援浴びてぇ。
でも、もう無理だな。マジで遊びすぎた。おれが悪い。
どうにかならなねぇかなぁ。家はとりあえずここに居させてもらうとして……ワンチャン洋に養ってもらうか? 仕事はしてるって言ってたし。で、家事はおれがやって……え、完璧じゃね?
うわ、なんか大丈夫な気がしてきたわ。希望に胸を躍らせてカーテンを豪快に開けちゃったりすると、爽やかな青空が完全同意してくれている。
とりあえず、あの3人に受け入れてもらうところからはじめますか。味方は居たほうがいいからな。仲良くしてもらうには飯。朝飯から始まるコミュニケーションってか?
ちょうど1階から飯の匂いもする。階段を軽快に降り、キッチンへ行く。
昨日知り合ったばかりの晴太が火元に立っている。暑いのにご苦労様だ。
「やぁやぁおはようさん! 仙台の朝は爽やかだなぁ」
「おはようございます……」
「なんだよしけた顔して。兄ちゃんに何があったか言ってみ?」
まるで二日酔いのような顔色。昨日酒を飲んだのは見なかったが、夜中にこそこそ飲んだのか?
「僕らの仕事ってちょっと特殊で……その、洋と僕が仕事のことを思い出して怖い時は洋の部屋で3人で寝るんですけどね? 朝起きたら……ゔっ」
それ以上言ったら死ぬのか、顔を皺くちゃにして涙を堪えているようだ。僕の口からは言えませんと涙声。なぁにがそんなに辛いんだよ。
晴太の涙の理由を探るべく、2階にある洋の部屋へ確かめに行って見る。
扉をそっと開けると、まだ深い眠りについている守と洋の寝息が聞こえてくる。
ベッドから落ちた洋が守へ抱き枕にしがみつくように抱きついて、洋の背中に添えるようにしてある守の右手。
幼馴染だからと言えば納得――しないわ。マジで付き合ってないの? なんのハプニングもないの? 何、純愛だよってか。やかましいわ。
いや待て? 何とも思ってないからこそ、こう出来るのでは? おれならすぐ手ェ出しちゃうけどなぁ。いけないとわかっていても逆に失礼だったりして?
守がチキンなのか洋が無神経なのかわからん。けど、好きな女がすぐ隣で他の男に抱きついて寝てたら悲しくもなるわな。
晴太、可哀想——と思った瞬間、カンカンカンと甲高い爆音が耳を
寝ていた2人も飛び起きる。音の出し主は晴太。
人を呪うような顔で、フライパンとお玉をぶつけ合い、怒りの原因である2人を律儀に起こしに来たのだ。
「ご飯、出来たよ……顔、洗って来てね……」
薄ら笑みを浮かべて去っていく。キーンを耳鳴りが止まず、2人は寝ぼけた顔をしながら何が起きたとポカンとしている。
「お前らが無意識にイチャイチャするからだぞ!」
さすがに晴太が不憫で、寝ぼけ眼を擦る2人に喝を入れた。
◇
「まだ怒ってんの? 寝てる時のことなんかわかんないよ」
「じゃあ言わせてもらうけどね、無意識にいつもどういうことしてるってことだからね!? 僕には絶対しないでしょ!」
「だから寝てる時だからわかんないってば……」
朝食の空気は悲惨だ。怒る晴太に責められる洋。晴太は折角作った雑炊を食べずに、レンゲでぐだぐだ混ぜるだけ。
洋と話しながら守を睨み、守は目を逸らしながら雑炊を口に運ぶ。
「あんま怒んないでよ。はい、あーん」
洋が若干面倒くさそうに自分の口をつけたレンゲで雑炊を掬って、晴太に食べさせた。
晴太の顔はぱぁっと明るくなり、名前に相応しい晴々とした笑顔。ちょろすぎだろ。
「梅干しとしらすが美味しいねぇ! 昆布だしも効いてて最高だよ!」
「いや作ったの晴太じゃん」
おれは何を見せられてるんでしょうか。晴太の機嫌が良くなったところで食卓は進んだ。食べ終えた後は洋が流し台に立って食器を洗う。ご機嫌の晴太はポンポン頭上にハートを飛ばしながら皿洗いを手伝っていた。
おれはソファでごろ寝。いやぁ一応今は
それに、二度寝ほど気持ちいいもんはないからな。ゆっくり寝かせてもらいますわ――ッ!
突然、目の前が真っ暗になった。なんだと思えばクッションだ。
座布団ほどのデカいクッションを避けると、冷めた顔をした守のが目の前にいる。
「お前、今日中に帰れよ。俺たち忙しいんだ」
ぶっきらぼうに目も合わせない。おれに対して冷たすぎない? どうしても帰って欲しいのはわかるが、帰る場所がないんだってば。
「今は夏休みだから暇だろ。なんだぁ、バイトか?」
「違う。いいから。お前は帰れ」
「あぁはいはい。おれはおれでやりますぅ」
昔は兄ちゃんって慕ってくれたのに。舌打ちしやがった。洋と晴太の支度が終わると、3人で出かけてくると言って家を出ていく。
なんだよ。おれも誘えよ。3人の仲は邪魔されたく無いってか? 癪だな。仲間はずれは気分が悪い。どうせ守が嫌がってんだろうけど。
嫌がんなよ。兄ちゃんだぞ!
そうなれば行動だ。この顔で歩けばイケメンで目立ってしまう。
洋の家の物をちと拝借して、「誠」と刺繍された黒いキャップに星形のサングラス、マスクをつければ誰もおれだとわかるまい。
「いつも探偵に付けられる側だったが……今日は探偵ってな!」
車で外出されたら終わり。が、今日は叔父さんと叔母さんが車を使うから移動手段は違うらしい。
交通機関を使うとすればこの辺にバス停がある。きっとそこを使うはずだ。
おれもバスを使いところだが、ここは冷静にタクシー。配車アプリで近場のタクシーを呼ぶとすぐに来た。さすが地方中枢都市。都会だねぇ。
「あのバス追ってもらえません?」
「え? 尾行とかです?」
タクシーの運転手は面白そう、その格好だとそうですよね、とニヤけた。話のわかりそうな運ちゃんで助かるわ。
「反抗期の弟たちが心配でね……悪い事してないか確かめたいんすわ……」
「なるほど……適度に距離を取っていきますね!」
「あざす!」
タクシー運転手とのノリノリの尾行が始まる。バスは細かく停車し、降車する乗客を確かめながら後をつける。
右手には一万円札を握りしめて、いつでも降りられるように準備。
しばらく尾行を続けると、大崎八幡宮という仙台に居れば一度は聞いたことのある神社前で3人が降りていた。
「あ! いたいた! ここで降りますわ!」
「お客さん、お金多いよ!」
「尾行に付き合ってくれてサンキュー代ですわ! うなぎでも食ってどうぞ!」
調子に乗ってサングラスを取り、ウィンクしてしまう。やべ、謹慎中なの忘れてた。ちょっとクサいくらいが受けてたから、つい癖で。
やっちまったもんは仕方ない。3人が階段を登っていく後ろ姿を見ながら、他の参拝者に紛れて後をつける。
暑いのにマスクをして、あげくに階段。汗だくだ。やっと階段を登りきったと思えば3人は消えている。
息を整え、さほど広く無い境内を見て回る。
5月の地震で至る所が補修中だ。全然見る物もないのになにをしに来たんだ?
お守りを売ってるところにも居ない。お参りもしてない。絵馬も書いていない。
あと行けそうなところって言ったら、この社務所って所くらいか?
一般人が入っていいもんかわからんが、もしダメならヘコヘコ謝って出てくりゃいい。
引き戸をそっと開ければ、洋の家にあった靴が並んでいる。
理由がわからないまま、空き巣のように中へ入った。
「ばあちゃん、アタシ耳取れたんだぞ! でもくっついたんだ! すごいだろ! 褒めろ!」
「洋さんの血縁者じゃないのですから、せめて義理子さんとお呼びなさいと言ってるでしょう!」
「ばあちゃん!」
奥の部屋から洋の無邪気な声がする。耳が取れたってなんだよ……。
扉にそっと顔を当て、聞き耳を立てる。すっかり全てが聞こえるわけでは無いが、過去戻りだの”キンキ”だの、よくわからない言葉の数々。
「誰よ、アンタ」
「ん?」
栗色のロングヘアの女。ピンク色のミニスカートにフリルのあしらわれた白ニーハイが眩しい。
腰に両手を当てて、おれを怪しむ表情からするにここの関係者だろう。
なんかもっと巫女とかそれっぽい人が来ると思ったのに、気の強そうな女が来ちまった。
「あー……いや……この中に弟が居て……気になって入ったっつうか……」
「守も晴太も兄弟がいるなんて言ってなかったわ? そのサングラス外しなさい!」
知り合いなのかと返す間も無く、星型のサングラスが顔から剥がされた。おまけにマスクも落ちれば、はい、ご尊顔が露わになります。
「げぇえ!? 山崎学!?」
この驚いた顔。今騒がれていると言えども、イケメンを目の前にしたら目を輝かせちまうだろう。
昨日は相手が悪かっただけで、地方に来れば芸能人に会えただけで嬉しいって騒ぐはず――。
「食い物にされる!」
女は自らの肩を抱いてヒィと声を上げた。まだ嫁入り前なの! と人を性欲の権化のような目で見るのだ。
「食わねぇよ!」
おれの世間のイメージって、本当最悪なんだな……。