しばらく歩くと、またネストを見つけた。
しかしそこには何も無い。ただの空きネストだと思ったのだが……。
「あ、待ってください」
ネストに足を踏み入れる直前、シゲルが声をかけてきた。
「ここ、いますよ。ひとつ、ふたつ……あ、合計で五つ擬態があります」
「なに、そんなに? お前すごいな……」
「空っぽのネストには警戒した方が良いですよ。何も無いことも多いですが何かいる可能性も十分にあります」
こいつマジで諜報に向いてるんじゃないだろうか。
「助かるよ。じゃあ、こいつで……」
俺はノーフを取り出しスキャンしてみる。
確かにシゲルの言った通り、複数の魔法生物の反応がある。
「これは……木の葉に紛れているのか?」
どこからか風に吹かれ、平原に散らばる数多の木の葉の中から反応がある。シゲル程度の大きさの魔法生物なら害は無さそうか。
「木の葉程度と侮るなかれ。その魔法生物はコノハヅク。木の葉と共に飛来し、それに紛れては獲物の急所を突こうとする凶悪な鳥でございます」
めちゃくちゃ危ないじゃん。
「それなら木の葉の上には行かない方が良さそうだな……」
「それがですね……コノハヅクは音に敏感でして……射程圏内に入ったら木の葉の上でなくとも飛んでくるんですよ……」
「なんだよそれ……厄介だなぁ」
「オレを背負ったままじゃキツいですか?」
心配そうに背中からフィーナが声をかけてくる。
「いや、大丈夫だよ。お前は掴まってな」
「……わかりました!」
「さてどう通ったものか……」
木の葉はネストに満遍なく散らばり、ノーフの反応も固まった位置にはない。つまりこのネストのあらゆる場所が奴らの射程圏内になり得るのだ。
「あいつらには弱点は無いか?」
「弱点……といえるかはわかりませんが、非常に軽いのが特徴です」
「軽さか」
何かそれを活かせる方法があれば……。
「軽い、軽い……あ、そうです! いいことを思いつきましたよっ!」
「なんだフィーナ」
「吹き飛ばしちゃえばいいんです! ふ〜って!」
そう言ってフィーナは俺の首のあたりに息を吹き付ける。
「そんな肺活量今の身体にはないだろう。……あとゾクゾクするからやめて」
しかし吹き飛ばす……か。何か風を起こす手段があれば考えても良いのだが……。
「そうだ。外套をばさばさやるのはどうですか?」
「人の外套をなんだと……あ、でも確かにそれなら風を生むことはできるか」
もとより手段は限られている。やってみる価値ありますぜ。
とりあえずフィーナを下ろしてから外套を脱いで両手に構える。
「刺激を受けたコノハヅクが暴れるかもしれない。お前たち気をつけろよ」
「はい!」
フィーナはシゲルを抱えて身体を隠しながらうずくまる。
俺も反撃に備えながら外套を振り回し風を起こした。
前方の木の葉が薙ぎ払われるように吹き飛ぶ。しかしそれに逆らうようにこちらに向かってくる木の葉がひとつ。
「こいつか!」
俺を補足できていないらしく真っ直ぐにこちらに飛んできたわけではない。その隙を突いて外套で包んでしまった。
「おーっ! すごいです!」
フィーナが拍手する音が聞こえる。……今は振り返らない方が良いな。
「でもこいつ、抵抗するぞ」
外套を押すように内側から暴れているのを感じる。この外套が破れることはないだろうが、このままにしておくのは危険かもしれない。
「空に放しちゃいましょうよ」
そうするしかないか。またこっちに向かってきたら包んじゃえばいいし。
俺は外套を自分と逆側に向けて解放した。
コノハヅクは目論見通り遠くの空へと飛んでいってくれた。
「よし、この調子で捕っていけば通れそうだな!」
また別の場所の木の葉に向けて風を起こす。
すると今度は二匹まとめて飛んできた!
「うわっと!」
一匹は包むことができたがもう一匹は包みそこねた。
「しまった! 悪いフィーナ!」
「きゃあぁっ!」
フィーナの高い声が周囲に響く。
すぐさまフィーナの方を見ると、コノハヅクが太ももに突き刺さっていた。
「フィーナ!」
「い……いたああぁぁあい!」
一拍遅れてフィーナが叫び声を上げる。
刺さっているコノハヅクを引っ張っているようだが、抜くのが困難らしく未だに太ももに突き刺さったままだ。
「マズイです! 今の状態は危険です! 他のコノハヅクが追撃に来ますよ!」
シゲルが上げた声の通り、二匹のコノハヅクが真上に飛び出してきた。
そして空中からフィーナを補足すると身体を傾けて急降下してくる。
「フィーナ逃げろ!」
しかし、今のフィーナは動けない。
コノハヅクはフィーナの肩に突き刺さり、もう一匹は喉に向かって飛んできている。
「ご主人……様……!」
フィーナの悲しそうな視線が強く俺の心を揺さぶる。
あの時と同じだ。
レベッカを護れなかった、あの時と。
「あ……あ、ああああぁぁぁああああぁああ!!」
為す術がなかった。
もう間に合わない。
コノハヅクは猛スピードでフィーナの急所を突き破ろうと飛来している。
俺とフィーナの距離を考えると、走って何とかなる距離ではない。
「楽しかった……です、よ……」
フィーナはそう言って笑う。
その笑顔の余韻に浸る間もなく、コノハヅクの直撃を受けたその身体はグンと後ろに引かれるように倒れる。
「フィーナああぁぁぁあああ!!」
どこかで驕っていたのかもしれない。
ぱっと終わらせて帰ればいいだなんて、そんなふうに思っていた。
装備の重要性について見直したばかりだったのに、裸のままフィーナを歩かせてしまっていた。
俺はバカだ。大バカだ。
だが、今更後悔してももう遅い。
遅すぎたんだ。