嫌いな人間が近くにいると落ち着かない。
お調子者で考えなし。俺の兄だと言い張って、人の生活を荒らしていく。
どこにも安息がない。全てに荒々しく手をつけられて、汚されていく。
大学に来ていたって落ち着かない。
今までは沖田の呪いをどうにかしようと考えていたのに、学が来た事でストレスが溜まりまくって集中出来ない。
「副長大丈夫? なんか顔色悪いけど……コーヒーも減ってないし」
いつもの食堂で星が声をかけてくれる。ストレスの原因はと聞かれるが、軽い気持ちでアイツの話をしたらまた混乱が起きる。
多くは語らずにまあいろいろ、と誤魔化した。
「当てちゃおっかな……近藤くんと沖田ちゃんが付き合っちゃった……とか? もしくは沖田ちゃんと喧嘩した、あとは沖田ちゃんの振る舞いに困ってる?」
「なんで俺の悩みは全部沖田に絡んでんだよ」
「いつも大体沖田ちゃんの事だし。それに、最近は大学にも来なくなったしさ」
「あぁ、アイツ働き始めたからな」
「そっかぁ。じゃ、ニートだった沖田ちゃんが外に出て働いてるから、変な虫がつかないか心配なんだね」
「おい」
心配じゃないと言えば嘘になる。
何か危ない事はしてないかとか、他所に迷惑をかけていないか考えてはいる。
でも今は祈や晴太もいるし……いや最近は晴太だけじゃ心配になって来た。あの変態も最近は度が過ぎてるだろ。
沖田とまともに話すことも少なくなった。晴太に気を遣っているのもあるが、沖田の周りに人が増えたから自然にそうなったと言うか……。
頼りになる人間が増えるのはいいことだ。しかし、それへいい事なのに嫌な事に感じる。
言葉に具現化出来ないのもストレスの原因だ。なんだこれ。モヤっとする。胃潰瘍か?
「土方!」
ほらな。沖田の事考えてたら幻聴が聞こえて来た。大学に定食をせがみに来ないことも社会性が伴ったと進歩として受け入れるべきなのに、来ないな……とどこかで待ってる俺がいる。
いやいや、ただ沖田の身が心配なだけで寂しいわけじゃなく――でも秋田の禁忌を犯す前に、俺、寂しいとか言ったよな?
いやあれは違う。その場の空気というか、勢いで言ったのであってだな。
「ひ、じ、か、た!」
「あはは、久々に聞いたや」
机を両手で叩きながら俺を呼ぶ声は幻聴ではなかった。星が沖田に久しぶりと言うんだ、目の前にいるのは確かに沖田だった。
「何しに来たんだよ」
どうせ唐揚げ定食をたかりに来たんだ。奢れと言われる前に席を立つと、沖田はどこ行くんだよと不思議そうにする。白々しい奴め。
「唐揚げ定食だろ?」
「いや? 土方に会いに来たんだけど?」
「は……」
真っ直ぐに目と目を合わせて、思ってもいない返事が返って来た。
こんな涼しい室内では夏だからと理由をつけるのは難しいくらい、一気に顔が熱くなる。
「お前なぁ、大きい声でそういうこと……」
「土方と話したくて来ちゃダメなのかよ」
「お前……」
周りに聞こえように、わざと大きい声で言ってるのか。久々に集めた多くの視線が更に熱をあげる。そして沖田は視線を気にもしてない。
右腕で口元を隠したくなり、目を背けて座る。顔の熱が取れるまで、しばらく外を向いていた。
「ダメじゃないさ。だって学食は一般の人も出入りできるんだからね。はい、沖田ちゃん! 久々に会えた記念に唐揚げ定食!」
いつの間にやら星が唐揚げ定食を注文し、沖田の前に置いた。沖田は目を輝かせて、すかさず席につき箸を握る。
「気がきくな! えっと……なんだっけ」
「星だよ。沖田ちゃんてば全然覚えてくれないね……」
「そうそう! それ!」
一向に名前を覚えて貰えないと泣き真似をしつつ、久々の沖田の来訪に喜ぶ星。
星は沖田への下心が全くないので何の心配もなくいられる。
そんな星は唐揚げを吸い込むように食べる沖田を眺めながら、そういえばと会話を切り出した。
「沖田ちゃんが名前覚えられないついでで言うんだんだけどさ、自分、じつは"星"じゃないんだよね」
「へー」
「すっごい興味なさそう」
星じゃない、とは。苗字が変わったということか。問いかけると、大きく頷いた。
「親が離婚してね。婿だった父方の苗字になったんだ。さて問題です! 星から何になったでしょうか?」
「知らない。すこぶるどうでもいい」
定食奢ってもらったんだから少しくらい興味を持つフリをしろ。
まあそれが沖田らしいといえば沖田らしい。祈の目がなければ傍若無人なのは変わらぬままだ。
星はめげずにヒントを出す。"た"から始まり、これだったら沖田も覚えられると思うと自信たっぷりに言う。
沖田が覚えられる名前といえば、新撰組にまつわる苗字くらいなので恐らくアレだ。
あれこれ言っても興味のない沖田に痺れを切らし、星は答えとも言える決定的なヒントを出す。
「偉人の名前で言うなら
「……武田?」
「正解ッ! おめでとう! やっぱり新撰組に纏わらないと覚えてくれないんだね」
星はほっとした様子で拍手をしながら、星改め「
星で慣れてるいるから星でいいよと言われたが、沖田はそうはならない。
「武田、唐揚げごちそうさまな」
「星だって――いいや、沖田ちゃんは武田呼びね」
「俺も合わせるか?」
「副長の好きにしなよ。でも、この3人とか近藤くんがいれば本当の新撰組みたいだね」
「山南と山崎、伊東と原田もいるぞ!」
「藤堂もいるだろ」
沖田は満面の笑みで武田にピースする。洋斗の事には触れもしない。あんなに顔が似ている癖によく無視ができる。
武田はつられて笑いながら空の食器をまとめて立ち上がった。
礼を言うと、あとは2人で話しなよと言って気を遣ってくれた。
「なあ、武田観柳斎って同性愛者だったって噂があるだろ? お前もか?」
「沖田ちゃん!? 武田になったけど武田観柳斎になったわけじゃないからね!?」
沖田のアホなボケにも付き合う武田はずっと俺の隣にいる何かから、"土方が通う大学の人間"に昇格できたと喜んだ。
そこに沖田へ対する毒を持った好意はない。
「やっぱり副長と沖田ちゃん見てると安心するよ。最近沖田ちゃんの姿が見えなかったからさ、本気の喧嘩したのかなって心配してたんだ。2人にはずっと仲良しでいて欲しいし」
両親が離婚したばかりの武田はしんみりと寂しげな表情をした。
きっと、辛い思いをしたのだろう。しかし、それを気にかけてやれないのが沖田だ。
「仲良しかはわかんないけど、土方は居てもらわなきゃ困るな。財布忘れた! 土方、ジュース買うから金貸して!」
「何が貸してだ! 奢れの間違いだろ!」
と言いつつ小銭に渡してしまう。沖田は100円玉を2枚を握りしめて、自販機へと駆けていく。久々に大学で沖田がはしゃいでいるのを見ると、呪われる前の日常が懐かしく思えた。
「居なきゃ困るって、副長」
「ただの財布要因だろ」
武田はニヤニヤしながら食器の乗ったトレーを揺らし、素直じゃないなぁと肘で突いてくる。
「でもさ……素直にならないと、沖田ちゃん取られちゃうと思うよ。顔もいいんだし、無邪気でほっとけないところあるからさ。沖田ちゃんが必要だって言ってくれてるんだから、副長も自分の気持ち伝えた方がいいって」
「別にそんなんじゃ――」
「ないんだよね? でも副長が自覚ないだけで結構顔に出てるよ。武田拓美は土方と沖田の恋路を応援してまぁす」
言い逃げるように去っていく。何言ってんだと怒鳴ってやりたいが、恋路と言われて照れ臭くなってしまった。図星とかではなく、その言葉に照れているだけだ。
あんなガサツで我儘な女に惚れるなんて晴太くらいだろ。俺は別にただ、幼馴染として隣にいるのが当たり前になってるだけ。
「いつも居る奴が居なくなったら、嫌なだけだ……」
心の声を小さく口に出してみる。
そうしたら、胸がきゅうっと苦しくなった。ダメだ。口に出すのは良くない。自覚がないと言われても、武田の言うような気持ちは無いものはないんだ。