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ごほうびごはん

フィーナについていき俺もカウンターを前にする。

フィーナはメニュー表を目をぎょろぎょろさせながら眺めている。

『慌てるなよ。好きなものを頼んだら良い』

「おにく……たべたいです」

『おぉ、肉な! 好きなだけ食べろよ!』

フィーナの口からはだらしなくヨダレがしたたっている……。

「かわいらしいお嬢さんだね。どうしてこんな物騒な場所へ?」

カウンターの向こうから恰幅の良いおばさんが声をかけてきた。

『あ、どうも。こう見えてしっかり働き者なんですよ。きっちり食わせてやりたいんで、こいつにおいしいごはんを作ってください』

「ほーっそうかい! 見たところ随分腹を空かせてるみたいだ! 任せておきな! 」

感心したようにそう言うとおばさんは腕を叩いてアピールする。

「そんじゃ、そこらの席にでも座って待ってておくれ」

目印のスタンドを受け取って最寄りの席に座る。

すると早速給仕の女の子が水と食器を持ってくる。

「えっと……お、お酒……」

酒場の喧騒に掻き消されてしまいそうなか細い声でその子はぼそりと呟く。

『あ、俺は大丈夫』

「あ……あなた……は?」

「え、オレっ……すか?」

こくりと頷くとフィーナの返答を待っている。

給仕として注文を取ることも仕事のうちではあるが、今のフィーナは子どもの見た目のままだ。

酒を飲むかと問うのは給仕としては間違っている。

それをわかっているから俺たちはイマイチはっきりと返答できなかった。

「ちょ、ちょっとカルア! 子ども相手に何やってるの!」

慌てた様子で別の給仕が飛んでくる。

「……おねぇ、ちゃん」

姉妹なんですね。

「あんたねぇ、お客さんのことしっかり見ないからそうなのよ?ほら、ごめんなさいして」

「……ご、ごめんなさい」

カルアと呼ばれた給仕はおずおずと頭を下げる。

「い、いやいや! 別にいいんですよ! なんならえっと……カルアさん?は正しいんです!」

「正しい?それは流石に……」

姉の方の給仕が訝しげにフィーナを見る。

「えーっと……ふんっ!」

掛け声とともにフィーナはいきなりもとの人型の姿に戻る。

『あれ、お前もうなおってたのか』

「へへ……かわいがってもらえるかなぁって思ってて……」

照れくさそうに白状するが、周囲の給仕たちは驚いた顔をしている。

「えっ! なんですかそれ!」

「……カルア……正しかった」

「偶然でしょ!」

カルアは口をとがらせているがまぁ多分わかってはいなかったよね。

「ほら、これでカルアさんが怒られる理由はないですよ!」

フィーナが優しくカルアに微笑みかける。

「そういう問題じゃないでしょ〜? はぁ、まぁお客さんがそれでいいっていうならいいけどサ」

やれやれと首を振りながらお姉ちゃん給仕は去っていく。

「……かばってくれて、ありがと。カルア……あなたのこと、スキ……かも」

そう言ってカルアはトレイで顔を隠したままトタトタとバックヤードの方へ戻っていった。

「え、え……? 今あの子、ヘンなこと言いませんでした!? 聞き間違えじゃないですよね!?」

『良かったな、ファンができて』

「よくねぇですよ〜っ! なんか、おシッポがゾワゾワ〜ってするぅ!」

『おシッポって言うな』



数分後、再びカルアがやってきて料理を運んできた。

「……お待たせ、しました」

カルアは両手に料理の乗った皿を2枚ずつ持っているが、その手はぷるぷると震えている。

「ちょ、ちょちょっと! 無理してないですか!?」

「だい……じょぶ……」

言葉とは裏腹にその身体はもはや料理を支えきれそうにない。

「あぶなぁい!」

カルアの細い腰を支えるようにフィーナが背後に回り、抱き止める。そのままカルアが両手に持った皿の一枚ずつを受け取り机の上に下ろした。

「ふぅ、危なかったね」

額の汗を拭う素振りをしてフィーナがカルアに笑いかける。

「……すき……」

ポーっとした顔でフィーナを見つめてカルアは呟く。

「あ……あはは……な、なんか言いましたかねぇ〜」

飽くまでこいつは聞こえないスタンスを取るらしいが。

またしても無視されたカルアはしゅんとした様子で残りの皿を机に下ろすと再び戻っていった。

「ふぅ〜……な、なんなんですかあの子〜!」

『好きなんだろ、お前のことが』

「いや……それは伝わりましたけど……早いっていうか……その……」

フィーナは恥ずかしそうに指を弄びながら俯いている。

『でもあの子も奥手そうなのにめちゃくちゃグイグイくるな……』

「あれを受け入れたらどうなるかわからないからちょっと怖いんですよ……」

『そりゃあお前、恋人だろ』

「こっ……」

フィーナは固まってしまう。

それで再び動き始めたと思ったらいきなり皿の上の料理を貪り始めた。

ごまかしたな……。

「ふごっ!」

『おいおい大丈夫……』

俺が言い終わるよりはやくカルアが飛んできてフィーナの背中を叩き始める。

「ゆっくり……だいじょぶ?」

「あ、ありがとうございます……」

事なきを得たようだが借りを作ってしまったことに対してやや苦い顔が伺える……。

「よかった……あぶないところだったね……すき……」

「ほんとに……い!?」

今度は回避できない会話の中に盛り込んで来たか……! この娘、できる……っ!

「……その、悪いっすけど……カルアさんの気持ちには答えられないです……」

「……どうして?」

フィーナの答えをきいて一瞬悲しそうな顔をしたもののすぐにカルアは食い下がる。

「だってオレ、まだカルアさんのことなんにも知らないし……」

「……カルアも。あなたのこと、しらない。でも、こんなの……はじめてだった」

もじもじとしながらそう語るカルアは正しく恋をしている少女の姿だった。

「ほら……だから……あなたも……」

そう言ってカルアは詰め寄りながら返事をせがむ。

「こらーっ! あんたなにしてんのよーっ!」

再びお姉ちゃんが飛んでくる。

「おねぇ……ちゃん」

「お、お姉さん! この子ヘンなんです!」

フィーナがお姉ちゃんを盾にするように背後に回る。

「ちょっと……今のは聞き捨てならないわよ」

彼女はフィーナの言葉が気に障ったらしくがしりとフィーナを掴む。

「へ?」

「カルアはあたしのかわいい妹なの! ヘンなんて言う子にはあげないんだからっ!」

「い、いらないんですってぇ〜!」

「なんですってぇ!」

「あんたらなにやってんだい!」

騒ぎが大きくなったせいでとうとうカウンターにいたおばさんから怒声が飛んできてしまった。

「はい、みんなおいで」

当事者たちがカウンターに集められる。

「まずはカルア」

「お母さん……カルアは、何もしていない……」

カルアは淡々と述べる。

「何もしてなかったらこうはならないだろう……?」

「それについてはオレが説明します」

フィーナが挙手して説明を買い出る。

「はいじゃあお嬢さん……ってさっきと随分様子が違うじゃないか」

そりゃ驚く。

「それも含めてお話いたしましょう。まずですね、この子が子どもの姿だったオレにお酒を飲むか確認してしまいましてね。それが全ての始まりでした。それを聞いたお姉さん、ちょっと待ったとカルアさんを注意したわけです。でもオレは本来は子どもではなかったので姿を明かすと共にカルアさんをフォローしたんです。すると……その、言いにくいんですが……カルアさんがオレにアピールしだしましてね……。たくさん料理を持って再び席に来たんですが、またこれがすごい持ちづらそうにしていたのでオレは手伝ったんです。すると」

「ちょっと話が長いねぇ。アビー。あんたは?」

「カルアが色ボケしてたから注意しに行ったらこの子がカルアをヘンって言ったので怒りました」

簡潔でいいねぇ。

「……わかったよ。とりあえずお客様に迷惑をおかけしたのは事実だ。ふたりとも謝りなさい」

「はい……ごめんね、もふもふさん」

「フィーナですっ!」

本当に何も知らないクセにすきって言ってたのか……。

「この子も悪い子じゃないのよ。でも迷惑をかけたのは事実だしあたしもムキになっちゃった。ごめんなさいね」

そう言ってお姉ちゃん……アビーって言われてたな。アビーは頭を下げる。

「や、やめてくださいよ……オレもちょっと焦って良くないこと言っちゃいました。ごめんなさい」

「それで……返事、は……?」

「も、もう勘弁してくださいっ!」

流石にフィーナも参ったらしい。

「さ、今日はサービスにしますからおふたりともお席にお戻りくださいな」

おばさんが優しい顔で俺たちを席に戻した。

「いいんですかぁ?」

「もちろんだとも。初めての来店でイヤな思いはして欲しくないしね」

「おばさんありがとうございます〜っ!」

「あたしゃおばさんじゃなくてアルコだよ」

「アルコさんありがとうございます〜っ!」

フィーナは同じトーンで言い直した。

それからはふたりの給仕やアルコさん、他の冒険者たちも交えて盛り上がった。



「ふぅ……楽しかったれすねぇ……」

上階の宿の一室を借りた俺たちは、酒場での宴を切り上げてようやく足を伸ばしていた。

無理やり飲まされていた酒のせいで呂律が回っていないがフィーナも満足そうな様子だ。

「あのふたりも話してみると意外とスナオだったから、仲良くなれてよかったれすよぉ」

『じゃあカルアのことも認めてやれるな?』

「それは話が違うんですってばぁ〜ひっく」

まだ否定する元気はあるものの既にふらふらとしおり非常に眠そうだ。

『……明日も、よろしくな』

「もちろんですっ! オレ、ここでの生活すごく楽しみれす!」

騒がしい雰囲気がとても気に入ったらしく、他の冒険者たちとの交流も楽しんでいたフィーナはまさしく真意でそれを言っているのだろう。

俺も見習わないとな……。

『じゃあ、今日はもう寝ようぜ』

「あ、はぁい。じゃあご主人様……おやみなさい」

フィーナはベッドにぼふりと身体を沈めるとすぐに寝息を立て始めた。

……ベッドひとつかよ。

ひとまず今日はこいつも起きなさそうだし適当なとこで眠ることにした。

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