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22勝手目 味噌田楽と引き換えに(2)

 ――その男も長髪ストリート系ファッションだった。まさかなぁ。神なんてそうそういるもんじゃねぇし?


 酒の飲み過ぎて見た夢だった。そうだ。洋たちの話とは関係ない。

 洋や晴太の呪いも気のせいなんじゃねぇの? 呪われごっこなんて、まだまだガキンチョなんだな。

 守と祈はそれに付き合ってんのか。はぁ、兄ちゃんにはよくわかんねぇや。


 仲間外れにされたと思ってたけど、呪いとか神とかを信じてる奴らと一緒じゃなくてもいいんじゃないかと思い始めて来た。

 守も帰れって顔して見てくるし? 家に帰って寝てた方が有意義だったわ。


 でもなぁ。あの時のことを思い出すと、確かにってのは欲しいよな。誰も代わりのいない、唯一無二の才能とか。


 ――欲しいよなぁ。欲しい。 


 じりっ。じりりん、と、どこからか音がする。この胸を不安にさせるような呼び出し音、黒電話か? 音は遠いけど、確かにこの建物の中から聞こえる。


「誰か電話鳴ってね? 今時着信音に黒電話かよ」

「鳴ってる? 私には聞こえないわよ?」


 その部屋にいる全員が携帯を見るが、誰も着信はないと言う。じゃあ社務所の電話かと言えば、この時代に黒電話なわけがないでしょうと婆さんに怒られた。


「じゃあ誰だよ。ずっと鳴ってんぞ」

「耳までイカれたのか」


 守の態度と一言にカチンと来た。いいよ、おれが見つけるさ。絶対に鳴ってるもんね。

 みんなしておれをこけにしやがって。こんなにデカデカと聞こえるのに知らないふりとかありえねぇだろ。


 そんなにおれが嫌いですかってんだ。


 不貞腐れながら社務所の部屋を辿って音の在りかを探す。まるで呼ばれているかのように迷わず進み、とある扉を開けてみると音はかなり大きくなった。

 黒電話ってこんなうるせぇの? 頭に響くわ。


 大量に置いてある物をかき分け、黒電話を探す。しかし見つかったのは、黒電話の受話器が繋がれた木箱だった。

 持ち上げて見てみると、木箱には黒電話のダイヤルとベルのようなものが2つ付いている。 


 箱を隈なく見れば「23号自動式壁掛電話機」と金属プレートに記載があるから、やっぱりこれは電話だ。


「電話線とか繋がれてねぇのに鳴ってんの……?」


 暗い部屋でジリジリとけたたましい音を立てる古びた電話に背筋をぞくぞくさせた。

 この電話に出たらしねぇよな?


「もしもし……?」


 あぁ怖ぇ……それでも鳴りやまない電話が鬱陶しくて受話器を取る。


『遠野さ来たのに、なして遊んでくれなかったの?』


 おれの問いかけに答えるのは、幼い少女の声だ。遠野に来たのに? なんだ、おれのファンか?


「えっと……お嬢ちゃんはどこに電話を掛けたのかな?」

『あなたに掛けたの。遊びに来てよ。ねぇ。遊んで? 学校さいるから』


 遊んでとせがむ声が徐々に低くなる。緊張感を持たせ、ガチャンと電話を切りたくさせる低音だ。子供にこんな声が出せるのか?


『来てくれないと…………』


 奇妙な間を持たせ、企みの含んだ笑い声を最後に電話は切られた。


「いや、マジで何よ……」


 心臓が鼓動を早く打つ。マジで行かなきゃやべえんじゃねぇのって、思い出す低音が焦らせる。


 今度は携帯がバイブレーションを起こし、ニュースアプリの通知を知らせた。このタイミングでなんだよと思いつつ、苛立ちながら通知を確認する。


 ――遠野市内の小学校にて、児童が何者かに首を絞められる怪異現象。犯人は同じくらいの"昔の女の子"――?


 という見出し。さらに画面をスクロールする。記事にはとある小学校のトイレで「遊びましょう」と声をかけると、首を絞められるという理解不可能な現象があると記載されてある。


 なんかこれ、まずいんじゃないか? さっきの電話と関係ないって言い切れるか? もしかして呪いとかってマジな話?


 気味の悪い電話を離したくても、離したらヤバいと本能が言う。

 しかも電話を取ってからめっちゃくちゃ目が痛ぇ。居酒屋の男に目潰しされた時みたいな痛さよ。


 1人でいるのが怖くなったおれは、駆け足で部屋への廊下を戻っていた。電話、ニュース記事、目の痛み――マジ気味悪いわ。


 部屋まであと少しというところで、再び電話がなった。


『見てくれた? 遊びに来てくれる?』

「あのニュースのヤツ、お前がやったのか!?」

『そうだよ。お兄ちゃん遊びに来てくれるんでしょ? あ……もしかしてお友達も一緒じゃないと来れないの? じゃあ……』


 ケラケラ笑い出したと思えば、受話器はおれの耳元にあるのに今までより1番大きな音で電話が鳴らされる。


 散々聞こえなかったと言っていた全員がその音に気付き、廊下へぞろぞろと出て来た。


『これで来てくれる? ほんとはね、この電話はお兄ちゃんにしか聞こえないはずなんだよ? でもが遊んで欲しいから、聞こえるようにしてあげたの!』

「マジで何言ってるかわかんねぇよ! あ、待て! 切るな!」


 おれはこの事態を証明すべく、1番近くにいた洋に受話器を渡した。


「もし?」

『…………』

「何も聞こえないけど?」

「んなわけねぇだろ!」


 再度受話器を耳に当てる。女児はまた揶揄えたことを楽しそうに笑いながら話し出した。


『頑張って皆と来てね!』


 それだけ。ブツっと電話は切れてしまう。受話器を持つ手は汗ばんでいる。


「ふざけんなよ……おれが嘘つきみたいじゃねぇか」


 また何か言われる。邪険にされる。マジ? マジで居場所無くなる感じ?

 本当に起こった事なのに信頼されるわけがない。


 洋だってよくわかんないって顔でおれを見ていた。受話器に対しても、めちゃくちゃ古いとつまらなそうに言う。


 おれもどう説明していいかわからず、しどろもどろになる。電話は確かに本当だったけど……と祈や晴太が言えば、その後続く言葉はおおよそ理解できた。


「嘘じゃないんじゃないか」

「アタシもそう思う。なんも声は聞こえなかったけど、繋がってる感じはした」

「……信じるのか?」


 声を出したのは守と洋。守が嘘じゃないと言うなんてありえない。それこそ嘘だと疑いたくなる。


「目の色が変わってる。さっき八十禍津日神の話をしている時に心当たりのありそうな顔をしてたろ。電話が鳴ってると騒ぎ始めてから、ここに来るまでに目に何かなかったのか」

「そういや、さっきすげぇ目が痛くなって……目潰しされたみてぇな……?」


 守のやつ、おれのことを散々嫌っていても、ちゃんと見てくれてんだな……。それに嬉しくなっちまって、少し明るく話してしまう。

 声のトーンが変わった事に反応したのか、守はすぐに無表情になった。


「僕の時と同じです。僕も八十禍津日神に目潰しされて……じゃあ、学さんも呪われてるって事?」

「本当に変わってるの? ほら鏡見て見なさいよ。守と同じ色してたっていうならわかるでしょ?」


 晴太の話に既視感を覚えつつ、祈が手渡してきた手鏡に顔を映してみる。


「……あえ?」


 守と同じだった爺ちゃん譲りの青い瞳はどこへやら。鏡と守を何度も見比べて、自分の瞳の色に衝撃を受ける。


「うあ――! 緑になってる! カラコンじゃ……ねぇわ! うわ――!」


 目を擦ってもコンタクトをつけた時のようなゴロつきもない。まごうことなき自分の目。

 パキッとした発色のよいアニメキャラクターを思わせる緑色。


 戸惑っていると、左に晴太、右に洋でおれを挟んでくる。そして2人で顔を覗き込んで、ニヨニヨ笑っている。


「こっち側にいらっしゃいましぃ」


 赤い目と黄色い目がいるんだから、緑色だっていたっていいよなぁ?

 守に視線を向けると、ため息をついて部屋へと戻ってしまった。



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