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25勝手目 過去戻りの禁忌:岩手県遠野市(6)

 洋は外を眺めたまま続ける。


「この世に留まりたいなら居たらいいんだ。悪さしなきゃいいだけ。もし遊ぼうって言われたらさ、首絞めじゃなくて話を聞いてやればいいんだよ。それだけで、嬉しかったりすることあるだろ?」

「……うん」

「アタシにはそれが出来ないんだ。人の話を聞いてね、その人の気持ちをわかってあげられない。いく子がどう辛いかなんてわかんない。ごめん」


 いくの横顔が曇る。そして洋は無理した様に笑う。


「アタシ、ここに居てもいいかなって思っちゃった。いく子はアタシの事必要としてくれてるもんな」

「……うん。だけど……おねえちゃん……」

「一緒に居ても、わかってやれない事ばっかだ。いく子のお母さんと変わらないかもな。嫌な事があればどっか行くし」


 洋は包み隠さず自分の弱さを伝えた。いく子はそれでも一緒に居てほしいと言うのだと思ったが、洋の顔を見つめて目を潤ませる。


 そして観念したように洋の手を離し、おれを向いて右手を突き出して来た。


「おねえちゃんの玉、ちょうだい」

「……いいのか?」


 掌に玉を置こうとすると、洋は待てと手を止めさせるんだ。


「持ってるだけでいいぞ。アタシに気を遣わなくていい。首絞めしないで、遊ぼうって言われたら遊んだらいいよ。いい学校の怪談になれ」


 黄色い目が細く弧を書いた。いく子は洋の言葉に頷くと、昇降口へと案内してくれる。 

 廊下はガラスが散乱しているが、洋は気にせずいくに着いていく。


「ここから帰れるようにしたよ」

「さんきゅ。いく子は素直でかわいいなぁ」

「おねえちゃん、たまに遊びにきてね。小学校のトイレ、どこでもいいから3回ノックしていくのこと呼んでくれたら出て来るから!」


 いくが手を広げてくるりと回ると、赤いスカートが丸になって見えた。子供らしいはしゃぎ方を見れば可愛いと思うが、あの怪力や行動を思い起こすと素直に褒めてやれない。


「思い出したら来てやるよ。どうせ時間は永遠にあるかるなぁ」

「うん、約束ね」


 洋といく子は軽く右手の小指同士を結び、いつかの約束をした。洋は気持ちがわからないと言っていたが、わからないなりに寄り添い方を探せる奴なんだな。


 そして正式な出口から外へ一歩踏み出すと、そこは見慣れた遠野市と変わっていた。

 薄気味の悪い校舎は現代の校舎へ代わり、そこにいくの姿は感じられなない。


「戻ったぞ!」

「戻ったぞ! じゃないわよ! どうすんのこれ!」


 帰るや否や、お怒りの祈さん。校庭には洋が割ったガラスが散乱し、事件性を感じざる得ない光景が広がっている。


「いやぁ……ま、仕方ねぇじゃん? 秀喜が経費でなんとかしてくれんじゃねぇの? なぁ秀……っていねぇし」


 経費で落ちればそれでいいだろ、って言いてぇのに。秀喜のやつはいない。骨折の痛みが限界に達した晴太を病院まで連れて行ったらしく、金で解決するのは時間がかかりそうだ。


 守は洋に近づいた。あぁ、散々おれと誤解させることがあったから気が気じゃねぇんだな。

 婚姻届書かされそうになったし。無事に戻って来て何よりって事で、熱い抱擁でもかますきか?


「沖田、お前もう少し考えて行動できなかったのか? これで責められるのは晴太だぞ。すぐに泣けないのはわかるが、親に殺されて可哀想だと思わなかったのか? 泣けば解決し――」

「うっさいなぁ!」


 守の小言に洋が感情を剥き出しにしてキレた。夜空に声が呑まれるように消えていく。


「帰って来てすぐなんなんだよ! 金とか怒られるとか、そんなんばっかり!」

「そんなんって、実際ついて回る事だろう!?」

「んなことわかってるよ! アタシが帰って来た事より、金の心配なのかって言ってんの!」


 守の言う事も洋の言い分も理解出来る。守は現実主義者だから、後々を見据えて発言しているだけだ。

 間違いじゃねぇけど、ちょっと冷たい気もする。


「洋も学も怪我してないじゃない? だから私も大丈夫だと思ったのよ。ごめんね」


 祈は慌てて洋に謝る。謝るが、少しヘラヘラしている。笑って誤魔化すに違い言い方だ。


「大丈夫? 禁忌前に酒飲んでゲロって何言ってんの? 緊張するとか言ってたけど全然緊張感ないじゃんか! アタシに行儀が悪いとか言ってたくせに!」

「それは……えっと……」


 洋の言葉は止まらない。


「晴太くんだってそうだ! 簡単に泣けとか壊すなとか言うけど、そんなの無理なのわかってるじゃん! 先輩になるからって張り切ってたのかもしれないけどさぁ! しかも、今回は1番最初に壊したの晴太くんだし!」

「それは違うだろ。壊したくて壊したんじゃないぞ」


 晴太を庇うように語気を強める守。その顔は喧嘩したくてしているんじゃないと取れる。


「違くない! 学さんも……土方と仲直りしたいから神霊庁に入りたいだけなんでしょ! じゃあまずは頭下げたらいいじゃん! アタシの呪いを仲直りの道具にしないでよ! だから早く泣けなんて言えるんでしょ!」

「なっ……」


 おれにまで火種が飛んでくるとは。利用した気はないけど、洋から見れば利用なのか。

 禁忌を定期的に冒して魂を救わなければ、自分の正気が保てなくなる。

 永遠に生きれる体があっても、食わなければ生きていけないような必須行動。


 それを喧嘩の仲直りのダシに使われたらいい気はしないか。


「でも、おれがいたからなんとかなった事もあるはずだぞ! 神霊庁の職員になればサポートだってしてやれるし」

「自分が職失いたくないだけでしょ?」


 洋の冷めた視線がおれの胸を切る。ざっくり、ぼたぼたと血が溢れるような感覚。もちろん切れてはいないが、図星を突かれて言い返せない。


「お前ちょっと言い過ぎだ! 皆沖田に協力してやってるんだぞ!」


 守が洋の両肩を掴んで牽制するが、洋はその手を手の甲で叩いて振り払った。

 さすがに衝撃だったのか、守は狼狽た様子だ。


「協力してやってる? ……そう、ならお礼を言わなきゃだね。アタシが間違ってた。ごめんなさい。ありがとうございます」


 静かな声色に隠せない怒りを混ぜて。洋はつけて来た黄色のウエストポーチを拾い、腰につけた。


「なんだよ! その言い方!」

「こっちのセリフだわ! 土方ってアタシの事見下してるよな! 何も出来ないとか、どうせわかんないとか、言葉の節々に感じる! アタシが考えて行動したって、何か見たのかとか言うし! 協力してやってるって言うくらいなら、もう辞めちまえ! そもそも生きてる世界が違かったんだよ!」


 乾かしておいたパーカーも待ち、洋は校門へと早足に歩いていく。不味いと思った祈は洋を追うが、守の方が早かった。


「おい!」

「触んなよ!」


 洋の手首を掴むが、直ぐに振り解かれる。


「アタシはアタシで何とか生きてく。もう巻き込んだりしないから。今までありがとう。皆勝手に生きて」


 少しでも泣き声を含んでくれたらいいのに。洋は覚悟を決めた様に言い放って、誰も近づけさせないと背筋を伸ばして学校を去って行った。


 守は校門を見つめたまま膝から崩れ落ち、呆然としている。

 そしてタイミングを見計らったように携帯がなり、ポケットから取り出すと力無い声で応答した。すぐに通話が終わると、携帯を持った手はだらりと力無くぶら下がる。


「晴太、病院に居るから迎えに来いって……伊東から」

「……私、運転するわ」


 何とも言えぬ気まずい空気が流れる。祈は荷物をまとめて車へ向かう。


「おれじゃ嫌かもしんねぇけど……行こうぜ」


 抜け殻のような守の腕を引き、祈の後へと続く。きっと誰もが洋を追いかけるべきだと思っている。


 それが出来ないのは、1番手のかかると思っていたアイツに全部見透かされてたからだ。

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