「堅実にクリアできそうなところから探すべきだったんだよ。前回のダンジョン、難易度設定が少し高めだったんだ」
「ほぇ〜そんなのまで見られるんですか」
ノーフに表示されるダンジョンの情報には、葉っぱのアイコンがついている。
どうやらこの葉っぱが多いほど難易度が高いらしいのだ。
以前行ったダンジョンは葉っぱが3つあった。初心者向けかどうかでいえばあまり適切でなかったのかもしれない。
「葉っぱひとつの簡単なダンジョンからクリアすることを目指していこう」
「そうですね!」
俺は手近の低難易度ダンジョンを指定してナビを開始した。
『ナビを終了します』
無機質な声が到着を告げる。
見た目上はあまり変わらないが今回もまた洞窟が口を開けている。
「では……行きましょう」
俺とフィーナはダンジョンへと潜っていく。
入口に封印がされ明るくなった視界に入ったのは……。
「これは……平原?」
「シンプルな場所ですね!」
平原を抜けて平原に入るとはまた奇妙な体験だ。
しかしここも視野が広い割に不自然な草むらが通路のように道を作っており、その先は見えない壁がある……。ネストとそれを繋ぐ通路でできた構造はやはり変わらないらしい。
目の前にあるネストらしき場所も四角く茂みで囲まれている。
「この構造、ネスト以外にはあまり気を使わなくていいのがラクでいいよな」
「稀にネストから出ちゃったようなのが茂みに隠れてたりしますけどね」
「ちょっと先は壁だからおっきいやつは隠れられないしさ」
「確かにそうですね。もしそんなのがいたらすぐわかっちゃいます!」
フィーナがそう言ったところで、少し先にある茂みから何かがはみ出ていることに気が付く。
「……待て」
「ふぇ?」
「そんなのが……いるな」
「……あ!」
フィーナは目を凝らしてやっと見つけたようだ。
どうも茂みの大きさより一回り大きなふさふさがあるのだ。
「ケモノ……或いは植物型か……」
「ど、どうします……? 近づいてみますか?」
待ち伏せをしているのならばこちらにも気づいているかもしれない。
だがそのふさふさからは視線のようなものは感じられない。
茂みに隠れながらうずくまっているような印象を持つ。
遠距離から攻撃をしかけることも可能だが、無害な相手だったなら攻撃をするわけにもいかない。
ここにおける選択は二択だ。
用心しながら近づくか、不意打ちをしかけるか。
俺が取るべき行動は……。
「よし、フィーナ。構えろ」
「は、はい!」
フィーナは新しく買った剣を抜いて前方を警戒する構えをとった。
今回買い与えたのは比較的安価な武器だ。
俺もこれと同じものを買って持っている。
聞く話によると、ガレフ内では様々なところで武器が手に入るらしく、あまり初めから良い装備を整える必要はないとのこと……。
だからこそ自分の身の丈に合ったダンジョンを複数攻略していき装備を整えていくことが重要だったらしい。
「とりあえず、様子を見る。攻撃してくるようなら反撃しよう。いいな?」
「はい!」
ジリジリとその茂みに近づいていく。
やはりふさふさはまだこちらに気づいていないらしく動く気配はない。
「……どうしましょうか。声、かけます?」
「それが通じる相手なら良いが……」
ついにその茂みの目の前まで来てしまったが、まだそいつは気がつく様子はない。
「……寝てんのかな」
「……素通りしちゃいましょうか?」
それも手だが……通ったところで背後から奇襲をしかけられのもマズい。
「……回り込んでみるか」
ゆっくりとその茂みをなぞるように回り込む。
すると、目の前には目を閉じた顔があった。
「うぉ……!」
「どうしました……!」
「寝てるな……ぐっすりと」
大きな体躯の魔法生物が眠っている。
その毛は茂みに紛れるような深緑色をしているため、擬態に近い状態を取っているように見える。
よく見るとその体躯は大半がふさふさの毛であり、それが放射状に伸びることで身体が大きく見えているものであった。
「つまり……こいつは普通に寝てるだけで茂みに見えるようなカタチをしてるんだな」
茂みの裏に茂みがあればそれは違和感がある。
こいつは擬態が下手な個体だったのか……。
「今のうちにノーフでスキャンしてみるか……」
ノーフを起動してマヌケな寝顔をスキャンする。
「サンプルウィード……平原に自生する茂みに擬態する魔法生物。擬態するだけあって臆病な性格のため自分から危害は加えないが、擬態が見抜かれるとパニックを起こすことがある……擬態見抜いちゃってるけど……起きてたらやばかったかな」
「ご、ご主人様……!」
「ん?」
フィーナが何か言いたげに袖を引っ張ってくる。
「それ……」
フィーナが指さした先で、サンプルウィードと目が合った。
「あ……」
起きちゃった……?
「まあああぁぁああぁあぁぁぁああああ!!!」
起きたばかりだと言うのにサンプルウィードは周囲を震わすくらいの轟音で絶叫する。
それを耳元で聞くことになってしまったが、悪いことにカントリカントの耳は人間のものより敏感だった。
「う……ぐ……」
キンキンと反響するような音が聴覚を支配する。
フィーナが俺に何かを語りかけているようだが、何も聞こえない。
直後、鈍い痛みとともに俺の身体はふっとばされた。
「あ……」
対岸の茂みを超えて見えない壁に当たるほどにふっとばされた。
壁に背を預けながら呼吸を整える。
サンプルウィードは興奮した様子で立ち上がる。
四肢に長いしっぽがついた爬虫類のような身体で、その背側にあの茂みのような毛が生えている。おそらくしっぽを抱えたままうずくまるとあのように茂みの形に擬態できるようになるのだろう。
「……そんなこと言ってる場合じゃ……ないか」
サンプルウィードはこちらに向かって走ってきた。
追撃するつもりだろうか。
痛みでまだ痺れる身体を奮い立たせ剣を抜いて前方に構えた。
……だが、俺の目の前でそいつは茂みになった。
「……は?」
歪み視界の中で、フィーナがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「……さま! ご主人様! しっかり!」
フィーナに揺さぶられて、ようやく耳が聞こえるようになってきた。
「あ……う……耳が……」
「キンキンしましたね……でももう聞こえてるようですね」
「そ、それよりこいつ……」
「あ、それがですね」
「も〜〜しわけありません!」
急にフィーナのものではない甲高い声が聞こえた。
「……おい、今のこいつか?」
「そうなんです……喋れるみたいですよ」
「ワ、ワタクシ、寝起きが悪いものでして〜あの〜近くに何かいるとパニックになっちゃうんですよ〜!」
早口で焦るようにそう言いながら何度も顔をぺこぺこと上げたり平伏したりさせている。
「あぁ……じゃあ、悪気はなかったんだな」
「えぇ! えぇ! そりゃあもう! 一切ございません!」
「それなら良いんだが……」
俺とフィーナは剣を鞘に収めて警戒を解く。
「ワタクシ、サンプルウィードのシゲルと申します……」
……俺の元の名前と同じ香りがする……。
「ところでお前はどうしてこんな場所で擬態してたんだ?」
「いえそれが……ワタクシ、見ての通り図体がデカいのでして……他のみんなのようにうまく隠れられんのです。」
こいつ以外の個体は知らないが……やはり茂みに収まるサイズ感なのか。
「なので、ネストにいると目立ってしまって仲間たちに、お前がいるとここがサンプルウィードの群生地だとバレバレじゃないか! と叱られたのです……ワタクシだって、好きでこんな図体になったわけじゃない……できることなら普通の個体に生まれたかった……」
そう言ってシゲルは涙を流し始める。
「かわいそうな方ですね……」
フィーナも同情したように悲しい顔をしている。
「……なぁ、シゲル。お前のそれ、なんとかしてやれるかもしれないぜ」
「なっ……なにを仰るのですか……こんな異常個体に生まれてきてしまったのなら、全てを諦める他ないのです……」
ネガティブが加速してしまっている。無理もないか……擬態が得意な種が擬態できないのでは全く意味が無い……。
「でもさ……お前が俺に与えた一撃、あれは効いたぜ? 戦おうとお前ば戦えるんじゃないのか? その身体は、悪いことだけじゃないはずだ」
「でも……ワタクシはそんな、戦いなんて望んでいません……みんなと同じように、普通に生きたいだけなのです……」
そう言ってまたシゲルは声を上げて泣く。
……そう言えば、俺もそうか。
戦いに役立てるなんて発想自体、間違ってるよな。
「シゲル。それじゃあその身体には、何の思い入れもないんだな?」
「そりゃあもう! 当たり前に!」
これだけ確認すれば、戻りたいと思うこともないだろう。
「ノーマライゼーションッ!」
俺は天に向かって手をかざした。