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24勝手目 今度は間違えない(2)


 4歳の頃、母ちゃんに弟が出来たよって言われた。おれと同じ青色の瞳で、大福みたいに真っ白な肌をした赤ん坊は"守"だと教えられた。


 従兄弟と言われてもわからなくて、ちょっと遠くにいる弟なんて言われたっけ。

 岩手の山奥に住むおれは友達なんていなくって、自分より小さな人間を初めて見た。


 時々しか会えない守が会うたび大きくなって行くのが嬉しかった。顔もおれなんかより凛々しくて大人っぽくて、頭も良くて、落ち着いてて。


 4つも年下なのに、いやぁ守はかっこいいなぁって何度も思ってた。

 しかも隣に住んでる洋の面倒までみて、コイツは名前通りほ人間だなって思ったよ。


 超かっこいい従兄弟。超自慢だった。


 おれはある理由が原因で、学校へ行けなかった。親はおれがこの先なんとか生きれる術を探して、顔が良いと近所でもチヤホヤされているからと芸能事務所の門を叩かされた。

 それが小学校1年生の時の話。まあトントン拍子に行ったわな。


 芸能界の苦労とか、人間関係のやっかみとかマジで気にならなかった。ストレスフリーだったし、何かあってもチヤホヤされてるからいっかと流せる性格。天職だと思ってた。


 大人になるにつれて顔もますます整ってくし、自他共に認めるイケメンよ。

 で、ある日鏡を見て思ったわけ。


 おれよりかっこいい守の事、自慢してぇなぁって。


 そう思い立ったのはおれが19歳、守が15歳だった時の事。

 なんも考えてない阿保なもんで、テレビで従兄弟の話もプライバシーのプの字もないくらいペラペラ話しちまった。

 知り合いからは従兄弟の連絡先を教えて欲しいと言われて、まあ何にも考えずに教えたよな。


 だって、守にも同じ世界でキラキラしてて欲しいかったんだよ。

 お前はかっこいいよ。すごい人間なんだよ。皆に憧れの存在で見られるべき存在なんだよ、って。

 仙台で翻訳家目指してないでさ、誰かの憧れになろうぜって。


 招待したつもりだった。けど――


「なんで俺の存在をテレビなんかで話したんだよ!」


 守は芸能界に入る気になったかと、放送後に仙台の家を尋ねた。

 出迎えられて早々、中学校指定の紺色のブレザーを纏った守に胸ぐらを掴まれた。普段は落ち着いていて、一歩後ろから周りを見ているような冷静さがある。


「兄ちゃんと一緒にさ、キラキラした世界で生きようぜって――スカウトとか来ろ?」

「あぁ来たさ! 返しても返してもキリがないくらいな! 挙げ句の果てに洋にまで手ぇだしやがって、お前……お前、洋が何のスカウトされたか知ってんのか!?」


 その日の守はその世界中の誰よりも怒っていたと思う。


 その頃の洋は今と変わらずスタイルも良くて可愛い顔をしていた。中学生ともなればあどけなさもあり、着飾らなくても自然に可愛いまさに原石のような女の子。


 出るとこ出てるし、ついでにスカウトされるだろうなとは思っていたものの、まさか本当にされてるとは……。


「アイドルとか? 我儘でも取りようによっちゃあ活発だし、そりゃスカウトされるわな!」


 怒り狂う守を挑発するように――いや、あの時は機嫌を直して貰うために笑って答えた。

 胸ぐらを掴む手を話して欲しいとは言えない。


 得意の誤魔化し笑顔で乗り切ろうとしたら、頬に平手打ちされた。

 小さい頃から弟だと思っていた従兄弟から食うビンタは今まで経験した何よりも激痛だった。

 玄関先に倒れ込み、頬を摩る間も無くまた胸ぐらをを掴まれる。


「アイドルはアイドルでもグラビアだ! お前は洋に水着や下着を着て人の前でニコニコしろって言いたいのか!?」

「グラドルだって別にいいだろ!? 恥ずかしい仕事じゃねぇよ!」


 守の偏見を解こうとした。グラドルだって立派な職業だ。憧れて目指してる子なんてわんさかいるし、整ったルックスで商売して何が悪いんだよ。


 洋は顔も体も適していた。喜ぶところだろ。スタイルも顔もいいってのも才能なのに、それを否定するなんておかしい。


 けどさ、守のやつはすごい形相でおれを見下ろすんだ。


「お前が生きてる世界は俺達が生きてる世界では見る物でしかないんだ。それでいて学校ってのは、如何にして波風立てず、目立たず浮かずにいるのが重要な世界なんだよ。おかしいと思われれば行き場をなくす。お前はお前の身勝手で俺達の世界を怖そうとしたんだ!」


 学校へ行った事がほとんどないおれに言うなよ。大体目立たずいるなんて無理だろ。

 個性を出せば居場所がなくなるってどんな組織だよ。

 おれも負けじと言い返した。


「んなつもりねぇって! 守は仙台こんなところに収まる器じゃねぇって言いてぇの! 東京で自分の価値を確かめてみりゃわかる! お前は容姿が恵まれてるんだから!」

「俺はそれを望んでない!」


 キッパリと言い切られた。数秒の沈黙が続き、守は息を切らしながら重たい口を開く。


「俺はここで生きる。高校も大学も、仙台から出るつもりはない。お前はお前の世界で生きろ」

「なんだよ。どうしてそんなに此処にこだわるんだよ!」


 おれの質問に守は答える事はない。玄関から追い出され、凍てつくような視線が、体を切り裂くが如く冷たく刺さる。


「2度とその顔を見せるな」


 怒っている意味なんて、その頃はわからなかった。折角の上手い話をなぜ断るのだろうと、疑問で仕方がなかったんだ。


 ――その日を境に何度家を訪ねても守が顔を見せる事はなかった。

 月日が経つごとに守の関係が修復不可能である事の深刻さがわかった。


 仕事がうまくいって、プライベートも好き放題に出来てましてや"大人気"なんて言われるようになった。けれどその頃のおれには目立つことの恐ろしさは頭の片隅にもない。


 皆が視線を向ける時は良い視線ばかりではない。それを知らないのがおれ。注目されているということは、憧れているだけだと思い込む頭。

 週刊誌やネットに悪口を書かれても、遊んでいただけなのにと非難される意味もわからなかった。


 それが雪だるま式に大きくなって耐えかねたスポンサーや周りの大人達が容赦なくおれと繋いでいた縄を切って行く。それが最近の話。

 違約金だと慰謝料だとか、金の話がついて回るようになった。


 そこでやっと、おれってあんまりよくない人間なのかもな……と薄ら自覚する。


 だから友達も実家もおれを切る。どこにも置いてくれない。最後の砦として訪ねた土方家は暖かく迎えてくれたが、守はやっぱり違った。

 だけど湿っぽい再会も、仲が悪いの認めるのも嫌で、兄ちゃんと兄ちゃんと言って距離を縮めようとしたんだ。


 守に許して貰う事が、おれの変わる一歩になる。

 この電話がもしもおれに与えられた能力か何かなら、きっと役に立てるはずだ。


 そうしたら守は、おれのことすげぇって、また兄ちゃんって呼んでくれるかなって。


 浅はか、かな。今更、守が洋と居るために仙台を選んで、洋のために生きてるってわかったんだ。

 だからあの日、仙台に収まる器じゃねぇって言ったのも深く後悔してる。


 おれはこのチャンスを逃さない。絶対に神霊庁に入って、役に立って――そしておれが守の事を神霊庁に入れる様にしてやるんだ。


 兄ちゃんは弟が自慢だから。弟がキラキラしていたい場所で、ライトが当たる様に道を開いてやる。


 招待のやり方を今度は間違えないように。


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