大きい茂みは、俺たちの接近に伴って少しだけ揺れた。
どうやら茂みの中にいる者がこちらに気づいたようだ。
「……どうする? 出てくるのを待つか、仕掛けるか」
「声をかけてみますか?」
「そんなんで出てくるかねぇ……」
フィーナの提案に、気乗りはしないものの最も平和的な気もしたので実行してみる。
「おーい、バレてんぞ」
茂みはさらにビクりと身体を震わせるかのように揺れた。
「……出てこないな。気づいてるだろうに……」
「慎重なのか、臆病なのか……でも出てこない限りはまともに取り合うことはできませんね」
「仕方ない、火をつけるか」
茂みはさらに大きく狼狽えるように揺れた。
もちろん火をつけるというのはウソだ。動揺させればさせるほどこいつの反応が大きくなるので、これを続ければやがて出てくるに違いない。
「フィーナ。なんか投げるものない?投げるもの」
「え、えっと……」
「シゲル。あの茂みに入れられるような毒草ない?」
「こ、こらぁ〜!」
茂みの中から木の葉を身にまとった三等身ほどの獣人が出てきた。
「お、お前! お前! 卑怯! 卑怯!」
俺を何度も指さし跳ね飛びながらそいつは叫ぶ。
「はい捕まえた」
そいつの胴をフィーナががっしりと掴んで持ち上げる。
「なんだ! なんだ! やめろ! やめろ!」
じたばたと暴れているも、その手足は短くどうしようもない。
「暴れても無駄ですよ。さぁ、あの茂みについての情報を吐くっす!」
「卑怯! 卑怯!」
なおもそんなことを言いながらぷんぷんと怒っているだけで埒が明かない。
「じゃあわかった。お前のいう正々堂々とは何か、聞かせてもらおうか」
「お前ら、茂みに来る! オレたち、槍で突く! これ、ルール!」
「あのなぁ、それこそ卑怯だろ」
「卑怯、違う! オレたち、誇り高い!」
「お前らのやり方はそうかもしれんが、それは正々堂々っていうよりは上手くいった場合の理想だな。正々堂々っていうのはな……逃げも隠れもせずに相対して戦うってことだ」
「戦う……」
この小さい戦士はそのことすらあまりわかっていないようだ。狩りの成果こそが正義の部族だろうか。
「俺を狩りたいのなら、正々堂々勝負しな。或いは、戦士サンはこそこそ物陰からみんなで俺を攻撃するのか?」
「む、むか〜っ!」
まんまと挑発に乗ったらしく、そいつは茂みに駆けていった。
数秒の後、複数の同じ個体がやって来た。
「あいつ! あいつ!」
「オレたち、強いぞ!」
「おなか、へった!」
わらわらと小さい獣人が並ぶのはかわいさすら感じるが、それぞれその手には鋭く研磨された骨が先端についた槍を持っている。
小さい彼らの持つものであるから程度は知れているが……。
「はい、じゃあお前らに確認するぞ。これは狩りとは違う。戦士としての誇りをかけた勝負だ」
「ショーブ?」
「くっても、いいのか」
「ショーブって、強いか?」
顔を見合せながら俺の言葉を仲間内で共有している。
「要するに! 負けた者は勝者に服従する! それが勝負だ!」
「フクジュー!」
「シタガウ!」
「あいつら、くう!」
なんとなくわかっているっぽいな……。
「どうだ? 受けるか?」
「オレたち、負けない! お前ら、負ける!」
そう言って獣人は自信満々に俺たちの方へ槍を振ってみせる。
「い、いいんですか……? もしかしたら本当に強いかも……」
「流石にそれは買い被りすぎだ。どれ、ひとつノーフで見てやろう」
俺はノーフでこいつらの一体をスキャンしてみた。
「ミノー……隠れ蓑を纏い物陰から群れで獲物を狩る。各個体は弱く、不意打ちと数をもってようやく一頭の獲物を狩ることができる」
「あー……ほんとうにその通りなんですね……」
ミノーたちはその狩り仕方を続けているせいで団結のチカラをよほど過信してしまっているようだ。
「勝負は一人ずつ戦う。これが常識だ。お前たちにそれができるか?」
「できる! できる!」
「オレ、強い! お前、たおす!」
やはり各個体がそれぞれ名乗りを上げ始める。
「じゃあお前、いいか?」
最初に俺のもとに来たミノーに声をかける。
「やったる!」
「お、おぉ。そんじゃ……」
茂みから少し離れた場所に俺とミノーは向かい合う。
「いくぞ!」
ミノーがてこてこ走りながら俺の許に駆けてくる。
俺はミノーを頭から踏んだ。
抵抗する力も弱く、そのままミノーはあっさりと倒れてしまった。
「なんだ! なんだ! あいつ!」
「クリフが! クリフがやられた!」
クリフだかなんだか知らないけど口ほどにも無さすぎる……。
「ちょっとご主人様……やりすぎですよ……」
フィーナすら引いてるじゃないか……。俺はそんなに強くやっていないのに。
「クリフ。お前の負けだ」
俺が足をどかすと、クリフは呆然とした様子で天を仰いでいた。
「……神、サマ?」
「は?」
「神サマ! 神サマ!」
「ブシン! ブシン!」
周りのミノーたちも次々に騒ぎ始める。
「お、おいおい!」
茂みの中にいたミノーたちも次々と現れて、とうとう俺はミノーに囲まれる。
そしてそのミノーたちは一斉に平伏して俺を崇めた。
「神サマ! 強い! 神サマ! 絶対!」
「いやちょっと……えぇ……」
正直あいつが弱かっただけなんだけど……。
「神サマ! ムラ、くる! オレたち、負けた! 神サマ、もてなす!」
クリフは負けたというのになぜか嬉しそうな顔をしながら俺をもてなす提案をしてきた。
「え、いいのか? やけにききわけがいいなぁ……」
「よほど自信があったのに圧倒されたから本当に神様だと思っているのかもしれませんね。ここは素直に受け入れても……」
「この方たちは、擬態において共生することもありますので、ワタクシの仲間たちとも親交があるのです。裏表はないので信用しても良いと思いますよ」
シゲルが言うのなら間違いはないか……。
「どれ、じゃあ案内してもらおうか。お前たちのムラとやらに」
「神サマ! お通り! 神サマ! 最高!」
俺たちを挟むんで踊るようにしてミノーたちは案内を始めた。