「また朝からエラい目にあったな……」
タセフィ区の平原を歩きながら朝のことを思い返す。
「申し訳ねェっす……オレのせいで……」
「いやいや、お前のせいじゃないよ。あの姉妹めちゃくちゃだよ」
「ヒトに優しくするの、やめた方がいいんですかねぇ……」
「そんなことないって。カルアは……かなり特殊なケースだと思うから。な」
「うーん……」
本来なら悩む必要もないことなんだがな……フィーナは落ち込んでしまっている。かわいそうに。
「よし、とりあえずは気にせずに頑張ろうぜ! そうだ! この身体のこと色々教えてくれよ」
「あ! はい!」
見せ場だと思ったか、ぱっと表情を明るくさせるとフィーナは俺の前に躍り出た。
「まずは! フォルムチェーンジ! から! 学びましょうか!」
「お、いいねいいね。かっこいい」
少し大袈裟に拍手でもして盛り立ててやると、フィーナは嬉しそうに実演を始める。
「いきますよー! はい!」
フィーナが宙返りすると一瞬にしてその身体は獣へと変異した。
「宙返りすればいいの?」
「ふっふっふ……そんなあまっちょろいものじゃないですよ!」
フィーナは不敵な笑みを浮かべながら解説を始める。
「まず! 宙返りをする時にはなるべく自分の変異した後の姿をイメージするんです! そうしないと失敗します! あ、これ別に自由な姿になれるわけじゃないんで最初はイメージするのも難しいかもしれませんが……」
「自分で作ってるわけじゃないんだ?」
「切り替えてるって言い方の方が近いですね!」
なるほど……じゃああの首輪からの変身はやっぱりイレギュラーだったんだな。
「あー……そういえば宙返りなんてしたことないわ」
「大地を蹴りあげるんですよおぉぉッ!」
フィーナの熱血の部分に火がついたらしく、俺が出来るようになるまで何度も付き合ってくれた。
そして……。
「よし! やるぞ!」
「必ずできますよ! 今までの練習を思い出してください! 辛く苦しかった日々も、 悔しさで濡らした枕も、全ては今この時の」
「うおぉっ!」
長いし捏造されてそうな回想が入ってたのでフィーナの言葉を待たずに助走をつける。
大地を蹴り上げるように、更にその最中に雄々しい狼の姿を思い浮かべながら足を踏み出す。
身体が宙に舞い、ひやりとした感覚がする。
恐ろしさもあったが、どこか心地よい爽快感がある。
そうして俺の身体が地面と垂直になった時、不意に身体が軽くなる。
残りの半分の落下はあっさりと終わり、四つの足で大地を踏みしめる。
俺の身体は立派な獣の姿になっていた。
「おーーっ! かっけェーっす!」
フィーナがやんややんやとはやしてたてる。
「なかなかの開放感だな……この姿になると服とか消えるんだ」
「その言い方はなんかヤです! 毛皮があるじゃないですか!」
「毛皮って服なのか……?」
さっきの練習が獣の姿でも役に立ったか、より脚力のついたこの姿だからか、あっさりと宙返りすることができて簡単にヒトの姿に戻れた。
ともかくこれでカントリカントとしての変化はできたのだが……。
「あとは……これだな」
俺は自身の首につけられた首輪を引っ張ってみる。
ルルーさんがフィーナについている首輪で押したあのボタンが確かに俺のものにもついていた。
「ご主人様! 慣れていないうちにそれを使ってよろしいんでしょうか……」
フィーナは不安そうに声を上げる。
「いや、やらなくちゃ。この身体に慣れるためにも」
「わ……わかりました! なにかあればすぐにお助けします!」
フィーナが身構えるのを見届けて俺は首輪のボタンを押した。
「う……うわっ……!」
魔素が流れ込んでくる感じ。
力強く渦を巻くような感覚が首から全身に広がっていく。
チカラが漲り身体が変異していくのを感じる。
だが……。
「……なんていうか、外套をはずしたときの感覚とは比べ物にならないな」
以前までのチカラが強すぎたせいか、この刺激は俺には物足りないくらいのものだった。
「えーっ。じゃあなんですか! オレが弱っちかったってことっすか!」
「いやそういうわけじゃないけど……」
俺の身体はすっかり大きくなり人狼スタイルになったわけだが、動いても大地を揺るがすこともなければ風を呼び起こすこともない。
強すぎたチカラを持ったせいでこんな奥の手ですら幼稚に感じてしまう。
「贅沢は言っちゃいけないけどな」
「そうですよっ! これからはこれで頑張ってくしかないんですから!」
それに、これが切れた時のあの退行もあるわけだから、なかなか使う訳にもいかないという……しばらくはヒトの姿と獣の姿で十分に戦えるような訓練が必要だな。
「そういえばお前、しばらく子どもの姿のままでいたみたいだけど、あれってどれくらいで戻せそうだったの?」
「あぁ……十分……くらいです」
「……随分あの姿が気に入ってたみたいだな」
「だってカワイイじゃないっすか! まわりのみんなも優しくしてくれますし!」
逆ギレすんなよ……。
「でも十分か。戦闘中だと致命的だな」
「あの姿でもできることがあればいいんですけどね……」
確かに。ヒト、ケモノ、人狼、子どもの四つの形態を切り替えられたら相手にも手の内を見抜かれにくそうだし良いかもしれない。
「流石だなフィーナ! その意見アリかもしれない!」
「ほ、ほんとですか! やった!」
俺が頭を撫でてやるとフィーナはシッポを振って喜んでいた。
「じゃあ今日こそはしっかりダンジョン攻略してそこら辺について考えてみようぜ」
「はいっ!」