フレイに先導されている最中に村の中を見回してみると、やはりそれは俺の知っている村とはまるで違うものに感じた。
土地の構造というか……建物や道路のある場所なんかはおよそ変わりないのだが、その様式は大きく今までの村とは異なっている。
塞がれていない窓に、誰でも立ち寄れる玄関、整備された道路に路傍に咲く花。そのどれもが以前までの俺の知る村では有り得ないものだった。
「よーし、ここがいいと思ってたんだよなぁ」
どうやら目的地についたらしくフレイが立ち止まる。
そこは随分と様子が違うが、別の世界でも彼女が俺を祝ったあの空き地だった。
「ここは……」
「ん?来たことあんのかァ?」
俺が眺めているのを不思議に思ったのか、トォルがこちらに声をかけてくる。
「あ、いや……」
「あたしが見つけたんだゾ!」
別にそれはどうでもいいんだけどおそらくあっちの世界でもフレイが見つけてここで祝うことにしたのだろう。
「それで?こんなところに連れてきて何すんの?」
「決まってんだろ!」
フレイは持っていたカバンの中からシートを取り出して地面に広げる。
「よし座れ!」
みんなその圧に押され座り始める。
「え〜では!マークの16歳の誕生日を祝いましてね、お誕生会を開きたいと思いま〜す!」
彼女は1人で拍手して盛り上げようとするが、周りはイマイチついてこない。
「ちょっと〜ノリ悪くなぁい?」
「フレイって結構子どもっぽいんだよなァ」
「なによ!」
トォルの一言にカチンと来たようにフレイが噛み付く。
「だってよォ、もう16だぜ? お誕生会ってのもなァ」
そう言って肩を竦めるが、フレイは納得がいかない様子だ。
「じゃあなに!? あたしが悪いの?」
「わ、悪くなんてねェけどよォ」
ヒステリックに詰め寄られてトォルはたじたじと視線を泳がせる。
「ま、まぁまぁ。俺は嬉しいからよ。な、ありがとうなフレイ」
「……そう言ってくれるなら、いいケド……」
少し場の雰囲気が悪くなり、沈黙が続いてしまう。
「……よし! じゃあマーク! 抱負言ってよ抱負!」
急にフレイが無茶ぶりをかます。
「頑張れマーク」
レベッカに押されシートから立ち上がらされる。
「え、えぇ……これなんか言わないとダメな感じ……?」
もう既にみんな黙りながら期待を込めた目線で見つめてくる。
「はぁ……じゃあえっと……普通でいられますように……っと」
「なにそれー!でもなんかマークらしいかも!」
フレイが手を叩きながら笑う。
「どういう意味だよそりゃあっ!」
俺がふざけてフレイを小突きに行こうとした……その時だった。
「う……」
いきなり胸に違和感を感じた。
動悸が急速に早まり、冷や汗が出てくる。
その様子を機敏に感じ取ったレベッカが駆け寄ってくる。
「どうしたマーク!」
「あ、いや……う……」
平然を装おうとしたが、立っていられず跪いてしまう。
少し遅れてあとの2人も俺の許に駆け寄ってくる。
「や……やっぱり具合悪かったの……?なんか様子変だったもん今日……」
フレイが不安そうに呟く。
「とりあえず安静にしないと……!シートに寝かせよう」
レベッカに肩を貸してもらいながらシートまで運んでもらった。
そしてそのシートの上に寝転がったが、まるで重力が数倍になったかのように身体が重く、身動きひとつ取れない。
「うぐ……ぐぅ……」
「どうしよう……すごい辛そうだよ……」
フレイはもう涙目になってあたふたとしているが、それが俺の体調を戻すこともない。
理由もわからない突然のことに思考もうまくまとまらなくなってきた。
『……あなたは、そういうスキルを受け継ぐことになるの』
脳裏にチラついた言葉は、俺には聞いた事のないものだった。
『いいかしら。この魔法を使えばあなたは対象を普通にすることが出来るの』
……あの、俺じゃない俺が使った……あれのことか?
『ただし、あなたの器に蓄えられた魔力量を上回るくらいの対象に使用した場合どうなるかは、私でもわからないわ。使うのなら自己責任でお願いするわね』
……もし、もしあの魔法が"世界を改変する"ほどのチカラを行使したというのならば……俺がそんな魔力を持っているはずがない……。
「ぐぅ……ううぅ……あ、あぁ……ああっ!」
身体が軋む。全身から血が噴き出そうな程血管がうるさく張り詰めている。
耳のすぐ近くの血管がドクドクと脈打ち、その音以外なにも聞こえなくなる。
遠くで、みんなが何かを呼びかけている。
でもそれも、なにも聞こえなくなる。
「あああぁぁぁああぁぁあぁあっ!!!」
そうしてとうとう、俺の身体は、殻が破れるみたいに弾ける。
行き場を求めていた血は辺りに散乱し、手足は周囲の地面に打ち捨てられる。
「きゃあああぁぁぁああぁあっ!!」
大きな悲鳴で我に返る。
それは目の前でフレイが上げた悲鳴だった。
……おかしい。なぜ俺は、俺が爆散する様子をその中心で眺められていた。
辺りを見回す。
怯えながら震えるフレイと、唇を噛み締めながらこちらを睨むトォル、そして表情の伺えないレベッカ。3人は目の前にいて、この俺を眺めていた。
「……!!」
呼びかけたつもりだった。だが、俺の声は出ない。
「……返せ」
トォルがボソリと呟く。
「マークを返せよォッ!!」
普段のんびりとしたトォルが、見たこともないような鬼気迫る表情で俺に飛びかかってくる。
そうして何度も殴打を受けるが、俺は痛くも痒くもないし、身体も微動だにしない。
不思議に思い身体を見ると、全身が赤黒い不気味な鎧のような甲殻に覆われていた。
なんだ、これは。
喋れないのもこれのせいなのか?
俺を攻撃していたトォルだが、泣き喚くフレイに引き止められ次第にその手を止める。
「なんだよこいつは……マークを……返せよォ……」
トォルはポロポロと涙を零しながら地面にひれ伏す。
重い鎧のような身体は、動かしにくいが自分の意思で動かすことができるらしい。
俺はトォルに戦う意思がないことを伝えるために頭に手を添えようとした。
「うわあぁあッ!」
しかし俺の手が触れた瞬間、トォルは数メートル吹き飛んでしまう。
「トォルっ! トォルっ!!」
フレイはトォルの方へ走り、こちらをキッと睨みつける。
「よくも……ふたりを……!」
そんな中で、レベッカだけはただ呆然と俺の方を見つめていた。
「なにやってるのレベッカ! ……気持ちは……わかるけど……! 逃げなきゃ死ぬぞ!」
フレイが急いでレベッカの手を引きトォルの方へ戻っていく。
「憶えていろよ……! 絶対殺してやるからな!」
憎悪を浮かべた表情でそう言い捨てると、フレイはトォルを庇いながらレベッカを引きずって去っていった。
そうして、静かになった空き地には俺だけが残された。
……俺は、今誰なんだ?
自分の姿を確認しなければわからない。
人に見つからないような裏通りを抜け、泉に立ち寄る。
そこに映っていたのは、かつての人間の姿など見る影もない、醜悪な見た目になった俺だった。
まるで髑髏に蝋燭を垂らしたように爛れた肉片が纏わりつき、それが硬質化した鎧のようになっている。
レベッカにつけてもらったスカーフだけが首に巻きついたまま風に靡いている。
これだけが、元の俺の存在を示す唯一の象徴になってしまった。
俺が死んで魔物に成り代わられてしまったのか、或いは俺が魔物になってしまったのか。
あの声の主は本当は俺を唆していたのか。
わからない。
わからないわからないわからない。
でも、なぜか、不思議と気持ちが落ち着いている。
心臓が動いていないからかもしれない。
あの時全部飛び散ってしまったから。
瞳のない虚空がどうやって物を見ているかさえわからない。
しかし俺は確かに生きていて、ものを見て、思考している。
次にするべきことは、なんだ。
それがわからないから、俺はただここで佇んでいた。
悪夢は終わったはずなのに。
レベッカは助かったはずなのに。
全部が救われた村の中で、ひとりだけ全てを失った。
いや、今はもう、"ひとり"ですらないのかもしれない。
出せない涙も、慟哭も、俺が人でなくなったことを強く実感させた。
最悪の誕生日。
人でない俺が、生まれた日。