ネストまで走ると、その中央で俺はフィーナと背中合わせになる。
『隙を見せるなよ』
「は、はい!」
ついてきていた音が止む。
おそらくもうここまでたどりついてこちらの様子を伺っているのだろう。
『……流石に簡単には姿を見せないか』
「どうしましょう……」
『こいつらは俺を見て警戒しながらも戦うつもりだ。集団だから数で圧倒すればいいと思っているか……或いはよほど腕に自信がある個体なのか……』
「できれば数は少ない方がいいですね……」
弱気なことを言っているが、フィーナの願望通り敵は少ないかもしれない。
音の方向が分散していない。
一箇所にしかいないらしく囲まれている様子はない。
『それなら……』
俺は先程音のした方へと走り出した。
『こっちから行くぞっ!』
俺が向かう先の茂みが揺れる。
隠れている者が移動しようとしているらしい。
『どこ行くんだっての!』
それを許さないとばかりに俺は跳躍し茂みの上にダイブした。
「ふぎゃん!」
茂みの中の者を見事に踏みつけたらしく、情けない声が上がる。
『来いっ! おら!』
姿を確認していないがそのまま逃がさないように茂みからそれを引きずり出した。
「な、なんでこんなことするの?」
そこにいたのは今にも泣き出しそうな顔をした二足歩行の長毛の獣だった。しかしそれは言葉を話していて、さらにはその内容は戦闘とは程遠い畏怖を示すものだった。
『え……不意打ち狙ってたんじゃ?』
「そんなことしないよぉ……」
うるうると瞳を潤ませながらそう言われると、流石に気が引ける。
『調子狂うなぁ……』
俺はくるりと背を向けてフィーナの方へ向き直る。
「……! ご主人様! 後ろ!」
突然フィーナが声を上げる。
『ん? どうしたん』
俺が言い終わらないうちに突然視界が揺れる。
『は……?』
あまりに唐突で呆然としたが、すぐに後ろを振り返る。
「ば、ばけものめ……!」
そこに立っていたのは、先程の長毛種とよく似ているが別の個体の獣だった。
先程俺を見て怯んでいた方を庇うようにして木の棒を構えている。
『……へぇ。そいつで俺を殴ったのか』
殴られたであろう場所を撫でさすりながら探すも特に目立った外傷は無さそうだ。
手が骨に当たる度にコキコキと音が鳴り響き、その都度獣たちはびくりと身体を震わせる。
「お前なんか……怖くないぞ!」
「に、にぃちゃん……きをつけて……!」
『まぁ待て……俺は別に……』
「ていっ!」
俺の言葉も聞かずに勇敢な兄は棒を振り回す。
『ちょ、おい』
「やぁっ! えいっ!」
最早一心不乱といった様子で、俺の言葉は届かない。
『フィーナ! なんか言ってやってくれ!』
「どうしましょうか……敵意はないことをわかってくれれば……」
『まいった! まいったまいった! とりあえず話をきいてくれ!』
「……はぁっ、はぁっ」
流石に疲れたのか棒を振り回す手はようやく止まった。
「なんで、やり返してこないんだ……?」
『話を聞かないからわかんないんだ。ほら、落ち着け』
「……にいちゃん」
弟は不安そうな顔で兄の顔を見るが、兄もまた苦い顔を俺に向ける。
「……聞かせてくれ」
『ありがとな』
ようやく話を聞いてくれるらしい。
『まずは、俺たちのことだ。俺はマーク。こいつはフィーナ。今回は別に魔法生物の討伐を目的に来たわけじゃない。そこんとこよろしく』
「……じゃ、じゃあなにをしにきたの?」
『お前たちみたいなのと話をしにきたのさ』
俺の言葉を聞いて兄弟は不思議そうに顔を見合わせる。
「で、でもあんた、魔法生物なのになんでそんな……」
『もともとはヒトなんだ。ちょっとした事情でこんな見た目になってしまったが……』
「ヒト……!? にいちゃん! これがヒトなのか?」
『いやその……見た目は今ヒトじゃないから……ややこしいなほんと』
「じゃあ……襲いに来たわけじゃないんですね」
『おうよ』
それをきくとようやく深い息を吐いて兄が脱力する。
「まずは、非礼を詫びます。思い切り打ち付けてしまって申し訳ないです……」
『あ、それは大丈夫。俺痛みとかないから』
「ヒトってすっげぇなぁ……!」
目を輝かせているところ悪いがもう説明はしないぞ。
「俺たち兄弟はフォレストテールという種族なんだけど……最近仲間たちが何かに襲われているんだ」
『ほう……』
「俺はシオン。こいつはクレピス。あなたたちが敵では無いことはわかりました」
『そうかそうか。シオンにクレピス。お前らはじゃあ、別の何かに追われてるってことだな?』
「そうなんだよ……ぼくたち、お父さんたちとも離れ離れになっちゃって……」
そう言ってクレピスはまたべそをかきはじめる。
「泣くなよ。きっと大丈夫だ」
「だってぇ……」
それを見ていたフィーナが俺の肩を揺さぶってくる。
「ご主人様ぁ! こんなのほっとけませんよっ!」
『言うと思った……でも何の手がかりもないし……』
「手がかりならありますよ」
シオンが俺の腕を引っ張る。
『何?』
「これを見てください」
そう言ってシオンが出したのは灰色の体毛だった。
『何これ……お前の?』
「俺のじゃないですよ! 俺のはもっと……その……美しいでしょう?」
「にいちゃん……」
「う、うるさいぞ!」
『じゃあこの毛を持った生き物がやったってことね』
「そうです!」
……しかしこの毛、どこかで……。
『まぁいいや。もしそれっぽいやつがいたら討伐しておく』
「ありがとうございます!」
『でもその間にお前らが襲われたらなんかやるせないな……』
「しばらく同行させてもらってもいいですか?」
「いいんじゃないですかね! ね! ご主人様!」
『断る理由もないし、安全だしな……よし、一緒に進もうか』
「よろしくお願いします!」
「おねがいしますっ!」
フォレストテールの二匹はともに進むことになった。