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苦い記憶

フィーナは俺の周りをくるくる回りながらついてくる。

『お前さ、疲れない?』

「疲れませんよ! むしろこうしてないと落ち着かないっていうか!」

『あっ、あぶないって、お前で躓きそうになるんだよ』

何度も目の前に来たり離れたりするので実に邪魔である……。

「しかしマークさんもなかなかの好色ですね。別に悪いとは言いませんが……」

『誤解ですって! 俺こんなやつ知らないですもん!』

ルルーさんに勘違いされているのはなんだか恥ずかしいのできっちり弁解させてもらう。

「オレはよ〜く知ってますよ! オレがまだ獣の姿しか見せてなかった時、色々見せてくれたじゃないですか〜」

『な……え、なに?』

「本棚の下の戸の〜」

『うおおぉおぉぉおい! 根も葉もない話をするのはやめろ!』

「え〜間違いなくそこにむぐ……」

うるさい口は塞いでおく。

「気になりますねぇ……何があるんですか、そこに?」

『なんもないですよぉへへ……』

確実に居たわ、あいつ……。

『……で、フィーナ。俺とお前はどういう生活をしていたんだ?』

「家事を手伝ってくれるなら助かるって言うんすで、ふたりでしばらく一緒に暮らしていたんですが……」

フィーナは話途中で急に息を荒らげ始めた。

「あ……あいつが……現れて……!」



──3年前、オレはご主人様と出会ってからというもの、家の中ではこの姿、外では獣姿でペットのフリをして暮らしていました。

……といってもそんなに長い時間が経ったわけではないですけどね。

時間にしていえば一ヶ月程のことでしたか……オレにとっては大切な時間です。

あの日も、ありふれた一日だったのですが……。

オレたちは、ご主人様のご友人たちとよく遊んでいたんです。

ペットだなんてのも珍しかったらしく、みんなよくかわいがってくれたものです。

しかし、しかしね……あの日は春の陽気もあってか、オレも少し浮かれていたんです。

もしかしたら、ご主人様以外のみんなも、オレのことを受け入れてくれるんじゃないか、なんて思ってしまった。

だからオレは、調子に乗ってぴょんと跳んで一回転、たちまちあの姿に変身したわけです。

……それがいけなかった。

周囲の面々は皆顔面蒼白、場は一瞬にして居心地の悪い静寂に包まれました。

魔法生物が村に入っている。

それは決して認められることではありませんでした。

ヒトの優しさに触れ続けたせいで、オレは忘れてしまっていたんです。

あの鋭い矢尻の突き刺さる痛みや、怒声に怯える恐怖のことを。

たちまちその場は大騒ぎになりました。

なぜ魔法生物を匿っている?

村が襲われたらどうする?

ご主人様が責め立てられるのを、オレは見ていられませんでした。

特に恐ろしい剣幕で私を追い立てたのは、いつもご主人様にひっつこうとするあの卑しい女……レベッカという鬼女でした。

オレの姿を見るや否や、髪は逆立ち眉間は谷の如き皺を刻みその歯を噛み締めるのでした。

マークは渡さない、そう言うと獣に戻って駆け出そうとするオレのシッポを掴み、縦に横にぶん回し、その度にオレの身体は宙と地とにその身を叩きつけられました。

あいや、ご友人の反応は至極真っ当ではございます。ご主人様が気に病むことはございません……。

しかしそんなわけでオレは様々な痛みを負わされてからご主人様の許を去ることになったのです……。



『えっと……お前も大変だったんだな……』

いきなり語り出したフィーナの身の上話を聞いて苦労を思い知る……。

『ていうかその時俺、お前のこと見捨てたってことか……?』

「ち、違います! オレが離れたんです! ……離れさせられたとも言えますが……」

『レベッカか……』

「あのヒト、会いたくない」

『まぁ……善処するよ』

そうこうしているうちに俺の家の前まで着いた。

『ルルーさん、ありがとうございました!』

「いえいえ、もう少しこの村にいますのでまたよろしくお願いします」

「ではオレもこの家に入ってもいいですか?」

『……いいよ』

「ありがとうございます!」

フィーナは嬉しそうにシッポを振る。

「じゃあマークさん! 優しくしてあげてね!」

「や、優しくなんてそんな……」

『何言ってんだよ……』

「ではお邪魔者は去りましょうか」

『ルルーさんまで……』

「それでは!」

ふたりは足早に去っていった。

「ふつつかものですが……よろしくおねがいします!」

そのセリフ言ったら意味が変わってくるだろうが……。

『じゃ、入れ』

「はぁい! ただいま!」

元気よくフィーナは家に入った。

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