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異端の人狼

「さて……まずはあっしと旦那との出会いの話をしましょうかねェ……」

『おい待て、そんなキャラじゃなかっただろ!』

急なキャラ変は混乱を招くため禁止だ。

「いいじゃないですかどんな話し方だろうと!」

『色々とめんどくさいんだよっ!』

「えぇでは……」

ごほんと咳払いをしつつカントリカントは話し始める。

「オレはね、昔っから異端と言われていましてね。仲間のうちでは恐怖を与えつつヒトを襲うのが楽しいだの美味いだのと言って流行っていましたが、それがどうしてもできなかったんです。……でもね、やっぱりそりゃあ許されなかった。一人前の人狼になるためにはヒトを喰わにゃならんのだと。仲間たちはそれができなければ住処には帰らせないと釘を刺して、オレをその……マロンの村に放り込んだんです」

そう言ってカントリカントは爪を少し出して村の方を指す。

『じゃあお前はそこで人を……』

「いやいや! 話は最後まで聴くもんですよ!」

俺の言葉を否定して再び奴は話を続ける。

「もともとオレは、ヒトが食うような小さい魔法生物や野菜なんかを食って生きてきたんです。それをいきなり、同じ言葉を使うヒトを襲えなんて言われてもできやしない。途方に暮れて獣の姿で彷徨いていると、人狼に詳しい村の住人に見つかりましてね……。弓やら槍を持って来られて、身体中傷だらけ。虫の息でとある空き地に逃げ込んだんです」

『空き地……まさか』

「オレはね、そこでヒトと出会った。もう逃げるチカラも残っちゃいなかったんで、あぁ、終わった、なんて観念したもんです。しかしね、そのヒトは、オレを抱きしめてくれたんです。酷い怪我だって、誰がこんな酷いことをって……。それはね、オレたち人狼からしたら、最大の好機なんですよ。ただの愛玩動物だと思い込んで油断しきっている獲物が、首根っこを目の前に見せてるんですから。……でもね、オレはヨダレじゃあなくて……涙が止まらなかった。誰からも攻撃される中で、唯一オレを抱きしめてくれた……それが心底嬉しかったんです」

『そうか……そんなことが……』

「……って! 忘れちゃったんですか!! ご主人様!!」

いきなりカントリカントががばりと顔を上げる。

『は……はぁ?』

「その時のヒトがあなただったんですよ! そんな姿になってもオレにはわかります……! オレたちはホネには敏感なんでね!!」

そう言ってカントリカントは笑うように牙を見せる。

『えぇと……まぁそれは良いとしても……お前はじゃあ、ヒトを襲わないんだな?』

「えぇそうです!」

「じゃあ……なぜ私たちを襲ってきたんですか?」

横からルルーさんが質問を投げかける。

「あんたらが魔法生物といるから襲われてるんじゃないかと思ったんだよ!」

くわっと口を開けてカントリカントは反論する。

『ほ、ほんとかぁ?』

「ほんとですよ! ご主人様と約束したんですから! ヒトは襲わない、護るものだって!」

『え、なに俺、お前と話したの?』

「そんなぁ……」

カントリカントはうるうると目を潤ませる。

……ややこしい事情が絡んでいるから説明するのは面倒だが……少しかわいそうだししっかり説明してやるか。

『……あのな。実は俺は以前までの俺とは少し違うんだ。だからちょっと記憶が無い部分がある。お前と過ごした時間はその時の部分なんだろうな』

要するに、生まれてから魔法生物が出現して、この村が護られていたか否かで俺の世界線は分岐している。こいつと出会っていたのは村が閉鎖されていなかったからだろう。

「え! じゃあオレのこともなんもかんも憶えてないんすか!」

『だからそう言っている』

俺がそう言うと、ガックリと肩を落としてカントリカントは落胆する。

「なんだよう……じゃあオレは……これから誰のために……」

「マークさん……ちょっといいですか」

ジェイクがルルーさんの許から離れて近寄ってくる。

「この魔法生物、敵意は無いようですし……」

『え、なに?』

「かといって放り出すのもかわいそうだと思いませんか?」

そ、そんなこといわれても……。

「オレは……ご主人様との約束のために

……」

しょぼくれながらうわ言のようにぶつくさ言ってるのを見ると、いたたまれない気持ちになってくる……。

『あぁもう! わかったよ! おいオオカミ! しょぼくれてんなって!』

「だって……ご主人様との思い出が……」

何があったんだ俺たちに……。

『……きかせてくれよ。その話』

「いいんですかっ!?」

『……て、手短にな』

「あの後、ご主人様はオレを拾ってくれたんです!  ただの微弱な獣型の魔法生物だと思ってたんでヒトの姿になった時は驚いてましたが……ご主人様はそれでもオレを追い出したりしませんでした!」

『なかなかおおらかだったんだな俺は……』

「そんな日々が続いたある日……それは現れました……」

『ま、まさか……魔法生物がケジメをつけさせに……』

「長い髪を振り乱して、鬼の形相でオレを追い立てた……アイツ……!」

ん?

「ご主人様とオレを引き剥がしやがった! 魔法生物は危険だって言って!」

ヒトなの?

『な、なぁそいつは俺の何なんだ?』

「こんやくしゃ……?みたいなこと言ってた……」

『婚約者!? いないっつの!』

「でも!」

『ま、まさかレベッカ!?』

「うぎゃああああぁぁあああぁぁぁあ!!」

突然カントリカントは叫び声を上げる。

『どうした!?』

「そ、その名前……!」

『レベッカ』

「ひぎぃいいいぃぃぃいい!」

『レ』

「んのおおぉぉぉおほぉぉおお!」

……よほどイヤな目にあったらしいな……。

『あいつは警戒心が強いところがあるからな……でも今はもう大丈夫だろう。なにせお前が安全なことは俺が保証してやれる』

「ほ、ほんとか?」

ビクビクしながら顔を上げる。

『ほんとほんと。……ってさらっとお前を連れて帰るみたいな話になってたな』

「違うんですか?」

ジェイクが不思議そうにたずねる。

『え?』

「え?」

ジェイクのみならずカントリカントも一緒になって首を傾げる。

『してないでしょそんな話!?』

「じゃあなんですか! オレはまたこの草原で本人に否定された約束を抱きながら暮らせって言うんですか!」

『そうだが……』

抗議されても困るよ。

「ひ、ひどいですよマークさん! アミィと約束したじゃないですか!」

『え、でも別に倒してないし……』

「オレきっとこのままじゃいつか駆除されちゃうよぉ……ヒト食べちゃうかもしれないよぉ……」

なんて往生際の悪いやつ……。

『はいというまで終わらなそうだな全く!』

「じゃあ……!?」

『いいよもう! 来い!』

「ご主人様あぁぁぁあ!」

カントリカントが俺に飛びついてくる。

『まぁ……お前からしたら数年ぶりの恩人との再会、ってことだもんな。俺もちっと言いすぎたかもしれん。悪かったな』

モフモフの毛皮を撫でながら謝っておく。

「そんなそんな! これからお傍においていただけるのなら全く気になりませんよ!」

「……それで?魔法生物を見逃せと、そう言うのですね?」

ルルーさんが静かに問いかける。

『あ……勝手に話を進めて申し訳ないですが……こいつは俺が引き取ります。悪さはさせないんで!』

「ルルーさん! この子は大丈夫だよ!」

「なんでそんなことがわかるんですか?」

「そ、それは……」

「何度も言うようですが、魔法生物は狡猾な生き物です。特に人語を解する者は巧みな話術で他者を出し抜き隙あらば命を奪おうとするような邪悪な性質を持つものが多いです。本来ならばこのような人狼は言語道断。疑わしきは罰せよとも言うくらい、その種であるだけで断罪の対象になり得る程の相手です。口先だけの話しかしていないのに、それを信じ込んで同情して家に迎え入れようだなんてのは迂闊と言わざるをえないことです。そのまま夜を迎えてごらんなさい。腸を失くしてからでは遅いのです。今回のケースはマークさんのことを知っていたからとはいえ、私たちは以前にも記憶を操って取り入ろうとする相手に狙われたことがあるのです。証拠が証拠にならない、そんな特殊な状況も魔法生物相手ならありえるのです。ですから最大限の注意を払って接すること。それだけは忘れないでください」

ルルーさんは延々と説教を繰り出す……。

『ああ〜……えっと、つまり……気をつければ一緒に居てもいいってことですよね?』

「……そうです」

体裁的に、あっさりとは言えなかったのだろう。

しかし確かにするなとは言っていないので、認めてくれたには違いない。

『ありがとうございますルルーさん!』

「……あなた、マークさんの仕事の手伝い、できますか?」

ルルーさんはカントリカントの方にも問いかける

「あ、あぁ〜できます! やらせてください!」

「ならば、問題はありませんね。これをつけさせてもらいます」

「な、なんですか?」

ルルーさんは懐から俺につけたような首輪を取り出してカントリカントにつける。

「うえっ……て、苦しくない?」

「痛い道具じゃないですよ。これをつけていれば、あなたは私たちの仲間です。これはその証ですよ」

ルルーさんは優しい笑みを浮かべてカントリカントを撫でる。

「なんて優しい方なんだ……。あの鬼女とは大違い……」

ひどい言われようだな……。

しかし多分この首輪も単なる飾りじゃないはずだ。位置の確認や……最悪始末なんかにも使われるんじゃないだろうか……。

それを何も伝えずに取り付けるあたり、ルルーさんには少し警戒してしまう部分もあるな。

『よし、じゃあお前名前を教えてくれよ。カントリカントじゃ流石に呼びにくいし』

「それなら、ご主人様がつけてくれた……フィーナ。フィーナがいい!」

フィーナって……なんか女の子みたいだな。

『お前がいいならそれでいいが……当時の俺はなんでそんな名前を……』

「では、人間の姿になってもらえますか? それが上手ければ村での生活も楽でしょう」

「お安い御用ですよ! それっ!」

そう言ってフィーナは飛び跳ねて空中で一回転すると、着地する頃には人型になっていた。

立ち上がったのは、かわいらしい女の子……。

『ええぇっ!? お前……女だったの……?』

「ひっ、ひどいですよご主人様っ! オレのことずっと男だと思ってたんですかっ?」

上目遣いでそう迫られると、獣型の時とは全く別の方向性のかわいさが……。

「……なるほど、彼女がこの子を追い出した理由が、なんとなくわかりました」

ルルーさんは納得したように頷いている。

『まぁこの見た目なら村に入っても絶対大丈夫だろう! ちょっとシッポ生えてるけど……アクセサリーみたいだしな』

俺はいたずらにシッポを掴んでみるとフィーナは飛び上がる。

「ひゃんっ! や、やだぁっ!」

『へ、へんな声出すなよっ!』

「……これは、修羅場が予想されますね」

少し村に帰るのが怖くなってきたが……人狼の力を借りられるのならば悪くない話には違いない。

初めての巡回だったがなかなか頼りになりそうな仲間を得られた。

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