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純粋すぎる好意

またしばらく道を進んでいく。

本当に森みたいになっていて、洞窟らしい岩肌は見えない。というか両側は壁じゃなくて木々になっている。しかしこれは一本道で、木々をかきわけてルートをはずれようとしてもそこから先には進めなくなっている。

なんか見えない壁みたいなのがあるんだ……。

「魔素の見せているものです」

全部、魔素のせいだ。

『でもさぁ、これ中の魔法生物たちはどうやって暮らしてんの? 構造も変わるんだよね?』

「基本的に通路と部屋のようになっていて、部屋と部屋をつなぐ通路が変わるようなイメージですね。その部屋のことはネストって呼ばれてます。基本的に何かの住処になっていることが多いので……。単純に道が変わるんじゃなくてネストごと移動するので次にどこに行くかとか、自分がガレフのどこにいるかとかはわかんないです。お隣さんに捕食者が来た時、そりゃあもうドキドキですよ」

『そんな席替えみたいな感じなのか……』

「よくわかんないですけど多分そうなんじゃないですかね」

ということは、ランダムに選ばれたネストがいくつか連なっている形の迷宮ってことか。

『そういえばお前って人狼だから耳や鼻も効いたりするんだろ?』

「もちろんですよっ!」

『敵の音とかニオイとかで場所わかんないの?』

「流石ご主人様! オレの得意分野についてしっかり目をつけてくれるんですね!」

フィーナがふんすと鼻息を吹いて喜ぶ。

「今はヒトの姿になっていますので獣の姿の時よりは若干劣りますが、それでも普通のヒトよりも索敵が得意ですよ!」

『じゃあお前は獣の姿でいた方が有利なのか』

「で、でも……こうやって歩いてるとオレ、嬉しいっていうか……なんか落ち着くんです。なんでだろ……」

胸の辺りを押さえながらフィーナは呟く。

『……さぁねぇ』

「でもご主人様が言うなら獣の姿で周囲の警戒をしますよ!」

『いや、いいよ。好きな姿でいてくれ』

「ありがとうございます!」

許可を出してやると、ぺこりと一礼して感謝を述べる。

実に従順だ……ここまで尊敬されることなんて今までなかったから嬉しさよりも困惑の方が勝つ……。

『フィーナはさ、なんかしたいこととかないの?』

「したいこと……ですか?」

俺ばかりしてもらうのも悪いと思い、つい唐突な質問を投げかけてしまった。

「……うーん、ご主人様とひなたぼっこがしたいです!」

『すぐにできそうだな……』

「え、じゃあ〜……ご主人様と新しいお家に住みたい!」

『今の家は不満か……?』

「あ、いえいえ! そうじゃないんですけどもっともっと広かったらいいし! あとは〜……ご主人様と〜」

フィーナは楽しそうに想像を膨らませているが……その全ての中に俺がいる。

こいつにとって俺は、それ程までに大きい存在なのに、俺はこいつとの決定的な記憶が欠けている。

それはなんだかとても、失礼というか……純粋すぎるこいつの気持ちを受け取る資格は俺にはないんじゃないかって思ってしまう……。

「ご主人様〜? きいてます〜?」

『あ、あぁ。きいてるよ』

「逆にご主人様は何がしたいんですか?」

今度はフィーナから俺にきいてきた。

『まぁ……人間に戻りたいよ』

「それは……ズルいです」

『ズルってなんだよ』

「わかりきってるんですもん! もっと恥ずかしいお願いないんですかぁ?」

『恥ずかしいの限定!?』

そんなふうに騒いでいたのが悪かったのかもしれない。

俺たちは話に夢中になるあまり周囲への警戒を怠っていた。

「ですから〜」

話を続けるフィーナの背後に、何かがチラついた。

『……待て』

「ふぇ……?」

『何か、感じないか?』

「え……ドキドキしてるの、バレちゃった……」

『違うばかっ! 敵がいるかもしれない! 周囲を警戒しろ!』

「あっ! ……あぁっ!ち、近いです……!」

周囲を見回してすぐにフィーナが動揺しながら報告する。

『近くに来てから言っても仕方ないからな……』

「ごめんなさい……集中できてなかったです……」

しゅんと肩を落としながら謝罪するが、今は落ち込んでいる暇はない。

『反省は後だ! 走るぞ!』

「わわうっ!」

俺とフィーナは一斉に駆け出す。

それと同時に木々の方からもガザガサとした音がついてくる。

『来てるな……』

「ど、どうします?」

『顔を出さないところを見ると、何か理由がありそうだ。広いところで相手しよう。……丁度もう少し先にネストらしき空間がある。そこまで行こう』

「わかりました……!」

依然としてついてくる音とともに遠目に見えているネストを目指した。

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