『それで……?詳しく聞かせてくれないか?』
ひとまずは情報が欲しい。シオンにその襲撃者の情報を求めた。
「えっと……俺たちは少し前まで外敵のいない環境で暮らせてたんだけど……この間のシャッフルの時に……」
『シャッフル?』
「ネストのランダム移動のことですよ……」
フィーナが絶妙なタイミングで耳打ちしてくれた。
「それで、そのシャッフルの時に、運悪く凶暴な生物の隣になっちゃったんです。俺たちの住処は荒らされ、仲間たちは散り散りになりました……」
『かわいそうになぁ……』
「よくあることなんですけど、本人たちからしたら辛いですよね」
「ぼく、お父さんとお母さんに会いたい……」
クレピスが寂しそうに呟く。
『合わせてやるって! な!』
「……ほんと?」
「任せてくださいよっ! ご主人様はそりゃあもう強いんですからっ!」
『あんまりもちあげないでいいよ……』
実際チカラを解放したら大抵の相手は消し飛ぶだろうから確かなことなのだが……このチカラはなんだかあまり使わない方がいいような気がする。
「マークさん、俺たちが襲われた場所に案内してもよろしいですか?」
『お、おうよ! そこにそいつはいるんだな?』
「確実なことは言えませんが……」
『手がかりはそれくらいだもんな! よし行くか!』
俺たちが話をまとめてその場を後にしようとした時、急に頭上から声がした。
「……おいおいおい。ひとんちの真ん中で騒がしくしといて詫びもなしに立ち去ろうってのかい?」
『誰だ!』
真上を向くも、そこには誰もいない。
「ひっひひ……はずれ。そこにはいないよ」
不気味な声が周囲から聞こえてくる。
それは一音ずつ別の方向から響いてきて対象の位置がまるで掴めない。
『どうなっている……?』
「もしかして……ここはヒビキリのテリトリー?」
フィーナが呟く。
『なんだいそいつは』
「テリトリー内で声を反響させて対象を撹乱させ、隙を見て襲いかかる魔法生物です。素早い上に音も頼りにはならないので視界が悪いと厄介な相手ですね……」
『なるほどそいつは厄介な……』
「どうしたどうした?まだ何もしてないぜェ?」
『姿を見せてみろ!』
「ひっひっ! 見せるわきゃないだろ!」
『なんとかならないか……』
俺が周囲を見回していると急に後ろから斬撃を受けた。
「まずは一撃ッ! ……って硬! なにお前!」
すぐに後ろを振り向くがもう誰もいない。
ただ声の主は俺の硬さに驚いた様子だった。
『あいにくほとんどの攻撃は効かないよ。諦めてくんないかねぇ』
「ふん、もとよりお前なんて美味そうじゃねぇから別にいいわっ! それより……柔らかそうな子どもと女の子がいるもんなぁ!」
まずい……そっちを狙われては守ってやる手段がない。
『おい隠れろ!』
「無駄だね! 全部見てるからなぁ!」
『来るか……!?』
「せいっ!」
フィーナの掛け声とともにぼとりと何かが落ちる音がした。
「ぐえっ!」
そこには腹を抑えながら跪く人間大の昆虫がいた。森に溶け込むような緑色の身体を持ち、その腕は肥大化したカマのようになっている。
「な、なぜ……?」
どうやらフィーナが鋭い爪でカウンターを決めたらしく、ヒビキリの腹には大きな裂傷があった。
「視覚、聴覚を封じられても、オレには嗅覚があるんすよ。さっきご主人様を襲った時に、あんたのニオイは覚えました!」
「いまだーっ!」
動けないヒビキリに向かって兄弟たちは木の棒でしこたま殴りつける。
「いて、いてて。おい、やめて! はらわた出ちゃう!」
『どうだ。もう見逃してくれるな?』
「え、逆に今俺を見逃してくれるってことかい?」
ぜぇぜぇと息を切らせながらヒビキリは驚いたように俺の顔を見る。
『俺たちは抵抗したまでだ。お前を喰う気もないし殺す必要はない』
「かぁ〜甘い! 甘いねにいちゃん! ひひ! 復讐しようなんて思うやつはいくらでもいるぜ!」
『じゃあ死んどくか?』
「いやいやいや! 流石にそこではいと言うやつもいないってわけ! ま、今回はお言葉に甘えさせていただきますよ。ひひっ!」
甲高く笑うと、ヒビキリは腹を抑えながらヨロヨロと木に登っていく。
「……よかったんですか?」
シオンが少し不満そうにきいてくる。
『俺たちが住処に入っただけだ。あいつはあいつで生きている。それだけだろ』
納得しているのかいないのかわからない唸り声を上げた後、シオンは呟く。
「じゃあ今から俺たちがすることって、間違ってるんですかね……?」
自信なさそうに俯きながら放った言葉には、強い迷いが感じられた。
『そんなことないさ。お前は住処を追われたし、仲間も被害を受けた。相手が生きるためと言ってしまえば確かにその筋は通るが、やり返していけないわけでもない。理由があるからな。俺にはヒビキリを殺す理由がなかった。そうだろ?』
「確かに……そうですね」
『お前は立派だよ。弟をかばいながら勝てもしない相手に立ち向かった。だから、行こうぜ』
シオンの頭をポンと叩いて勇気づけてやる。
「……はい!」
再び視線を上げたシオンは、先程より一回り大きく見えた。