「ま〜た朝からはらはらしちまったぜ……」
壁を叩いてきた両隣の部屋の冒険者がどんな人かは全く知らないので緊張してしまった。
……逆に言えば、緊張できるようになったことを早くも実感させられた。
心臓のなる音、垂れてくる冷や汗、それらがあることが懐かしくすら感じた。
「俺、生きてんだなぁ」
俺は深呼吸して満足気にそう呟いた。
「良かったですねご主人様……!」
フィーナも自分のように嬉しそうにしている。
「でもでもぉ……もし戻れなかったとしても、ご主人様はカントリカントじゃないですかぁ? オレ、妙案があるんすよぉ……」
艶っぽい声でそんなことを言い出したので無視して洗面所に向かう。
「ちょっと! 話はまだ終わってないんですからねぇ!」
背後に喚く声を聞きながら出かける準備を済ませた。
「さぁて今日も頑張るかぁ」
俺たちは廊下に出る。
と、そこでパジャマ姿のカルアと遭遇する。
「あ……お、はよう」
「お、おう」
「あ……カ、カルアさん」
「はっ……!フィーちゃん……やっほ」
フィーナを見た途端にカルアの眠たそうな眼が少しだけ輝いた気がした。
……あれ?ループしてない?
「……ん? フィーちゃん……昨日と違う方と、寝たの?」
「や、やだなぁ。ヘンな言い方しないでほしいっす……」
カルアは俺のことをジロジロと見る。
「フィーちゃんと……同じ種族……の、オトコ……」
カルアは顔面を蒼白させて固まってしまった。
「やだ……やだよぉ……」
そうして立ち尽くしたままポロポロと涙をこぼしはじめる。
「こらあぁぁあっ! カルア泣かせたんはどいつじゃああぁあっ!」
すぐさまにカルアの泣き声を聞きつけたとでもいうのか、怒声を上げながら鬼の形相でアビーさんが飛んでくる。こわ……。
カルアは目を擦りながら無言で俺たちの方を指さした。
「いっ!?」
フィーナがビビり散らかした顔でアビーの方を向く。
「正体現したわね……!」
アビーは指の骨を鳴らしながらフィーナに迫る。
「ちょ、ちょっと待ってほしいっす! 勘違いですから!」
「問答無用! あんたみたいにおシッポの軽いオンナにカルアを渡すもんですかぁ!」
「うるさいよあんたたち」
今にもアビーがフィーナに飛びかからんばかりのところに、アルコさんがやってきた。
「おやお嬢ちゃん……と、同じくカントリカントの冒険者さんですかね?」
アルコさんはちらりと俺の方を見てから順に周囲の面々を見る。
「……なるほど。なるほどなるほど……ひっひ。若いねェ……!」
何が面白いものか。
「アルコさん! 笑ってないで助けてくださいよ!」
俺の懇願を聞いてアルコさんは驚いた顔でこちらを見る。
「ん? その声……昨夜の嬢ちゃんのご主人じゃないか?」
それを聞いた姉妹が顔を見合わせる。
「え? ホント?」
「……うそだよ」
「うそじゃないですって! 話聞いてくれないんですもんっ!」
フィーナは頬を膨らませながら反論する。
「……じゃあ、そーいうんじゃ、ないんだね?」
カルアが確認するようにそう言う。
「そうですそうですっ!」
「……カルアのことが、すき、なんだもんね?」
カルアが確認するようにそう言う。
「そうで……いやっ! 違いますけどッ!!」
流れで既成事実を作ろうとして失敗したカルアは悔しそうな顔をする。
「あんたはっきりしなさいよ! カルアの純情を弄ぶのは許さないわよ!」
アビーはフィーナがいいって言ったら認めそうな雰囲気を出しているが……当のフィーナには完全にその気がない。
「だから最初からオレは何も言ってないですからぁ……」
くたびれたようにフィーナは両手を挙げた。
「……まぁいいわ。さ、カルア。こんな浮気性のケモノは放っておいて休みましょう」
「ちょっと! その言い方はないんじゃないですかっ!」
捨て台詞を吐いて会話を終えようとしたアビーと裏腹に、強い言葉を使われてカチンときてしまったらしく、今度はフィーナがヒートアップする。
「だってそうよね!」
「違いますぅ〜!」
「違いませ〜ん!」
「やめないか! 周りをごらんよ! 他の冒険者さんたちの良い笑いものさね!」
とうとうアルコさんがふたりの間に割って入りそれを仲裁する。
彼女の言う通り、騒ぎを聞きつけた冒険者たちが狭い廊下に取り巻きを作るようにしてその様子を見物していた。
「よっ! どっちもかわいいんだから続けておくんなっ!」
「カルアちゃ〜ん! おれっちの相手もしてくれよ〜!」
朝だと言うのにこの場は夜の酒場のような下卑た盛り上がり方を見せている……。
「……やだ」
声援を受けたカルアは冷たい目線を向けながらそれを一蹴した。
「きゃ〜っ☆」
もはやその流れが彼らにとってはご褒美らしい。
顔に似つかわしくない甲高い声を上げて喜んでいる。
キモいよこのヒトたち……。
「じゃあ……また、ね」
アルコさんの仲裁の甲斐もあってようやく話を切り上げてくれるらしい。
カルアはにっこりとしながらフィーナに手を振る。
「おう、またなぁ」
あえて俺が返事をすると、カルアは笑顔が消えた顔をこちらに向ける。
「……あなたじゃない」
……姉妹ですねぇ。