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カントリカント

それからしばらくまた外壁をなぞりながら歩く。

ほんわかとした雰囲気の草原に陽気な天気が合わされば、緊張感のカケラもない様子だが……。

『魔法生物ってのは、こんな場所にもあらわれるんですか?』

「えぇ。現れます」

俺の問いに対してルルーさんは即答する。

「以前まではそれでもあまり出現するものではなかったのですが、ガレフから生息域を広げた現在、魔素の影響を受けた原生個体を含めれば、地表のあらゆる生物が魔法生物と成り代わったとされています」

『そりゃあまた……』

世界規模で変わってしまった……俺が代償を負って村ひとつ変えたのとはまるで規模が違う話だ。

「……僕の町も、魔法生物に襲われたんです」

少し躊躇いがちにジェイクが語り出す。

『そうだったのか……』

「生き残ったのは、僕だけでした。フリディリアに連れてこられた僕をルルーさんが保護してくれて……鍛えてくれました」

「まだまだ一人前には遠いですけれどね」

「そ、それは……そうだけど」

からかうように笑われたジェイクは悔しそうに口ごもる。

『仲、良いんですね』

「あら、そう見えますかぁ?」

ルルーさんは嬉しそうに微笑む。

『まるで姉弟みたいですよ』

「あらあらあらあらぁ……」

頬を両手で抑えながら喜ぶが、ジェイクはビミョーな顔をしている……。

「ほら、お姉ちゃん、って呼んでください」

「やだよっ!」

ルルーさんに迫られたジェイクは恥ずかしそうに逃げ出す。

「いっくんたら、まだ恥ずかしがってるんですから」

贅沢っちゃ贅沢なヤツだよな……。



もうそろそろ一周に差しかかろうとしたあたりで、妙な音を聞く。

まるで何かの唸り声かのような、そんな低く地に響くような音だ。

『……ルルーさん』

「気づきましたか」

俺が声をかける前から、ルルーさんは既に周囲を警戒していた。

「壁を背にしてください。背後さえ取られなければ簡単なものです」

言われた通りに壁を背にしながら横歩きで進む。

「くるるる……」

背後を取るのを狙っていたらしいが、その様子に痺れを切らしたらしく茂みから威嚇のような声が聞こえてくる。

「そこですか」

ルルーさんがいきなり声のした方へナイフを投げる。

「くぎゅっ……!」

声の主も奇襲返しには備えていなかったらしく、苦しむような甲高い声を上げる。

『やったか!?』

「……あまりその言葉は使わないように」

ルルーさんの注意の通り、茂みから傷を負った狼のような魔法生物が飛び出して来た!

「があぁ!」

『怒ってる!』

太もものあたりにナイフが突き刺さっていて、血が滴っている。

そのせいか足を引きずっていて既に大きく戦力が削がれているようだ。

『流石ですねルルーさん……』

「本来ならば万全の状態の相手と戦ってもらいたいところですが……初戦ということでこれで良しとしましょう」

『へ?』

「やってください」

ルルーさんはそう言うと、ジェイクをひょいと担ぎあげてその場から離れる。

『や、やれって! どうしたらいいんですか!』

「戦うんですよ」

『丸腰で!?』

スパルタとは聞いていたが、いきなりだな……。

でもちゃんと先制はしてくれているからまだ優しい方か。

「あなたの身体は全身が武器になるでしょう。素手の状態で既に強いです……ぷ」

くだらないこと言ってるけど素手で戦うのか……。ボクシングとかの経験ないぞ……。

「ぐるるぅ!」

そろそろお相手も待ってくれそうにない。

やるしかないか……。

『ちくしょうこいっ!』

「がぐぁっ!」

俺の声を理解しているかはわからないが、その狼は跳躍して俺に噛み付こうとする。

噛みちぎられる前に、その大きく開けた口の中に拳を突き入れ反撃する。

『おっらぁ!』

「ごぼうっ!」

腕の半分がそいつの中に入っているが、もはや噛むことなどできない。喉の奥にまで達した腕は狼の喉を圧迫し窒息させている。

「くぅ……ん……」

息をしようともがくが俺の腕から抜けることができずに苦しそうに唸る。

『な、なぁ……ちょっとかわいそうじゃないか?』

「……そう思いますか?」

敵に情けをかける俺に、ルルーさんは冷たく問い返す。

「そいつはカントリカント。今は獣の姿をしていますが人の姿に擬態して村に潜み悪さをすることもあります。危ない存在なので見かけ次第討伐した方が良いです」

『人……? じゃあ、こいつも話ができるのか?』

俺の言葉を聞くと、ルルーさんは少しバツが悪そうな顔をする。

「……情けをかけるべきではないです。魔法生物の大半は人語を理解する狡猾な生き物です。口車に乗れば痛い目に合いますよ」

それを聞いているジェイクもまた少し複雑な表情を浮かべている。

……アミィの言っていたことが本当なら、話し合いで解決出来ることもあるのかもしれない。

『おい、オオカミ』

俺は腕からカントリカントをはずしてその場に降ろす。

「ごっほ……ごほげほっ!えほっ!……うぅ……ひでェことしやがる……」

やはりこいつ……喋るぞ!

『なぜ襲ってきた?』

「なぜって……食うためだ。オマエは食事をするために別の生き物を狩らないのか?」

……一理ある。現に先程俺たちはタマトッサを狩っている。

『……では、今からお前を倒さなければならない』

「なっ! なんだよう! 見逃してくれそうだったのに!」

『ヒトを襲うのならば俺たちはヒトを護るためにもお前を倒さなければならない』

「ヒト?オマエからはヒトのニオイがしないぜ。仮面の下、見せてみろよ」

虫の息の癖に挑発的なことを言って俺を煽る。

『……ほら』

あえてその言葉に従い仮面を取って見せてやる。

俺の醜悪な正体を。

「え……」

案の定カントリカントは絶句して硬直する。

やれやれ……こんな魔法生物にすら気持ち悪がられるなんて……。

「ご、ご主人様っ!?」

『なにっ!?』

カントリカントから出てきた言葉は想像とはかけ離れていた。

『え、なに?』

「なにってこっちのセリフですってば! えぇ〜なんでこんなことしてるんですかぁ!」

擦り寄ってこられるが、全く身に覚えがない。

「……どういうことですか?」

黙って怖い顔をしながら様子を見ていたルルーさんがとうとう口を挟んでくる。

『いやいやいや! 知らないです! なにお前! 適当なこと言うなよ!』

「適当じゃないですってば! マーク様ですよね!」

『こいつ! さっき俺たちの話をきいてたな!』

「……いえ、しばらく私たちはあなたの名前は口にしていませんよ」

ルルーさん訂正するようにそう言う。

『はっ……?』

「へへ、信じていただけやしたか?」

カントリカントは媚びるような上目遣いで俺を見つめてくる。

『知らん知らん! 何こいつ!』

「とりあえず話だけでも聞いてもらえませんかねぇ?」

『……少しだけだぞ』

何か事情がありそうではあるのでとりあえず話だけは聞いておくことにした。

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