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完全擬態─パーフェクトフィクション─

「おいお前ら、フィーナの服どこやったよ」

床でぜぇぜぇ言っているミノーたちに声をかける。

「服、いらない。焚べた」

どうやら大鍋の下で燃える薪の燃料にされてしまったらしい……。

「ちょ……ちょっと! じゃあオレ、こんな姿のままいなきゃならないんですかぁ?」

半べそをかきながらフィーナが抗議する。

「肉、服、着ない」

「ご主人様〜!」

あまりに話が通じないのでフィーナは俺の方に泣きついてきてしまった。

かわいそうに……。でもその格好でくっつくのはやめてほしい……。

「え、えっと、フィーナ。ちょっと離れて?」

「あっ……も、もう! 逆にくっついてれば見られませんもん!」

そう言うとフィーナは俺にしがみつくようにして密着した。

「く……し、鎮まれ……俺の理性……!」

そうこうしている間にいつの間にか部屋の中のミノーたちがこっそりと外へ移動していた。

「あっ! あいつら!」

「ダンナ、もう歯向かう気はないようですし、追う必要もないのでは?」

「それは確かに……」

「うぅ〜オレももう早くここから出たいですよぉ〜」

確かにフィーナを引きずりながらこれ以上この狭いムラの中を歩くのも面倒だしな……。

「わかったよ。じゃあ……おいクリフ! 出口はどこだ!」

「出口、入口を真っ直ぐ行け」

「真っ直ぐ? あそこは急勾配になってて登れないだろ」

「真っ直ぐ、真っ直ぐ」

それしか言わないので何か理由があるのかもしれない。

「わかったよ。クリフ、お前らのこと、許したわけじゃないからな! 次俺たちに何かしたらこのムラは無くなると思えよ!」

「……わかった。オレたち、悪かった」

ようやく謝罪の言葉が聞こえたか。

「運が、悪かった」

どうやら謝罪ではなかったらしい。

反省はしていないようだな……。



結局フィーナは俺の背におぶさる形で連れていくことになった。

肩にはシゲルと、まるで俺は動く城みたいだ。

「ほんとにイヤなやつらでしたね! もう! オレをおにく呼ばわりして!」

「逆に俺は神と呼ばれた割に監禁されるし神の同行者を喰おうとするしでめちゃくちゃなやつらだったな……」

「生きるか死ぬかの世界ですから、狡猾なやつらは多いですよ……ワタクシも擬態できなかったら生きていけませんから」

あの巨体だった時は多分襲われても無自覚に敵をはね飛ばしていただろうに……普通が一番良いとはいえ、生活環境的にもこいつはこいつでもう少し持ち味を活かせる図太さがあった方が弱肉強食には向いていたのかもしれないな。ある意味ではこいつは人間らしい。平和に憧れる理性はあるのにこんな風にしか生きられないのは少しかわいそうだな……。

「そうだ、シゲル。お前俺と一緒に来ないか?」

「え? なんですって?」

「もしかしたらさ、お前が平和に暮らせる場所もあるかもしれないだろ? ここにいたらお前はずっと震えながら生きるしかない。だったらもっといい場所があるはずだ。お前は誰にも危害を加えない。それがよくわかったからどこか安全な場所に住処をもらえるように言ってやるよ」

「ほ、ほんとうですか?」

「おう! お前がいなかったらフィーナは煮込まれちゃってたかもしれないしな!」

「え、シゲルさんが助けてくれたんですか!?」

フィーナが驚いたように言う。

「そうだぜ。こいつが部屋を教えてくれなかったら間に合ってなかったかもしれない」

「なんではやく言ってくれなかったんですかぁ! 命の恩人じゃないですか! わ〜ありがとうございます! ありがとうございます!」

背中で何度も頭を下げてシゲルに感謝している。

「そ、そんな……ワタクシなんて……」

「お前にしかできないことはきっとある。今まで散々自分を卑下し続けてたせいで弱気になってるんだ。普通になったお前は、もう今までのお前じゃない。変われるさ。普通に憧れ続けたお前は、何よりも普通の良いところを知っているだろ?」

「そうか……ワタクシはもう、大きな身体で迷惑をかけることもないし、サンプルウィードの秘技も使えるんですね……!」

秘技……? なにそれ、知らん……。

「あの、待って。秘技って何?」

「あ、言ってませんでしたか。サンプルウィードにはとある特技があるのですが……ワタクシは身体が大きすぎてそれを使えなかったんです。何しろそれを使うには周囲からちょっとだけ素材を拝借する必要がありますからね。身体が大きいと周囲からものがなくなってしまうんです」

「それはなに、どんな技なの?」

「どれ、ひとつ使ってみせましょう!」

シゲルは俺の肩からぴょんと降りると大きく息を吸い込んだ。

「いきますよ!」

そう言ったかと思うと、シゲルがいきなり消えた。

「え?」

「シゲルさん、消えちゃいました!」

「ふふ、いますよ。ここに」

シゲルがいた場所から声は聞こえるが、どうにもその存在を認識することができない。

「え、いる? いるの? どこ?」

「ワタクシは一歩も動いておりませんよ」

奇妙なことに目の前にシゲルがいるらしい。

手を伸ばして横に動かしてみると、何かに当たる感触がして景色が真横に動いた。

「うわ!」

「どうでしょう。サンプルウィードの秘技、完全擬態です。もしくはパーフェクトフィクションと呼んでください」

「完全擬態か……すごいな」

「パーフェクトフィクション、すごいでしょう」

「すごいですね! 完全擬態!」

「ええ、パーフェクトフィクション、これがあればあらゆるものから目を欺けるのです」

「完全擬態中には動くことはできるのか?」

「動こうと思えば動けます。なにしろパーフェクトフィクションなので」

そう呼んで欲しいなら最初からそう言えば良かったのに……。

「その能力を考えると、お前が行くべき場所がわかったような気がする」

「どういうことですか?」

「お前を欲している人がいるんだよ!」

「本当ですか!? このワタクシをですか!?」

「あ、まさか!」

フィーナは理解したらしい。

「あの人たちなら悪いようには扱わないだろう。むしろ研究したくてたまらないだろうから」

「なんか、キケンなところへ送ろうとしてません?」

「そんなことないぞ! むしろよっぽど安全だ! なにしろこのガレフの外なんだからな!」

「ガレフの外!? そんなところに行ったらワタクシ、すぐに殺されてしまいますよっ!」

「恐らくだが保護してもらえるツテがある。なんとか頼み込んでみるから、期待していてくれ」

「そ、そこまで言うのなら……」

シゲルもなんとか納得したようだ。

「じゃ、とりあえず早いとここのダンジョンをクリアしないとな」

「でも、まずはここから出なきゃですよね?」

「クリフの言っていたことが本当なら出口は入口を真っ直ぐ行けばいいようなんだが……」

歩き続けていた俺たちは丁度入口にたどり着いた。

「滑り台だよな?」

「あの長い道を登るのは無理なんじゃ……」

「ま、言った通りにしてみるか」

とりあえず真っ直ぐに歩いて坂を突き進んでみる。

「ん?」

なんと全員の身体が入った瞬間入口が閉じてしまった!

「暗い! 暗いですよ!」

その直後、エレベーターに乗った時のように身体が急速に上昇する感覚に包まれる。

「うわあっ! なんですかこれぇっ!」

ガタガタと周囲が揺れているが、とにかく次の衝撃に備える。

「わっ!」

大きな衝撃と共に、目の前に強い光が広がる。

気づけばそこは、地上だった。

「なかなかすごかったな……あいつらも意外と仕事するんだな」

「どうやって作ったんでしょうね……」

「これはもともと点在してるギミックですよ。それをミノーたちが我が物顔で使い倒してるんです」

どこか少しでも良い部分があればよかったのに……。

「ま、まぁあんなやつらのことなんか忘れて切り替えてこうぜ!」

「うぅ……この格好で切り替えるなんて、ちょっと無理があるんじゃないですか……」

フィーナは俺を掴む腕に力を込める。

「あぁ……それは、ごめん……」

流石に背負いながら踏破は難しそうだ……どこかに装備でもあれば良いのだが……。

ひとまずは進まなければ始まらない。

俺たちは再び別のネストを目指して歩き始めた。


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