それからというものレベッカは毎日俺に会いに来て話をするようになった。
最初こそ元に戻す方法を模索するような話が多かったが、手がかりも何も無い状況ではその進展は一切見込めなかった。
気づけばその話題は、学校であった何気ない日常の話やみんなと行った場所の話なんかの他愛もないものへと遷移していった。
戻れない日常への羨望もあったが、レベッカが嬉しそうに語るのを見るだけでも俺は幸せだった。
「でねでねっ! ふふっ」
今日もまたレベッカは動かない俺の前で話を続ける。
「レベッカ……」
だが今日は、不意に彼女の背後から呼びかける声が聞こえた。
「最近様子がおかしいと思ったんだ……! なんでだ! なんでそいつがここにいるッ! 何を親しげに話しているんだッ!!」
声を荒らげながら飛び出してきたのはフレイだった。
「お前わかってんのか! そいつはマークを……!」
「違うの!」
レベッカはフレイの言葉を遮って釈明する。
咄嗟に地の口調が出てしまったレベッカは、咳払いしていつもの口調に戻しながら続ける。
「見た目は怖いけど……これはマークなんだ。トォルが吹き飛ばされた時、彼には戦う意思はなかった。もしできたならすぐにでも殺せたはずだ」
「……そうか、わかったよ」
フレイは目を伏せたままぽつりとそう呟く。
「わかってくれたか……!」
それを聞いたレベッカは安堵の表情を浮かべる。
「お前が洗脳されてるってことがな!」
しかし次にフレイが繰り出した言葉はその安堵を裏切るものだった。
「そいつはマークじゃない! バケモノだ! マークは死んだ!もういない! あの時無惨に飛び散った……あのおぞましい光景を見て、お前はおかしくなってしまったんだ……!」
必死でレベッカを説き伏せようとするが、彼女もフレイの言葉を受け入れるつもりはなさそうだ。
「……フレイ。信じられないなら信じなくてもいい。だが、邪魔だけはするな」
冷たく一瞥するとレベッカはフレイに背を向ける。
「ぐ……しかし、お前が……」
「私は大丈夫だ。こいつは絶対に危害を加えない。何度も会っているがそれは間違いない」
「……そいつが言ったのか?」
「……何?」
レベッカはイラついたように再びフレイに向き直る。
「そいつが自分がマークだって言ったのかよ! 動いてそれを示したのかよ!」
微動だにしない俺を見て、それを信じられないのもわかる。レベッカも内心その不安を抱いているからか、悔しそうに唇を噛み締める。
「ほら、何も言えない。力を溜めて村を滅ぼそうとしてたらどうする? そんな危険なヤツ、早く憲兵さんに差し出しちまおうぜ」
「だめっ!」
フレイが俺に近づこうとすると、レベッカはその間に立ち塞がる。
「……どけよ」
一言だけフレイが言い放つ。
レベッカは黙ったまま首を横に振った。
「レベッカ。お前は本当にいいんだな?お前まで死んでしまったらあたしは……」
「死んでないッ!」
フレイの言葉をさえぎってレベッカが叫ぶ。
「話を聞けッ!」
共鳴するようにフレイも叫び返し、レベッカに掴み掛る。
「やめ……ろっ!」
「お前がだ!」
ふたりが争うのをもうこれ以上見ていられなかった俺は、どうなるかもわからないまま片手を上げた。
「うわっ!」
その瞬間、地面から小規模な旋風が巻き起こり周囲の植物を揺らす。
地面からは土煙が舞い飛び、喧嘩しているふたりも目を抑えながら動きを止める。
「ほらっ! マークが怒ったよ!」
「だから違うって! それより警戒しろ! 動き出すかもしれないぞ!」
フレイはレベッカと違い冷静に場を判断し、喚くレベッカを下げながらこちらを警戒し出す。
俺はもう片方の手も挙げる。
先程同様に強烈な風が起こり周囲がざわめく。
「うわわっ!」
「こっちに来いレベッカ!」
吹き飛びそうになったレベッカはフレイに引っ張られ体勢を整える。
「どうだ?ヤツの動きは……」
フレイの視線の先で、俺はバンザイ状態……つまりはVの体勢を取っていた。
「ぷっ……ねぇフレイ。これ絶対マークふざけてるよ」
「ばかっ! 怪しい動きには警戒しろ!」
レベッカは俺の意図を汲み取ってくれているようだがフレイには伝わらない。なんとかならないか……。
とにかく今はふざけてみる。あまり衝撃を起こさない程度にゆっくりと腕を動かして頭の頂点に2つの輪っかを作る。
「ほらほらっ! ふふ……」
「だから……ふ、うぉほん! 違うって!」
き、効いてるか!?
何度かポーズを変えてみると、プレイはその度にぷるぷると頬を揺らしながら笑いを堪えているようだった。
トドメに俺は首を真横、両手をZの字になるように曲げて渾身の怪鳥のポーズを披露した
「ふふ……あはははは!ちょっとマーク!あんたふざけすぎ……っ!」
プレイは自分の口から出た言葉にはっとする。
「ち、違う……違う!」
自分の口を塞ぎ撤回するが、フレイの瞳からは涙が零れてくる。
「これが……マークなもんか……! そんなの……やだ……」
涙を何度拭いても止まることはない。
嗚咽とともに放たれる否定の言葉が胸に刺さる。
しかしこれはフレイの痛みそのものでもあった。
「フレイ。わかったでしょ?」
「……」
彼女は答えなかった。けれど小さく、首を縦に降った。