俺の意識が再び戻ると、そこはギルドの宿のベッドの上だった。
「あれ……俺は……」
声を出して違和感に気づく。
いや、声が出せた違和感に気づいた。
「これ……! 普通の声だ!」
首輪から出される音声ではない俺の地声。つまりは肉声だ。
「なんで!? だって俺の声は……」
声だけじゃない。隣から何やらケモノ地味たニオイが漂ってくるのを感じた。
「え、これ……」
「んむ……なに騒いでるんですかぁ……」
隣で寝ていたのはフィーナだった。
「フィーナ! お前かクサいのは!」
「んなぁっ! オ、オレ……クセェんすか……?」
「あ、悪い。多分久々にニオイを感じたから敏感になってんだ」
「どゆこと……って! ご、ご主人様!?」
フィーナが俺を見て目を丸くしている。
やはりそうだ! 俺は人間の身体に戻ったんだ!
「なんでカントリカントになっちゃってるんですか!?」
フィーナが突然わけのわからないことを叫ぶ。
「……は?」
身体を見回す。
ヒトの身体かと思ったが、長いシッポが伸びており、頭に手をやると耳がついている。
フィーナを見慣れた俺からするとそれは紛れもなくカントリカントだった。
「なんだよこれは!」
今度は俺が叫び声を上げてしまう。
「こっちのセリフですよ!」
「ふっふっふ〜……お目覚めかな?」
部屋の中にあの無邪気な声が響く。
「あっ! アミィか!」
いつの間にか部屋の中にアミィが立っていた。
「おはようマークくん。元気そうだね?」
にこりと笑いかけてくるがそんな場合ではない。
「元気なもんか! なんだよこの姿は!」
「なにって……キミのパートナーと同じじゃないか」
「パートナーなんてそんなぁ……」
フィーナはもじもじと照れくさそうに身体をくねらす。
「照れてる場合じゃねぇって! 俺の身体をどうした!」
「どうもこうもないけど。強すぎるから下方修正させていただきました」
そう言ってアミィはぺこりとお辞儀する。
「いや、だったら! ……だったら、ヒトの姿にしてくれよ」
「だめ〜!」
アミィは両手で大きくばってんを作る。
「なんでだよ!」
「ヒトは魔法生物じゃないからねぇ。前にも言った通り姿だけならそうしてあげることも可能だよ。でもそれは仮初のものだ。魔素の影響を受ければやがてヒトの姿を保てなくなる」
「それじゃダメなのかよ。またお前に擬態の魔法をかけてもらえば……」
「結論、ムリ! わかってないなぁマークくん! キミは本当にわかっていない! 服だって何度も着たらボロボロになるでしょう? 擬態の魔法はその一張羅を何度も使うことになるんだ! 新しく仕立てることはできないよ!」
「重ね着したらいいんじゃ……」
「屁理屈言ったってダメなもんはダメ! じゃあ〜消しゴムを削ってフィギュアを作るようなモン! そうしよう! これ以上削ったら魂がなくなりま〜す」
そう言われると納得してしまうが……。
「お、伝わってくれた? よしよし、じゃあそんなわけでね、キミの身体はその消しゴムごと作り替えさせてもらったわけです。魔法生物の素材だったらいくらでもありますからねこっちには」
「わかった……わかったけど、本当にお前は何者なんだよ……」
「アミィ・ユノ……」
「だからッ!!」
また同じことを言おうとしたアミィの言葉に被せるように俺は怒声を上げる。
「……あのさ。勘違いしないで欲しいことがあるんだけど、キミはここにいられるだけでも奇跡なんだからね?」
俺の言葉が気に障ったのか、アミィが突然表情を無くして脅すようにそう言う。
「ボクにとって本当に都合が悪いなら、すぐに削除ですよ。それを下方修正で許してあげてるんだから、少しくらいは身の振り方をわきまえてほしいなぁ」
「それだよ……その言い方、お前、まるで……」
「はい、そこまで。ボクはそんな大層な存在じゃないよ〜。みんなと一緒に暮らす。この世界が平和であれ。そう願うだけのアミィ・ユノンなんだからサ」
俺の口に人差し指をあててアミィは微笑む。
「なので、別にこれからもキミがガレフに挑むことは咎めはしないよ! キミのこと見てたけど、適度に魔法生物たちと友好的に接してるみたいだしね!」
どこから見ていたというのか。しかしそれは事実に違いない。恐らくこいつは、ガレフの神に等しい存在だろうから。
「……わかった。ありがとうアミィ。生身の身体が手に入っただけでも満足だ」
「あ、そうそう。使ってなさすぎて忘れてるかもしれないけど〜、キミのスキルについては、残しておきました〜!わ〜!」
アミィがパチパチと手を叩きながらはやしたてる。
「え?」
「やだなぁ、本当に忘れちゃったの? キミの魂に刻まれたスキル、ボクはしっかり知ってるんだよ?」
……ま、まさか!
「ノーマライゼーション!」
手を高く上げ、詠唱する。
光が広がり、俺の身体が包まれる。
そしてぽふりとひとつ煙が上がった。
「どうだ! フィーナ! 俺はヒトに戻っただろ!」
「えっと……」
隣にいるフィーナに姿を見てもらうが、微妙な顔をしている。
「くく……ぷふ〜! そう簡単にヒトには戻れないって! 今のキミは、それがスタンダードなんだよ!」
知っててワザと期待させたのか……?悪趣味なヤツ……。
「ごめんごめん。冗談だって。でもキミのスキルが使えるようになったのは、本当さ! あんな強すぎるチカラじゃなくてこれくらいのスキルだったら楽しく冒険できるんじゃないかな?」
アミィがうなずきながら言う。
「……でも、そうしたら俺はもう冒険する必要もないんじゃないか?」
俺の言葉を聞いてアミィがぴくりと耳を傾ける。
「あれあれ? そうなっちゃう?」
「だって俺は、ヒトの身体が欲しかったのは事実だけど……五感さえあれば普通に暮らすことはできるぞ。何もガレフの探索をしなくたって」
「あ〜そういうこと! うん! それはムリ!」
アミィはあっさりと否定を入れる。
「なんでだよ!」
「だってボクの魔法でカントリカントになってるんだもん。ガレフから出たら元通りさ」
「身体作り替えてるのにそんな簡単に戻っちゃうのかよ……」
「ん〜、作り替えてるっていうか入れ物が違う感じかな! キミの身体は魔素が預かっててガレフの外に出ると強制的にその身体と入れ替わるんだ。物質が別の空間と入れ替わるなんてのは、キミたちに貸与してるアミィ・テレポートを見てもらえれば簡単にわかるでしょ?」
貸与してる……って、あの瞬間移動魔法、こいつのものなのか!? 名前ダサいけど……。
「ガレフの外に魔素は多量に存在できないからさぁ。仕方ないんだよね。ヒトが全てを受け入れて魔法生物の世界になってくれれば話は別なんだけど……」
実際どちらがいいかはわからない。
きっちりした統治が行われるのならいいが、恐らくは平等を強いられるだろう。
ガレフと同じ弱肉強食の平等。
いつどこで狩り、狩られるかなんて世界は平和とはいえない。
「お前が目指す世界は、全員が生きられる世界じゃないのか?」
「え? ムリだよムリ。どの生物が生きるかなんて決められないし、かといって他の生物を食べずに生きられる生物もいないよ。だからみんな折り合いをつけて生きるんだ! 素晴らしいよね!」
……やはり、価値観が違う。
ヒトはヒトだけが頂点で、それ以外全ての生物を蹂躙して生きている。だからきっとアンシェローのお偉いさんたちもアミィの意見を呑むわけにいかないのだろう。
「……それで、俺はヒトに戻れるのか?」
「ガレフにはたくさんのご褒美を用意してありますから! 中にはそれすら叶えちゃうようなすごいモノまであったりなかったり……!? 流石にそれをホイっと与えちゃうほどボクはキミを優遇するわけにいかないのだ」
確かに、ここまでお膳立てしてくれているのは事実だ。文句を言いすぎたら消されかねない。
「わかったよ! そのお宝を探してヒトに戻る! それでいいんだろ?」
「わかってくれたか〜! うんうん! そうそう! 頑張ってね! いつでも見てるから、呼んでくれれば遊びに行くからねっ!」
そう言い残してアミィは一瞬にして消えてしまった。
「な……なんなんでしょうね……アミィさんって……」
「俺たちとは別の次元の存在だろうな……」
アミィにもらった身体は逆にヒトよりは強靭だろうし、ガレフの探索にはうってつけだろう。
おまけにやっとスキルも返ってきた。
……戦う理由もできた。
「よし! 絶対普通に戻るぞ! チカラ貸してくれよな! フィーナ!」
「おーっ!」
朝から大きな掛け声を上げて気合いを入れる。
両隣りの部屋からは激しい壁ドンが寄せられていた……。