村を出るのは、これがはじめてだ。
もともとの村は厳重に外界との関係を絶たれていたため外に出られるのは村で暮らす人達の中でも極めて一部に限られていた。
現在の世界の村の周囲は石塀で囲まれているが、どんな時でも空が俺たちを見下ろしている。
眩しくてとても直視していられないような太陽という存在が輝き、地上を照らしている。
それは極めて普通なことだった。
生まれ変わる前のたかしの記憶にあったのは、そんなありふれた日常で、現在普通に改変したこの村よりもさらに平和で安全なものだった。
だから多分、村を出るということも、放課後にショッピングモールや河川敷に寄り道するのとは訳が違う。
命のやり取りが常日頃行われているような過酷な環境に足を踏み入れるということなのだ。
「準備は良いですか?」
『は、はい……』
ドキドキする心臓は無いが、確かに俺は緊張していた。
「もし危ないと思ったらその外套を脱いでください。着脱の方法は後で教えますので……」
そうか、こいつがあると俺はあのチカラを使うことはできないのか。
「でも身体はそのままだから攻撃には耐えられるはずだよ!マークさんが暴れたら周囲の環境が変わってしまいそうだから……なるべく抑えてね」
確かにこれには気をつけた方が良さそうだ。
「では、こちらに」
村と外とを繋ぐ唯一の出入口である大きな門の前に立つ。
開け放たれ人が行き交ってはいるものの、ここがこの村の防衛線でもあるんだな。
『じゃあ……行きましょうか』
そう言って俺は、はじめての一歩を踏み出す。
それはとてもあっさりとしていて、何も変わらないただの一歩だ。
しかし俺にとってのそれは世界が一気に広がるような大きな一歩だった。
「……どうかしました?」
一歩目を踏み出したまま惚けていた俺を見て、ルルーさんが声をかけてくる。
『あぁ……いや、なんでもないです……』
そのまま二歩、三歩と足を進めていく。
草をふみしめる度に微かに鳴る音や、吹き抜ける風の鳴らす音も心地良い。
もし、俺に触覚があったなら、その感触さえも楽しめたろうに……。
意地悪なことに耳と目がない割に音や光を感じられるくせに触れた感覚や味や匂いは全く感じられないのだ。
……なんだか、ゲームでもしてるみたいだな。
「ひとまずは村の周りをぐるりと回りましょうか」
ルルーさんの提案で村の石壁をなぞるように歩いていくことになった。