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あれから2週間。
結局炊飯器を買わされ、毎食きちんと食事が取れるようにされてしまった。
居候と同棲の違いがわからないと不貞腐れた月曜の夜、違いを説明すると「金ないから次が決まるまで居させろ」とふんぞり返って威張られた。
頼む態度、どうなってるんですか? 守や晴太はこの人のどこがよくて惚れてるんです?
沖田元夫婦は必要最低限の教育すら出来ていないと思いますけど。職務放棄もいいところですよ。
態度はさておき。洋の次が決まるのはいつなのか、という話になる。
彼女は寮付きの仕事を探しているようで、出来るだけ東北からは遠い地域での就職を希望している。
携帯片手に求人誌を見る姿は普通の一般女性。
しかし、この人は神霊庁からは絶対に離れられない。晴太という監視下に居た今までとは違い、1人で行動するとなれば全国どこに居ても職員が見張っている。
そして、修繕費の支払いも付き纏う。
神霊庁を離れれば、職員というストーカーに付き纏われるような生活を送ることを強いられる。
そんな生活をするくらいなら、さっさと仲直りして4人の元へに戻り、禁忌を冒し続けるのが良い。それに、その方が誰も傷付かず丸く治るんですよね。
肝心なのは、問題はどう仲を戻すか――ですが。
「どうやって関係を修復するつもりなんですか? あの4人の事でしょうから、謝れば受け入れてくれる気もしますが」
ソファに腰をかけ、足を組みながら聞いてみる。
カーペットに横たわり携帯ゲームをしていた手を止め、黄色い目を細めて睨まれた。
「だぁかぁらぁ! もう縁切ったの! アイツとは関係ないの!」
「……そうですかね。向こうはこんなつもりじゃないようですけど」
毎日携帯に鬱陶しいくらい連絡が来る。携帯のメッセージアプリには安否確認から始まり、居場所を探す悲痛な文章が飛んで来るのだ。
探されていることは本人も知っているし、連絡は来ている。通知音が止まないのに苛立ち、ついにアプリまで消してしまったのも横で見ていた。
縁を切ったのだから差し障りないと、自分に言い聞かせるように吠える。
此処に居ますよと、教えてしまえばオレは楽になる――はずで。
だけど頑なに連絡を取りたがらない姿を見せられると、居場所を明かすのは酷な気がして尻込んでしまう。
だから適当に、神霊庁に保護されているとそれらしい事を言ってごまかす。それが彼らの心にストンと落ちているかはさておき、一応東京に連れてきてしまった責任として洋側につくことにした。
「迷惑なのわかってるよ。来週に出て行くから。命かける」
ほらね。あんまり真剣に言われると、その命かけても死なないでょう? なんて口には出せない。
縁を切ったと覚悟を決めていても、次に進む勇気は持ち合わせていない。
それを察することが出来てしまったから、自分らしくない行動を取ってしまうんですよ。
「なんだかこの生活に慣れてきました。気の済むまで居てください」
「あ……そう?」
この人は懐に入り込むのが上手い。
金に執着せず、オレが帰宅するとずっと話しているし、おかげで興味のなかった幕末のアクションゲームまで初めてしまった。
猟奇的な作品を見ずとも毎日をなんとか過ごせているのが不思議だ。
洋斗やネリーだけでなく、他の職員からも「最近調子が良さそうだね」と言われるくらいだから、この数日で劇的な変化を遂げてしまったんだ。
悔しい事に、自覚はある。
ショートスリーパーだと思っていたのに、最近眠くなるのも早くなり、寝付きが良くなった。毎日7時間は眠り、3時間睡眠だった頃が懐かしいくらいだ。
肌や髪の毛もツヤが出たし、何より自他共に認める程顔色がいい。
大量のストックがある栄養食品は小腹が空いた時の間食用へと変わり果てた。さらに味気なく感じ初め、定期購入も解約。
代わりに冷蔵庫は食材がぎっちり詰まっているし、なんなら毎食何が出てくるのか楽しみになっている。
朝仕事に行く前の日課も出来た。
「伊東なんか食いたいのある?」
洋のセリフから始まる、夕飯の献立の相談だ。
「なんでしょう……あ、コロッケとかまともに食べたことないんですよね」
「面倒くせぇえ! 惣菜で買って食えよ。コンビニにあんぞ! アレ面倒くさいの代名詞らしいかんな、却下」
「居候のくせにそんな事言っていいんですか?」
腕を組みながら渋い顔。それまでがワンセットだ。
毎日弁当を持たされ、いってきますで家を出る。いってら、と欠伸をしながら胸くらいまで手を挙げてくれる。
扉が閉まって、内鍵を閉める音がしてからエレベーターに乗る。
なんかいいな――と、朝起きるのが楽しみになった。
そして、この日。この状態が"異常"である事に気付かされてしまう。