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僕は近藤晴太。
神霊庁勤務歴5年――まあまあ働いている方だ。若い人は辛気臭いとか怪しいと言って辞めて行っちゃうんだけど。それでも、組織の中ではまだ若輩者なんだけどね。
神霊庁の高年齢化は結構深刻だ。
将来を担う若者がいなければ、日本中の神道や仏教の統括や祭事、伝統、さまざまな文化財や歴史的価値のある物品の管理など、いろんな事が年々出来なくなって行く。
特に地方はもっと不味い。
僕くらいの歳の職員なんてまずいないしね。宗教臭いと毛嫌いされちゃうんだ。まあそうだよね。
みんな寺社仏閣は初詣やなんとなく拝みにくるところ、みたいな認識だし。
僕も深くまでよくわからないけど、とにかく神霊庁は人手不足で若者不足。
祭事や年末年始、観光地にあるような寺社仏閣は毎日大忙し。職員は各都道府県に構える神霊庁支社に所属し、運営をサポートしていく。
神、仏に関わることはなんでもござれな寺社仏閣の何でも屋。
そして昨日、祈と学さんが神霊庁に入庁したいと言ってくれたおかげで組織の悩みの種が解決の第一歩を踏み出した。
今日は八幡宮の会議室を借りて、2人に近藤晴太による超わかりやすい神霊庁特別講習会を開催したってわけだ!
「って訳で、なんでもやるよ!」
「いやいやいやいや」
義理子さんにお願いされて神霊庁についてや業務内容をホワイトボードに書きながら説明すると、2人は揃いも揃って右手を顔の前で横に振る。
「私は洋の世話係がやりたいだけよ!?」
「うん。やるよ? でもそれだけじゃお給料もらえないからね。この間の短期職員は異例だよ、い、れ、い」
「じゃあパパがやってるような、色んな所へ行って祭りとかの準備も手伝うっての!?」
「そうだね。祈はご実家を継ぐなら秋田支部かな。半分は」
「半分は!?」
もしかしてだけど、祈って神霊庁の仕事甘く見てたのかな。洋の世話をするために嫌々実家を継ぐと決めたみたいだけど、秋田県内を駆けずり回ってのお手伝いや事務的な仕事は頭になかったみたいだ。
長い髪の毛が逆立ちそうなくらい叫び声をあげて、やっぱり継ぐなんて言うんじゃなかったと今更な事を言う。
そんなに嫌かな? 日本人の心に根付いた宗教なんだから、そこまで怪しくないし。
鳥居を見れば身が引き締まり、お寺を見れば和む。生まれた時から染み付いてないのかい?
「ちなみに僕はね、青森県支部の部長なんだ。支部の中なら3番目に偉いんだよ?」
「すげぇじゃん。晴太は出世が早いなぁ!」
学さんは大きな拍手で僕を讃えてくれた。
ネクタイを整えるふりをしてドヤってみた――けど、実際は誰もやりたくないプラス職員の超高齢化の影響で部長だなんて口が裂けても言えないね!
「てか何よ、半分って。あと半分は!?」
祈が学さんの手を叩き落とし、怒りに焦りを混ぜて食い気味に問いかけて来た。
「僕は、なんだけどね? 今は仙台にいるだろ? だから、青森と宮城支部のどっちにもいるんだ。ご祈祷とかお祓いとか、そういうのやってるよ」
「じゃあ私なら……」
祈は口角をヒクヒク動かしながら、自分の顔を指を差した。
「秋田と宮城だね! 学さんは宮城に住むなら宮城だけかもしれないし、出身地が過疎ってたら岩手もです!」
「いや待て! さすがに沿岸とか県央とか、あのクソでっけぇ県なんだから担当はエリア別だよな!?」
「いえ? 岩手は岩手ですよ。岩手県」
「岩手の大きさ、日本で2番目だぞ!? 晴太くんご存知ない!?」
頭を抱えて再び絶叫する祈と、岩手の広さに絶望する学さん。
僕は2人のひよっこっぷりを見て、教育しがいがあるなぁと腕が鳴る。
だけど張り切っているのは僕だけで、2人は机に顔を突っ伏して項垂れていた。
「無理なんだけど……神社の世話なんか融通聞かないし辛気臭くて嫌すぎる……」
そんな事ないよ、そんな事もあるけど! と言うと、祈は唸った。叫んだり唸ったり、まるで怪獣みたいだなぁ。
「でもよぉ、洋だって職員なんだろ? 洋は何してんの?」
「学さん! それはとっても――」
「いいしつも――」
「悪い質問です!」
学さんは右手で拳を作って大きく振りかぶり、テーブルに1度だけ叩きつけた。
「いい質問ですのため方すんなや!」
「非常に邪悪な質問だったんですもん……質問する時は頭を使ってくださいね」
「ああそうすか!
何故悪い質問か。
それは洋の仕事は「何もしない」だからだ。
表面上は過去に戻る禁忌を犯し、亡くなった人の魂を救いにいくことだけど、それは僕らの都合。
神霊庁的には神様から呪われてる厄介な人間だから、神とかあんまり刺激しないで大人しくしてて欲しいのか本音なんだよね。
それを洋に言ったとして、洋は先祖からの呪いも受けているから神霊庁の要求には答えられない。
つまり洋は仕事をしているようでしていない職員ということになる。神霊庁的には禁忌なんか犯して欲しくないだろうしね。
面倒を処理するのはまた別の大人達だし、公になれば世間の目は冷たいだろうし。
僕の説明に祈は大きく頷いてくれた。学さんはポカンとしていたけど、禁忌も目の当たりにしていないならそうもなるよね。
「はぁあ……ほかの雑用もこなすの面倒臭いわぁ」
「じゃあ再入庁辞めるかい?」
「するわよ。洋の1番近くに居られるのがそこなんだし。学は? アンタどうすんのよ」
なんだかんだで洋のために動く祈は頼もしい。口では面倒臭いって言っても、逃げないと決めた彼女の芯はぶれていなかった。
祈の問いかけに学さんは顎に手を当てて、小さく唸りながら考え込む。
「行くとこねぇし、電話のこともよくわかんねんだけどさ。これ、入庁したら守と仲直り出来るとかあるか?」
「守ですか? どうだろう、守は職員じゃないからなぁ」
俳優業の復帰が難しいから職探しのために選んだのかと思っていたけど違うみたいだ。
「守は職員にならねぇの?」
僕は話すか迷った。でも、いつかはわかる事かもしれないし……と、渋々話すことにした。
「うーん……ここだけの話にして欲しいんですけど、神霊庁って誰でも入れる訳じゃないんですよ。祈は神社の娘、学さんはこの間の電話の件が何かわかれば入れるかもってところかな。
霊の話を聞けるって能力に部類なので、その能力を認められれば入庁を許可されると思います。ちなみに
つまり、僕が何を言いたいかと言うと。守は大学生で霊感も神霊庁にも縁が無い人。入れないわけではないけれど、入るハードルがかなり高くなる。
一口に事務と言っても僕らのような職員が少し頑張ればなんとかまわる。だとすれば雇わないだろうし、一般的な求人を受けたなんて話も聞いた事がない。人手不足だけれど、ちゃんと選別はする。
それで言えば、守の入庁は難しいと思う。
入庁したいと決心したと言われた時は驚いた事もあって、すっかり伝えられないでいたや。
だから2人には内緒ですよと釘を刺しておく。
学さんは寂しそうに、そうかと呟いた。目の前に置かれた古い電話機をジッと見つめていた。僕らには着信音が聞こえても、会話は聞こえない。しかもその相手が誰なのかなんてさっぱりだ。
「おれさ、この電話がきっかけで自分が変えられるならマジちゃんとするよ」
出会ってから2日。
テレビで見ていたからなのか、あまり初めまして感はない。チャラいイメージ。だけど、今は目も声も真面目に見える。
「何がちゃんとするよ。あんだけ遊んでおいて世間騒がせて? 守もそれで怒ってんでしょうよ」
「いや、1番はそれじゃないな……」
学さんは神妙な顔でおれってさ、と話切り出した。
そして思い出すように、守との不仲の原因を話し始めたのだ。