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不器用な想い

「おかえり、マーク」

勢いよく家に入ったフィーナを迎えたのは、俺の名前を呼ぶ声だった。

『え……』

「あ、あぁ……そん……な……」

玄関を開けた直後に、フィーナは腰を抜かしてその場にへたり込む。

「……は?」

低く重い一言だけがその場に響く。

それを聞いた瞬間にフィーナは肩を大きく跳ねさせてからガタガタと震え出す。

「ご……ごご……ごごごごご……」

俺に助けを求めようとしているようだが、それすらも発音することができていない。

『落ち着けよ……?話をしようか』

何故かエプロンをつけた姿で勝手に人の家に入り俺を迎えようとしたその女は……なんというか当然のことだがレベッカだった。

「……どういうことだろうなぁ? 初仕事と聞きつけて労をねぎらってやろうと思っていたのだが……」

レベッカはギロりとフィーナを睨む。

「なぜ、こいつがいる?」

や、やっぱり知ってるんすね……。

「ご主人様ぁ……」

フィーナはうまいこと言ってくれと懇願するかのようなか細い声で俺に呼びかけている……。

『あー…………そう。あの、なんかね、ヒトを襲わない魔法生物見つけてね。連れて帰ってきたんだー』

「……なるほどな。マークは知らずに連れてきたのか……」

ふむふむと頷く素振りをしてレベッカが呟く。

「とでも言うと思ったか! ご主人様などと馴れ馴れしく呼んでおきながら事情を知らせていないとは言わせないぞ!」

いきなり叫ぶとフィーナを掴み起こしてその肩を激しく揺らしながら問い詰める。

「ゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいぃ……」

あいつはあいつで最早それしか言うことができていない……。

『おいそのくらいに……』

「魔法生物だぞ! 村に入れるわけにいくものか!」

レベッカは止めようとした俺を怒鳴りつける。

『……そうだな』

「わかってくれたかマーク!」

『……行くぞ、フィーナ』

未だに貝のようになっているフィーナに呼びかける。

「ご、ご主人様……どうして……」

フィーナは不安そうに震えた声を出す。

『魔法生物はこの村の中にいてはいけない。だから……行こうぜ』

そう言って俺は外に出る。

「ほら、マークも言っている。外に出るんだ」

レベッカは勝ち誇ったようにそう言うとフィーナを抱えて外に押し出す。

「やだぁ……オレ……やっと帰ってこられたのに……」

「あんたの家じゃないのよ」

『……レベッカ。お前の家でもない』

「そ、それは……そうだが」

図星を突かれたように動揺する様子を見せるが、今の俺はそれを指摘してやる気も起きなかった。

『悪いな、レベッカ……お前を失いたくなくて俺はこの村を変えたんだが……』

「なんだ?」

『その村を出ることになるとはな』

「……え?」

俺の言葉を聞いて数秒停止した後、その顔は青ざめる。

「な、ど、どういうことだ!」

『お前が言った通りだよ。魔法生物は村の中にいちゃまずいんだろ?』

「マークは……だって、ちがうもん……」

さっきまでの剣幕は急速に衰え、根拠の無い否定の言葉を弱々しく呟く。

『違くない。お前がこいつに辛く当たる気持ちもわかる。だって魔法生物だもんな。だがこいつにも気持ちはある。こいつが何をした? ヒトも襲わないこいつに辛く当たる必要があったか?』

「……」

『アミィの言ってることがなんとなくわかった。魔法生物ってだけで強く迫害されることもあるし、逆にヒトを襲う同族との思考の差に葛藤することもあるんだな……』

「ご主人様……」

『フィーナ。お前の居場所は確かに見つけにくいものだろう。だから、俺が傍にいてやる』

「……っ!!」

フィーナではなく、それを聞いていたレベッカが唇を噛みながら唸る。

「なんで……なんでなんでなんでっ! 私の方が一緒にいるのに! 人間でもないそいつのことばっかり構うの! ずるいよ……あの時だってそう。私がついてくとイヤな顔するくせに……そいつのことばっかりかわいがって!」

レベッカは癇癪を起こすみたいにして思いの丈を吐き出すように語り始める。

『レベッカ……』

「……ごめん。めんどくさいよね、私……。でも自分でも抑えられないの。マークのことを思うと、いつの間にか全部知りたくなって、関わっていたくなって、どうしようもなくなる。本当は今日だってついていきたかったけど、村の外に出るのは流石に危ないってわかってたから……ご飯作って待ってた……のに……」

だんだんその言葉は嗚咽混じりになってくる。

「マークが……死んでなかったのに……私、どんどん欲張りになる……。もう失いたくないのは、私の方なのに、マークが自分から離れてしまいたくなるほど、私はひどいことをしてしまった……」

一通り言い終えるとレベッカは静かに泣きだす。

それを黙って見守っていたが、不意にフィーナがレベッカに近づいていく。

「……れ、レベッカさん。オレ、あなたのことずっと怖かった。……で、でも違ったんだ。あなたも……オレのことが怖かったんですね」

「……だったら……だったらあんたは、どうするの? 私がしたみたいに、ここから追い出す?」

「……そんなことはしないですよ。魔法生物たちがヒトを殺しているのは事実です。それにこんな牙や爪のあるオレはよっぽど恐ろしく見えるでしょう。だけど……オレは本当にヒトを食いません。それだけは……信じてください」

「……マークのこと食べたら、許さないんだから」

「だから食べませんってば」

そう言ってフィーナは軽く笑う。場の雰囲気が少しだけ緩くなった。……レベッカは冗談で言ったんだよな?

『じゃあレベッカ。納得してくれたか?』

「……マークがそんなこと言うなら、仕方ないじゃん……」

口を尖らせながらそう言う。

「……ご飯、用意してあるから。……みんなで、食べよう」

「レベッカさん……!」

「ちゃんと手伝いなさいよ。あんたの分はもともとないんだから」

「もちろんです! お手伝いいたしますよ!」

少しは仲良くなってくれるかな……?

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