何も見えない。
全てが白い世界。
震えていた身体の感覚も、あいつに乗っ取られてからはなくなってしまった。
光に包まれて、それでどうなる。
目の前にはあの齧歯類がいて、レベッカの亡骸が打ち捨てられている。
その事実が変わる訳でもない。
数秒か、数十秒か。感覚がないからわからない。
ただこの空白のような世界にいると、その時間がやけに長く感じた。
そんな中で、いきなり目の前に黒い渦が現れる。
光が広がって、眩しいだけじゃなかったのか。
まるでここは全部が白く塗られた部屋のような空間になっている。
それは明確に、俺がいたあの絶望的な空間とは異なる場所だった。
『さぁ、進め』
あの声だ。
「進め……ってなんだよ。お前は一体誰なんだよ……」
『俺は、お前だよ』
「なんだよそれ……」
進んだ先に何があるのかわからない。
あの黒く淀んだ渦の先に、またあの絶望の世界が待っているのか。それとも別のどこかへ繋がっているのか。
どちらにせよ、俺の最愛の仲間たちはもう、死んでしまった。
それは紛れもない事実で、死は何者にも覆せない。
「お前は俺だって言うなら、教えてくれよ。俺は一体どうしたらいい?」
『進めと言っている』
「進めるかよッ! こんな訳わかんねぇ状況で気持ち悪ィ渦に飛び込めってか!?」
『落ち着け。……そうだな。わかった。少し話をしよう』
興奮する俺を宥めるように、声は別の話を持ちかける。
『実際、時間が無い。こうして話をすることができるのは今この時だけなんだ。だからしっかり理解してくれ』
「あ、あぁ……」
よくわからないことばかりだが、とりあえずは話を聞いておいたほうが良さそうだ。
『まず、俺がお前だということ。俺はお前が産まれる前にお前だった者だ』
「えっと……」
『前世ってやつだ。それで、今からお前は俺の知識や経験を全て受け継ぐことになる』
「は?」
『別の人間の記憶が入ってくることになるから最初は大変かもしれないが……お前がお前で無くなるわけじゃない。今こうしてここにある2つの人格は、同じ存在だからだ』
「わかんねぇよ……俺はマーク。そしてお前は別の誰か。じゃあお前の記憶を入れたらマークは、もしくはお前はどこに行く?」
『身体がマークである以上、もう、"たかし"を名乗る訳にはいかない。お前はただ、色褪せた記憶と能力を手に入れて、マークとして生きるだけだ』
「たかし……お前は、それでいいのか?」
『いや、今話しているのはある意味ではたかしだったもの、ではない。説明責任を果たすために残された残滓みたいなものだ。さっきも言った通り、たかしはお前なんだよ』
「……そうか」
『お前は思い出すだけだ。そしてそれを活かすかどうかもお前次第。とにかく進め。それが過酷な物だとしても、使命を果たせば悪いようにはならないさ』
「使命……?」
『それについては俺もわからん。でも俺を生まれ変わらせた女神たちが言うには、どんな願いも叶えてもらえるんだとか。ま、お前にもその記憶が蘇るから、あとでわかるさ』
次第にその声は掠れ始めてきていた。
『おっと、そろそろ時間だ。それじゃあ俺は先に行くぜ。お前もこんなところでビビってねぇで、とっととここを出ていくんだな』
憎まれ口を残してその声はもう聞こえなくなった。
しかしそれは俺を焚き付けてくれているような、そんな熱を感じた。
「ビビるさ……そりゃ。でも俺は、進まなきゃならねぇ。みんなのためにも……!どんな願いでも叶えてくれるって言うならよォ!まだ何とかなるかもしれねェだろ!」
決意した俺は、渦に向けて走り出す。
「必ず助けるからな! レベッカァアァア!」
叫びながら跳躍し、渦の中に飛び込む。
身体がそれに触れると、生温い感触とともに触れた部分が引き込まれていく。
まるで沼の中に沈むかのように身体はずぶずぶと渦に取り込まれる。
そうしてすっかり頭まで沈んでしまう。
そこで俺の意識は微睡むようにゆっくりと溶けていった。