「土方、何難しい顔してんだ?」
「お前のせいだよ」
ジュースを買い終えた沖田の声に体がびくんと跳ねた。が、すぐに持ち直して額に軽くデコピンを喰らわせる。
沖田は小さく痛がると、意味わかんなと口を尖らせる。
午後に講義がない日を狙って来たのか、沖田は家に帰ろうと歩き出す。食堂を出て大学前のバス停も通り過ぎ、あえて時間をかけて帰ろうとした。
会話はなくとも足並みは揃う。
仙台市青葉区にある大学から、自宅のある同市泉区のまで歩くルートを行く。
「で、話って?」
「土方の機嫌が悪そうだからやめとく」
「別に悪くないぞ。ほら、言え」
沖田の左側の脇腹を少しだけくすぐった。沖田はくすぐったいと笑い出し、すぐに仕返しをしてくる。
息切れするまでそれが続き、互いに体力が尽きた事がわかるとダラダラと歩き出す。
「ふざけてないで言えよ」
「土方が最初にやって来たんだろ! 真面目な話だかんな? 怒んのなしだかんな!」
怒るなと念には念を押される。場合によると何度も答えると、沖田はやっと大学まで来た理由を話し始めた。
「この間の学さんの電話の件、土方はどうすんのかなって」
「ああ……」
学の名前にわかりやすく反応が冷めた。沖田はやっぱりなと大きな鼻息吐き、俺に構わず話を続ける。
「もし邪神が関わってるなら、遠野に行くしかないよなって晴太くんとは話した。で、祈がばあちゃんに神霊庁に戻る話をしたんだけど、その時に学さんが自分も何か出来るなら神霊庁に入りたいって言ってたぞ」
「説明の仕方下手くそ過ぎだろ」
「下手じゃないわ! わかりやすく話しただろ!」
あった事をざっくり言えばいいってもんじゃないだろ。なんとなく話はわかる。
それに、学が取った電話の話が事実であれば、行かなくてはならない気はしていた。
だからってなんで学が職員になるんだよ。ポッと出のくせにしれっと馴染んで腹立たしい。
「学さんの電話がなんなのかよくわかんないから、それもこみで再来週遠野に行くんだけどさ。土方も行く? 伊東も来るぞ」
「なんで伊東まで」
「さあ? 暇なんじゃない? で、行く?」
普段であれば有無を言わさず禁忌には付いて行く。沖田がわざわざお伺いに来るということは、学と一緒に居たくない俺へ気遣いだ。
人の事なんてどうでもいいと思っている沖田でも、俺と学の関係に慎重になるのは過去を知っている。
学が居るから行きたくない。でも沖田が居るから行かなきゃならない。嫌だと苦虫を潰したように吐いたって、どうせ運転を頼まれる。
だからこの質問はあまり意味がない。
「禁忌の時の見張りが居なきゃダメだろ。行く」
「おぉ! 来ないと思ってたけど来るのか!」
「嫌いな奴がいるから行かないなんて、俺はそんなお子様じゃないぞ」
「お子様だろ? 最近ずっと不機嫌だったしさ」
沖田は歯を出して笑い、何も気にしてないように振る舞う。不機嫌と言えば、ついさっきまでイライラしていたっけ。沖田と2人で話しただけなのに、ストレスがある事も忘れていた。
学の顔がチラつくとこめかみに力が入る。アイツがいなきゃ機嫌は悪くならならんのだが。
「顔怖いぞ? もう昔のことなんだからさ、許してやればいいのに」
「沖田だって迷惑被ったろ」
「あんま記憶ないもんね」
沖田は学を許せと言うが、俺はそう思えない。あんな事されたら、誰だって嫌なはずだ。俺のように、目立つことが嫌いな人間なら断絶したっておかしくない。
あの時のあの言葉、表情。絶対に忘れるもんか。
「てかな、遠野にはカッパがいるらしいぞ! 見つけたら大金が貰えるからさぁ、過去からカッパ連れて来ちゃえば楽勝じゃんね! その金で模造刀買いたいなぁ」
次の禁忌がどんなものかなんてわからない。ネットニュースの回帰事件にまつわるものであるならば、怪談調査みたいなものになるのだろうか。
沖田は怖い物無しといった感じで、遠野で一攫千金だとご機嫌にスキップする。
どこまでも楽観的でめでたい奴だ。
沖田に免じて、学を追い出す事は保留にしてやる。そして極力避けていよう。
遠野へはあくまで、禁忌を冒した責任を取るために同行するだけなのだから。
沖田に気遣いが出来るなら、俺だって気遣いで応えるべきだ。