「うあおぉ〜んっ!」
早朝、寝ている俺の耳に入ってきたのは意識の覚醒を強制する遠吠えだった。
『うっるさ! なに!?』
「……はっ! つ、ついクセで……」
ベッドの上で両手を高く上げたままの姿勢でフィーナがこぼす。
『お前か……そのクセ、ここではやめてな』
隣の部屋からドンドンと壁を叩く音が聞こえてきた……。
「す……すみません……」
『俺はいいけど……な?』
「気をつけます……」
朝から少しはらはらとした気分になったが準備を整えて部屋を出る。
「あ……お、はよう」
廊下に出たところでパジャマ姿のカルアに遭遇する。
『お、おう』
「あ……カ、カルアさん」
「はっ……! フィーちゃん……やっほ」
フィーナを見た途端にカルアの眠たそうな眼が少しだけ輝いた気がした。
「お、おはよう……ございます」
目を泳がせながら挨拶を返すフィーナ。
カルアはフィーナが上げた片手に自身の指を絡ませてにぎにぎする。
「ひゃあっ! なにやってんですかぁ!」
フィーナはその手を反射的にはねのける。
「……挨拶、だけど」
きょとんとした顔をしてみせるが俺の時にはやらなかったので多分確信犯だ。
「んもうっ! アビーさんに言いつけちゃいますからねっ!」
「ほうこく……ってこと?」
「そうですけど!」
「認めて……くれるんだ」
「違う話ししてませんっ!?」
朝からこのムテキぶり……カルア、やはり恐ろしい子……。
「ふぁ……」
カルアは眠そうにあくびをしている。
「カルア……今から寝るの」
「えっ?」
俺たちは朝出発するから切り上げたが酒場は朝まで盛り上がっていたはずだ。
カルアも給仕としてそれに付き合っていただろう。
「お疲れ様ですっ!」
フィーナはびしりとカルアに敬礼する。
「あ……ありがと。……うれしい」
にんまりと口許をにやけさせながらカルアが頬を染める。
「また……食べにきて、ね」
そう言うとカルアは名残惜しそうにしながらも廊下の奥へと歩いていった。
「いい子なんですよ。いい子なんですけど……」
『恋には色んなカタチがある……そういうのも、アリなんじゃないか?』
「ご主人様だって恋を語るには早いですからねっ!」
『な、なんだとぉ?』
「鈍感なクセに……」
『俺は敏感だぞ。そりゃあすごく』
「鈍感ですっ!」
『敏感だっ!』
「……朝から何の話をしているんですか」
今度はアビーが立っていて、冷たい目をして俺たちを見ていた。
「あんまりそういうこと、部屋の外で話さない方が良いですよ」
『か、勘違いしてないか?』
「おふたりの関係はご存知ないですが、カルアを泣かせるようなことしたら、許しませんからね」
アビーはキッとフィーナの方を睨む。
「そ、そんなぁ……」
「お姉ちゃんなんて呼んだら承知しませんからね!」
「ご、ご心配なく……」
「あ、あなたが真剣に交際すると言うなら……考えてあげなくもないけど……」
「人の話聞かないですよねこの姉妹!」
「なんですって!」
『はい、そこまでにしてください……結局アビーさんが騒いじゃってますから……』
「あ……これは失礼しました」
アビーさんは申し訳なさそうに口許に手を添える。
「まぁ、今度カルアと食事する時はあたしを呼んでくださいね。ふたりでなんてまだ許可しませんから!」
そう言い捨てるとアビーもまた廊下の奥の方へ消えていった。
「だ〜めだこりゃ☆」
姉妹の波状攻撃を受けてフィーナはこんらんしてしまったようだ。
『まぁ、あの子らも朝まで働いてるせいで疲れて思考もまとまらないんだろう』
「そうならいいんですけどね……」
朝からすっかり疲れてしまった様子のフィーナが嘆息する。
『ま、それはそれってことで。今日もはりきっていこうぜ!』
「お、お〜!」
空元気を振りまきながらギルドを出た。
『さて、今日はどうしようか』
タセフィ区の平原に出てきた俺たちは今のところアテもなく歩き続ける。
「とりあえずは迷宮を探しましょうか」
『ダンジョンなんてそんなほいほい見つかるのか?』
「これがなかなかあるんですよ。冒険者があれだけいるのに不思議ですよね」
『これはもう足で探すしかない感じ?』
「ヒトがどうやって探すかはわかんないですけどオレたちはタセフィ区に入ってしまった場合はすぐに出ないと大変なことになるので魔素の気配の強くする方へ向かうようにしていました」
『なるほどな……魔素を扱うならこいつが使えるかもしれない』
俺は懐からノーフを取り出す。
「確かにヒトがここで何かするならそれに頼るのが一番な気がしますね!」
早速ノーフを開くと、いくつかのアイコンが目に入る。
『レーダー……これなんか良さそうだぞ』
そのアイコンを選択すると、画面にインフォが出る。
『探したいものを検出する……お、ダンジョンも選べるぞ!』
「いきなり見つかりましたね!」
『じゃあ使ってみよう』
目標をダンジョンに設定して起動するとノーフの画面にはいくつかの赤丸が表示された。
『多分これがダンジョンなんだろうな』
「でもいっぱいあってわかんないですね」
適当に赤丸のひとつに触れてみるとその点までの距離、内部の環境、難易度など様々な情報が表示された!
『うわ! これすごいぞ!』
そのまま経路を出してみる。
『案内を開始します』
アナウンスの声とともにレーダーは距離と方角を示す。
『なぁ、せっかくだしこのダンジョンにしてみようぜ』
「なんでもござれです!」
フィーナは元気に返事して獣の姿に変身する。
『よしきた! 行くぞー!』
俺はその背に乗り目的地への経路をフィーナに指示しながらダンジョンへ向かった。