翌日、目を覚ますと何やら聞き慣れないブザー音がする。
これはもしかして……。
『応答』
俺が念じるとともにそれは発話される。
『あー、あー、聞こえますか?ルルーです』
俺の声に応じるように聞こえてきた声はルルーさんのものだった。
『あ、おはようございます』
『はい、おはようございます』
『もしかして、早速仕事ですか?』
『察しが良いですね。まだ私たちはこの村に滞在しておりますので、周辺の巡回をご一緒しましょう。私たちが帰ってからはひとりでこなすことになるので、しっかり覚えるように』
『は、はい……』
『では後ほどそちらに向かいますので、準備しておいてくださいね』
通信は切れたが、準備も何も俺は丸腰かつ動けないのだが……。
ひとまず何もせずに待っていると、思いのほか早くルルーさんたちは来た。
ジェイクは何かキャリーケースのようなものを引きずっているが……。
「おはようございますマークさん!」
ジェイクが明るく挨拶してくる。
『おはようジェイク、ルルーさんもおはようございます』
「元気そうですね」
『おかげさまで気持ちは明るくなってますよ。喋ることさえできなかったので』
「そんなあなたに朗報です。今後はさらに動きやすくなりますよ」
ルルーさんが下手なウインクをしながらそう告げる。
『え、それはどういう……』
「いっくん、アレを」
「はい!」
ジェイクがキャリーケースを開くと、中からは大きな外套が出てきた。
『これ……俺の服ってことですか?』
「そうですよ。隊服……は少し小さいのであなたのは特注です。機能必死こいて作らせました。ふふ」
ルルーさんはサディスティックな笑みを浮かべているが、一晩で作らされた人はかわいそうだな……。
「それと……この服には特殊な技術が使われているんです。まずは着てもらいましょうか」
外套をキャリーケースから取り出すと、俺の身体にそっと被せる。
『ん? ……んん?』
外套はぴっちりと身体に吸着するように張り付く。その瞬間、何か大きな違和感を覚えた。
『あれ?これまさか……』
「そうです。さぁ、立ち上がるのです!」
俺は地面に思い切り足を突き立てる。
しかしそれは突風も地響きも伴うことのないありふれた一歩だった。
『な、なんだこれ! チカラが! チカラがなくなっている!?』
「驚いたようですね。これは私たちの誇る魔素研究の結果生まれた魔素変換装置を搭載しております。吸着した対象から魔素を吸収し、それを効率的に蓄えます。なのでそれが離れるまではあなたはチカラを抑制しつつ動くことができるのです!」
『かがくのちからってすげー!』
「吸着を終えたマントは言うならば大容量バッテリーと化しますので、こちらとしても助かるわけです。それを伝えたら部下の変態研究者は喜んで完成させましたよ」
……ムチだけじゃなかったってわけだ。
「それと、これもあるんですよ! つけてみてください!」
ジェイクがキャリーケースの中に残っていたものを差し出してくる。
『これは……仮面?』
ジェイクから受け取ったのは、美しい装飾の施された白面だった。
「流石にその容貌でうろつくのはあまりよろしくないかと。個性的で私はスキですが、魔法生物を憎む者たちが見たらいらぬ誤解を与えそうですからね」
「最悪仮面を剥がされてももう一枚仮面だった! みたいになって大丈夫そうだね」
『それはあまり嬉しくない特典だな……』
仮面をつけて外套に備わったフードを被れば、確かに少し恰幅の良い見た目の人間に見えるだろう。
『どう……かな?』
「おー! すごいよマークさん! これならほんとに違和感ないかも!」
ジェイクがはやしたててくれるから少し自信がついた。
「では、行きますよ。まずは村の見回りから始めましょう」
ルルーさんに先導されてマロンの村を巡回することになった。
「さて、ここはあなたが育った村でもあるんですよね?」
歩き出してしばらくして、ルルーさんが問いかけてくる。
『そうなんですが……前の話にもあった通り、この村は俺が変えてしまった村なんです。だから立地や住民なんかはだいたい同じなんですが見た目や人数がかなり違うんですよね』
「なるほど、魔法生物の迫害を受けていたようですからね。他の村や町と比べて確かに明るすぎると思いました」
ルルーさんは周囲を見回しながら頷く。
「しかしその魔法の効果は、いつまで続くのでしょうか。永遠に平和が続くとは考えにくいです。もしそうなのだとしたら、こんなに目立つ村は非常に危ういと思うのですが……」
そう言われると不安になる。レベッカたちを護るためにも俺がこの村の安全を保たないとならないか……。
『……そういえば、魔法生物はどこから来るんですか?俺、この村から出たことがなくて……』
「ああ、まずはそこからですね。あなたがもといた世界でもそうだったとは思いますが、魔法生物が現れたのはそう遠い過去のお話ではありません。5年ほど前のことですね」
『そうですね……それからマロンの村は門を閉ざして陽の光すら遮るようになりました……』
「要塞のような村だったのですね」
『でもあの日……大きな黒い影が村を焼き尽くしていた……そいつだけじゃなくてたくさんの魔法生物の襲撃にあっていたようで、レベッカやみんなは別のやつに……』
「それは……心中お察し致します」
「マークさん、僕もいつでも力になりますからね」
ルルーさんもジェイクも、俺の話を聞くと慰めるかのように優しい視線を向けてくれた。
『ありがとう。でもそれはもう、無かったことになったから、辛くないんだ』
「その身体になって……辛くないはずないよね」
少し悲しそうにジェイクが言う。
『いや、はは。大丈夫だよ。みんながいなくなるより、ずっと良い』
それは心からの言葉で、命があるだけ良いと俺は本気で思っている。
だからそんな同情の目を向けられても困るだけだ。
『さ、ほら。行きましょうよ。意外と広いんですよこの村!』
そう言って俺は駆け出す。
俺が変えた、変えてしまった村を護るのは、俺だけしかいないんだ。