不機嫌とか生優しい言葉ではなく、軽蔑している感じがする。絶対におれの向い側には座らないし、話もしない。
尾行した理由を話したら大きなため息を吐かれた。
「まさか山崎学と守が従兄弟だとはねぇ。確かによく見ると、なんとなく似てるわ。肌の色とか羨ましい」
「お爺さんがドイツの方なんだっけ?」
「そそ! おれは爺ちゃん家も追い出されたけど」
「バカねぇ」
守だけでなく祈まで呆れている。おれ、ずっとため息つかれてんなぁ。そろそろ傷つくわ。
洋くらいだぞ、おれを邪険にしないのは。
って、ダメダメだ! しょげるとキャラに合わないぞ。頬を叩いて気合いを入れ直す。
「つか、目の色で思い出した。洋と晴太はなんでカラコン入れてんだ? 黒とか茶色ならわかるぜ? でも色付きって……パンチ効きすぎな?」
晴太と出会った時に触れはしたのだが、結局答えてもらえなかった。
晴太と洋は顔を見合わせ、「どうする?」と晴太が問いかけると、洋は「いいんじゃない?」と返した。
「信じてもらえないと思うんですけど、僕と洋って呪われてるんですよ。八十禍津日神って神様に」
「呪われてる証拠みたいなもん。青がいるなら赤と黄色がいてもいいじゃん?」
はあ、なるほどねぇ……とはなるまい。八十禍津日神? ダレソレ。
すぐに「んなことあるわけねぇだろ」と返すのは一般人。おれは大人しく呪われている詳細を訪ねた。
祈も信じられないわよねと言うが、嘘をついているようにも見えない。
洋は我儘で奔放的な印象だった。それが久々に会ったら呪われていて、それでいて永遠に生きる人間だなんて信じられるわけがない。
ましてや超現実主義者なはずの守がこの場に同席している。この状態がどんな言葉よりも説得力があるんだよなぁ。
「あの邪神、いつかぶっ叩こう!」
「また呪い増やされるわよ? 興味本位で聞くんだけど、八十禍津日神ってどんな感じなの? やっぱり神々《こうごう》しい?」
「アタシが見た時はモヤかかってた。髪が長くて金無さそうな男だな」
金のなさそうな神様ってどんなんよ。洋の語彙力が無いだけか?
「僕が見た時はストリート系の服装だったよ。人間の文明に興味があるんだって」
「神様はその辺に紛れてるかもって映画があるものね。服装がストリート系なのは意外だけど、意外とお洒落なのかしら」
まるで何かの作品を語っているような会話。聞き流してしまうような会話だが、おれはストリート系の男というワードに引っかかっていた。
「髪の長い……ストリート系……」
――それは記憶に新しい、一昨日の夜の事。
ストリート系ファッションの長髪の男と、たまたま入った赤提灯の居酒屋で隣に座った。
岩手を追い出され、途方に暮れながら終電の新幹線で仙台へ来た夜。
半分は楽観的に、また半分は絶望的に。浴びるように酒を呑んだんだ。
なるべくアルコール度数の高いものを選んで、酔いで全てを忘れられるようにってな。
無慈悲に時間が経つと、おれは自分が立っているのか座っているのかもわからなくなっていた。意識はあるけれど、目も回って脳みそでろでろ。
店員に出された水でなんとか意識を保っていると、手の付けていない仙台味噌の田楽に隣から手が伸びて来た。
「それ、おれの田楽っす」
「食べてないだろ」
隣の長髪の男が酒で頬を赤く染め、おれと同じくらい酔っていたっけ。
「まあいいすけどぉ、代わりにおれの話聞いてくれませぇん?」
男は田楽と引き換えにおれの愚痴を聞いてくれた。仕事やスキャンダルの話が大半で、男は気持ちのない相槌しか打たなかった。
ああどうせ聞いてねぇんだろうなぁと思ったら、もうどうでもよくなった。そして勢いで今まで口にして来なかったことまで話してしまったっけ。
「おれぇ、障害持ちなんすよ」
聞いてたとして、多方面に言いふらされても酒の席だったから適当なことを言ったと言えばいい。
男はおれを見るわけでもなかったし、手の付けていないつまみに夢中だった。
「まぁ詳しくは言わないんすけどぉ、誰でも出来る
「……貴様はどうしたいんだ?」
「えぇ?」
貴様ってなんだよ。随分上からだ。酒が入ってるからなぁと、なんでも酒のせいにする。
「ぶっちゃけっすよ? 従兄弟みたいになりたいんすよぉ。従兄弟、頭良くて、顔もいいんすよ。マジ羨ましくて。おれにも何か、おれにしかやれない特別があればいいのになぁって思うんすけどねぇ」
確かそんな事を言った。そしたらその男、初めておれの顔をまじまじと見て口元だけ笑ったんだ。
「もし、何かを代償に
「代償ぉ? じゃあ、障害がすっかり出来なくなるとかすかね? それでも嫌すけど」
「……ふむ」
男は酒を飲み干すと、何かを考えているように見えた。んや、ただ気が向いたから話しかけて来ただけで特に意味はないのかもしれない。
質問を投げかけておいて、会話を進めない人間はいるからな。
吐き出せてラッキーくらいに思っていたら、突然目に激痛が走る。視覚が無くなったのかと錯覚した。絶対に目潰しされた。痛みだけでなく不快感も持ち合わせた感覚に怒りが湧く。
「何すんだよ!」
絶対に隣の男だ! 目を瞑りながら、体を向けて怒鳴ったさ。けれど男は謝るでもない。おれが痛がっている様子を見て笑っているのだ。
「望んだ時に失い、そして何かが手に入るかもしれんぞ。
肩をポンポンと強く叩かれ、目の違和感がなくなる頃には姿を消していた。
文句を言おうと思ったのに。しかもおれに勘定までなすりつけていきやがって。