大穴とはいえそれはぽっかりと大きく穴を空けるばかりではない。
外周のどこから入るかで全く違うルートにたどり着く迷宮のようなものだ。
それはいずれも洞窟のように入口のあるもので、そこに入って初めてガレフの内部へと進行することができる。
暗く深く見える穴の中央部分も、上空からそこに入ったとしてこれらの天井の上に落ちるだけだろう。
例えば今俺の目の前にあるのは、緩やかな傾斜になった地下へと続く洞窟だ。その入口が目に入るだけでも三つある。この先が繋がっているのか、はたまた全く別の洞窟になっているのかはわからない。
『フィーナ。どれに入ればいい?』
人型に戻ったフィーナに声をかける。
「そんなのわかんないですよ。ガレフはどこに何があるかなんて全く見当もつかないんです。おまけに魔素の影響でことあるごとに内部構造が変わるので同じ場所にたどり着くことはほぼないでしょう」
『そうなのか……』
進むしかないってことね。
直感で真ん中の洞窟を選んだ俺はその洞窟の中へと足を踏み入れる。
その時、周囲の景色が歪んだような感じがした。
『え?』
「早く入っちゃってください!」
『あ、うん』
促されるままに洞窟の中へフィーナと共に進む。
すると、今入ってきた入口に魔法陣のようなものが現れる。
『なにこれ!』
「ガレフの洞窟は入れる人数が決まっていて規定人数に達するか最初の人の入場から一定時間が経過すると自動的に入口が封印されるんです」
『え、じゃあ帰れない……ってコト!?』
「変な狼狽え方しないでください……帰れない訳では無いですがもしここから出たらもう入ることはできないんです」
『それはあの、どういうことなの?』
「さぁ……オレは別にその仕組みについて詳しい訳ではないですから……でも玄関のカタチくらいは知ってます」
『まぁそう言われると確かに当たり前にあるものって別に構造までは知らないけどさ……』
「細かい説明はルルーさんにでも任せてオレたちは先に進みましょう!」
『いいのか……?』
戻れなくなることはないという言葉を信じて先へ進むことにした。
洞窟に入ったというのに不思議なことに暗くはない。
それどころか木漏れ日のような明るささえある。
『俺たち……地下に入ったよな?』
「あぁ、ガレフは基本そうなんですよ。魔素の影響で地上の環境が再現されてるんです。だからここではほとんど地上の暮らしと変わらない生活を送ることもできますよ」
『あ、そうなんだ。じゃあなんで外に出てくんの?』
「……ヒトだけはいないからです」
フィーナは悲しそうに答える。
『それはまぁ……イヤな理由だよな』
「まぁヒトを捕食するためという以外にもヒトの作るものに興味のある者もいます。純粋にヒトと暮らしたい種もいれば……壊したい種もいます。その理由はまた様々です。破壊を楽しむ者もいれば……今まで暮らしていたガレフを荒らされた復讐を果たそうとするものもいます。何にしても未だに魔素を取り込まずにいるのはヒトくらいですしね……」
『なんでヒトだけはそのままなんだろうな』
「わかんないですってば」
『あぁ、ごめん』
「でもオレが思うに、ヒトが受け入れていないからってこともあるかもしれません」
『ほう?』
「身体は強くないけれど、ヒトには意志の強さがあります。多分それが魔素による変態を防いでいるのかも……」
『マゾのヘンタイ……?』
「ちがいますよっ! もうっ!!」
俺が茶化すとフィーナは真っ赤になって俺の背をはたいてきた。
『まぁでもわかった。魔素ってのはそういう風に何かを変えてしまう性質があるんだな』
「何でもありですよほんと。この洞窟は森になっていますが中には海になってたりするところもありますし……」
『そりゃほんとになんでもありだな……』
「逆に言えば今回は動きやすくてアタリのフィールドだったかもしれませんね!」
『そうだといいがな』
喋りながら進んでいたが、ここに来て目の前に何かがいることに気づいた。
『ん? フィーナ、止まろう』
「……はい」
フィーナもその存在に気づいたようで足音を消す。
『……敵か?』
「おそらく……それに数はひとつ。こちらが有利です」
『なぁ、話し合いとかは……』
「ご主人様。ガレフに来たのならばそれが難しいことくらいはご理解ください。ここにいるのはただ生きている者たちばかり。そこに足を踏み入れているのはオレたちです。復讐を恐れずに、荒らして奪う覚悟が無ければ立ち入るべき領域ではありません」
『……じゃあ俺は、今から村を襲う魔法生物と同じってことだ』
「ですがそれは、他のどんな生物もしていることです。自分より弱い生き物を食べて、自分より強い生き物に食われる。オレはただ、ご主人様の想い……言わばヒトの意志のチカラに魅せられてヒトを護るようになっただけですから」
『正当化してもいいのかな……』
「やらなきゃやられますしね。魔法生物は基本的にはルルーさんの言っていた通り、卑怯で狡猾な者が多いですよ。でもそれは野生に生きるものなら当然のこと。同情や加減をしているようでは足もとを救われますよ」
『そうか……そうだな!』
フィーナの言葉に励まされ、ぴしりと自信に喝を入れる。
『迷わないよ。ありがとうフィーナ』
「いえ。オレもまた、ずっと迷っていましたから……」
少し照れくさそうに言うと、フィーナは獣の姿に変化する。
「……行きましょう。オレたちのために」
そう言うとフィーナは真っ直ぐに獲物を見据えた。