直後、シゲルの身体が光に包まれる。
「な、なんですかこれ!?」
「俺がなりたかった、普通ってやつだ」
「うわあああぁぁ……」
シゲルの声だけが響き、一瞬何も見えなくなる。
次の瞬間には、シゲルの姿はなくなっていた。
「……あれ? シゲル?」
「……お〜い」
「なんか……聞こえる気はするな」
「ありがとうございま〜す!」
耳をすますと、足許の方から声が聞こえてくる。
「えっ……これシゲル!?」
そこには数本の雑草が束になったかのような見た目のものがあり、よく見るとぺこぺこと平伏している。それは先程までシゲルが見せていた仕草そのものなのだが、その大きさは先程までとはとても比較にならない。
「じゃあお前は、もともとは茂みのひとつに擬態するものですらなくて、あんな感じで茂みのどこかに隠れる形で正解なくらいの大きさの生物だったってことか!」
「そうなんですよ〜! だから、仲間のみんなからは気味悪がられて嫌われていたんです……! これでワタクシも、ついに仲間と一緒に暮らせます! ありがとうございま〜す!」
シゲルは大層喜んだ様子で何度も何度もお礼を言ってくる。
「すごいですね! ご主人様のチカラでこんなにも救われる方がいる! 流石ご主人様です!」
「まさかこんな異常な大きさの個体だったとは思わなかったけどな……数倍どころの差じゃないだろ……どうやって生まれたんだよ」
ツッコミどころは多いがこの世界では魔素うんぬんと言われてしまえばそれまでだ。あまり深く考えない方が良いだろう。
「お礼と言ってはなんですが〜! ワタクシがあなた様の戦いのご協力をいたしますよ〜!」
「あ……それはいい。さっきの姿ならまだ強そうだったけど今のお前じゃ踏み潰されて終わりだよ……」
「そ、そうですか……でももし何かあれば呼んでください。近くに擬態していたらすぐに駆けつけますので……」
残念だがもう会うことはないだろうな……。擬態しかできないんだもんこいつ……。
「じゃあ、俺たちは行くから」
「お達者で!! 本当に! ありがとうございます!」
シゲルはぴょんぴょんと飛び跳ねながら俺たちを見送った。
「しかしあんな変異個体までいるんだな」
ネストへの道を歩きながら先程のことを話題に出す。
「戦意のない魔法生物だったから良かったですが、もし獰猛な魔法生物が巨大化していたら恐ろしい強さになるかもしれませんね……」
「でも俺がいるならそれは何の意味もなさない。もしかしてこれ、かなり良い能力なんじゃない?」
「そうですよ! 最高ですよ!」
フィーナは絶対褒めてくれるからあてにならないけど……確か天界で先輩もそんなことを言っていたな。今になってようやくわかったぜ……。
「もしギルドの依頼で変異種の討伐依頼なんかがあれば、俺は一躍有名になれちゃうかもな」
「なれます! ご主人様なら!」
「はは。だといいけど」
なんとなく自信を持てるようになってきた。
この能力をもらったからには活用して"使命"とやらを果たさねばならないのだ。
……ただ、肝心の使命ってのがなんなのかイマイチわからない。
この世界を冒険していけばやがて果たせるものなのだろうか……。
そうこうしているうちに俺たちはこのダンジョンで初めてのネストに辿り着いた。
そこには大きい茂みと小さい茂みが一定の間隔を空けて並んでいた。
進行の都合上、大きな茂みか小さな茂みか、或いはその真ん中の何も無い場所を通らなければならない。
「うーん、正直茂みには何かが潜んでいる可能性はあるが……かといって真ん中を通ればあの茂み両方から何かが飛び出してくる可能性もある」
「大きい茂みにはサイズの大きい魔法生物や小さくても群れなんかがいる可能性がありますけど、小さい茂みにもそれがいないわけではないでしょう。どちらかに何かがいないと断定することはできない状況ですし、こればかりは完全に運頼みですね」
ふたりして頭を捻るも、結論として言えるのはどれを選んでも結果として何か悪いことが起こる可能性はあるということだ。
それならば被害がいちばん少ないのは小さい茂みだろうか……。大きい魔法生物は隠れられない、群れがいたとしても少ない数しか隠れられない。つまりリスクが最も小さいのだ。
それならばと俺たちは小さい茂みを目指して歩き始めた。
「ちょーーーっと待ったぁあぁぁ!」
後ろから羽音みたいな甲高い声が聞こえる。
その小ささから誰が叫んだかの検討は簡単についたが、振り返るとやはりそこにはシゲルがいた。
「お前なんでここに……」
「一本道ですからネストに帰るには結局おふたりの後ろをついてくしかなくてですね……あんな別れ方をした手前合流するのは忍びなくて……その、隠れてました」
不器用なヤツ……。
「で? 隠れてたのになんでわざわざ声をかけたんだ?」
「いえ、おふたりとも、今そちらの方に歩いて行かれようとなさいましたよね?」
シゲルは俺たちの進行方向の小さな茂みの方を示して問いかける。
「……そうだが」
「ですので、ちょっと待ったと止めた次第です」
得意げにそう言うが、理由が伴っていない。
「あっちの茂みには何かがあるっていうことか?」
「茂みに何かがあるっていうか……茂みに似た何かがあるってことです」
「え? あれ茂みじゃないの?」
「平原は広く見晴らしが良いので、ワタクシたちのような擬態生物が多いのです。あちらに見えるのは茂みに見えるものは全て棘! なグサクサですね。植物の一種ではあるのですが意志を持っていますので近づく者を攻撃します。獲物の血と肉を肥やしにして繁殖する恐ろしい魔法生物なのです……」
アホらしい名前の割にそんな血なまぐさい生態なのか……。
シゲルの言ったことを疑う訳では無いが、ノーフで茂みをスキャンしたところ、確かに今シゲルが言ったような生態を持つ魔法生物、グサクサの情報が表示された。
「……助かったよ。お前が止めてなかったら俺たちが肥やしになっていたかもしれない」
「いえいえ! ワタクシをこの姿にしてくださった恩! この程度ではとても返せるものではございませんから!」
そうは言いつつ役立てたことを喜んでいるのか、嬉しそうに背中の草毛を揺らしている。
「じゃああっちの茂みの方に……」
「ああっと! あちらに行くのもあまりおすすめできません!」
「なんでだ?」
「擬態している生物はいませんが、よく耳をすませてください……あの茂みからはわずかに呼吸音が聞こえます。おそらく獣が潜んでいることでしょう! もし戦いにでもなれば……」
「戦いだったなら仕方ないだろ。不意打ちを食らうよりは相対して戦った方が良い」
「あぁ、ワタクシと違ってあなた方は戦うチカラをお持ちですものね」
「そうですよ! オレたち、もう簡単に負けるようなチカラじゃねェですから!」
そう言ってフィーナは剣を出して構える。
「とはいえどんな獣が出てくるかまではわからない。用心はしようぜ」
「もちろんです!」
「ご武運を……!」
俺たちは大きい茂みの方に向かって歩を進めた。