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食と幸せ

村の外は、思ったよりもありふれた草原だった。

地平線まで見えるくらい広大な視野に、山や森がちらほら見える。

時折視界に入る野生動物も、噂に聞くような獰猛な魔法生物ではないだろう。

「あれは……タマトッサですね」

ルルーさんが指さした先にいたのは、赤いトサカを持ち、白い羽を携えた小さな鳥だった。

というかアレは……俺の過去の記憶通りならば、"ニワトリ"だよな。

『アレ……魔法生物なんですか?』

「えぇそうです。新鮮な卵を生みますしその肉も美味しいんです。あなたも食べたことあるでしょう?」

ニワトリの肉は食べたことがあるが……以前の村では食肉を禁じられていたためタマトッサとやらの肉は見たこともない。

「え、もしかしてマークさん、トッサ肉食べたことないの!?」

ジェイクが驚いた声を上げる。

『いや……なんというか……この世界では、無いかな』

「以前の世界にもタマトッサが?」

『あぁ、その……別の名前で同じ鳥がいたんです』

「なるほど……味も同じか確かめてみたくありませんか?」

『へ?』

ルルーさんは素早くナイフを投げると、タマトッサに命中させる。

「こかっ……!」

一声放って、その鳥は倒れる。

『えぇ……』

「タマトッサは非常に個体数が多いため、不必要に殺さない限りは狩猟をしても良いのです。……というか、大半の魔法生物はそうですけどね」

「冒険者以外にもそうして生計を立ててる人は多いよ!」

『そうなのか……』

話をしながら仕留めたタマトッサのもとへたどり着く。

「おや……卵も近くにありましたね」

「ほんとだ!」

ジェイクが嬉しそうに目を輝かせる。

「卵料理といえばチーズオムライスが絶品なのですが……今回は材料がないのでお預けです」

「チーズオムライスならパンナさんのとこで食べたいしね」

……誰?

「ではこれを……」

ルルーさんはカバンから折りたたまれたケースを取り出し、そのスイッチを押す。

すると、ケースからは簡易的な椅子と机が出てきた。

『すごいな……』

「まぁかけてください」

促されるままにその椅子に座る。

「では失礼して……」

ルルーさんは手早くタマトッサを解体する。

幸い近くに水場があったので手間が省けたようだ。

「お待たせしました……」

ルルーさんは綺麗になった生肉をぶら下げて戻って来た。

「こっちも準備オッケーだよ!」

ジェイクはいつの間にか簡易コンロを準備していて、そこには熱せられたフライパンが煙を上げていた。

一口大に切り分けられたトッサ肉が綺麗にフライパンに並べられていく。美味しそうな心地良い音を上げながらそれはこんがりと焼かれていく。

「そろそろですね」

ルルーさんは卵を割ると、その鳥の上に落として蓋をする。

また少し待ってから蓋を開けると、煙の中から美しい目玉焼きの乗ったチキンステーキ……いや、トッサステーキが現れた。

『う、うまそう……』

「ほら、遠慮しないでくださいね」

ルルーさんが取り分けた一欠片のステーキを俺に差し出す。

『いただきます!』

それを口に入れて噛み締める。

……だが。

『……やっぱり』

「どうしました?」

『俺、味がわからないんです』

「えっ! こんなに美味しいのに!?」

「いっくん!」

「むぐ……」

俺に気を使ったのか、不用意なことを言いかけたジェイクの口をルルーさんが塞ぐ。

「……そうですか。味覚の方もやはり……」

『本当は、薄々わかってはいたんですけどね。今のところ視覚と聴覚以外は機能していなかったから……。でも何も食べてなかったから、もしかしたらあるんじゃないかって、ちょっと期待していたんです。でも……はは、無理でしたね』

「……」

楽しい食事の場は一気に静寂に包まれる。

『お、俺のことはいいんで! 食べてくださいよ!』

「……申し訳ありませんね。配慮が足りていませんでした」

『そんな! 先に言わなかった俺が悪いんですから!』

「感覚を復活させられる発明でもできれば良いのですが……」

「なんとかしてあげたいね……」

ふたりは唸りながら考えていてくれている。

……本当に、好い人たちなんだよな。

『……ありがとうございます。その気持ちだけで、本当にお腹いっぱいすよ』

「それなら良いのですが……」

まだ少し申し訳なさそうにしているが、仕方の無いことだ。

「では……いただきます」

ふたりが食事をするのを見守った。

食事さえも、当たり前のことだった。

でもそれができなくなるって考えると、確かに辛いな……。

未だに思い出す、あの鶏肉の引き締まった肉を頬張る幸せを。

食と幸せはかけ離れることのできない密接な関係にある。

何かを食べることで人は頑張ることができるし、そのために頑張ることだってできる。

それを封じられてしまっては、少し物足りなさを覚えるが……それもまた仕方の無いこと。

生きている、それだけが今の俺にある一番の幸せじゃないか。

この身体を利用して魔法生物と戦えるのなら、それもまた利があると考えられる。だから、そのための犠牲とでも言えようか。

それでもいつか、また何かを食べられるようになるといいが……。


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