「お疲れ様でぇ〜……おわああぁぁああ!!」
ギルドの門に差し掛かった俺たちを見るなり衛兵さんが驚嘆の声を上げる。
「つ……ついに……!?」
「違いますから!」
俺の背には外套のみを身に纏わせたフィーナがおぶさっている。
そんなに露出はさせていないのだが……流石はスケベ衛兵さんだ……。
「そんな格好の方を中に入れる訳にはいきませんな〜! ん〜? 詳しくお話してごらんなさい?」
ニヤニヤしながら衛兵さんが通せんぼする。
「ウザ……ちょっと! こんなの職権濫用ですよ!」
「それを言われちゃうと困りますなぁ!!」
衛兵さんはびしりと足を揃えて道を開ける。
「まぁほんとになんもないんすよ。むしろ、危なかったというか……茶化される気分でもないんすよ」
「それは……失礼しました」
俺の言葉を聞いて反省したように目を伏せると、衛兵さんは深くお辞儀した。
「でもオレたち、そんなふうに見えます?」
「見えますよ〜! すごくお似合い!」
深刻そうに見せた顔をぱっと明るくするといきなり囃し立て出す。
「ですって! ふふふっ!」
それを聞いたフィーナは笑いながらこちらに反応を求めてくる。
そんな嬉しそうにされても……。
「はい、行くよ」
俺はそこで反応してはやらずに進み出す。
「もうちょっと一緒に喜んでくれてもいいじゃないですかぁ〜!」
「辛辣でやですよねぇ。女のコの気持ちちゃんと考えてあげてね」
衛兵さんは俺にウインクすると持ち場へ戻って行った。
「気持ちはわかるんだけど……俺はどうしたらいいんだ……」
「オレはいつでも待ってますからね!」
グイグイくるなぁ……。
酒場に入って早々に、こちらを見てカルアが駆けつけてきた。
「……むぅぅ〜〜〜!!」
はい色ボケ2号。
「違う違う。お前の思ってるようなことじゃないから」
「じゃあ……これ、なに!」
カルアはフィーナを背負っている俺の二の腕の肉をつねってきた。
「いって! おいフィーナが落ちるだろが!」
「カルアが……着替え用意したげるから……貸して」
「貸してって……」
フィーナはふるふると首を振っている。
「ほら……フィーちゃんも、良いよって……」
絶対言ってない。
だがフィーナの意志とは無関係にカルアが俺の背中からフィーナを引き剥がす。
「あっ!?」
「……じゃ」
そう言うとカルアはフィーナを背負い普段からは想像もつかないスピードで逃げた。
「おい待てェ!」
「さらわれる〜!」
手足をばたつかせながらフィーナは抵抗するがカルアは意に介さず階段を駆け上がっていく。
そのままばたんと部屋の扉を閉め、鍵をかけてしまった。
「おい! フィーナを解放しろ!」
「……大丈夫。悪いようには、しない……」
「ご、ご主人様〜!」
「ほらみろ! 嫌がってるだろ!」
「嫌がって……ない、よね?」
「……むぐ、むぐぐ〜……」
フィーナの声はくぐもっている。喋れないようにされているのか?
「ふふ……カワイイ……」
部屋の中からはカルアの声と、何やらがさごそと衣擦れのような音が聞こえてくる。
「こらっ! それ以上いったら戻れなくなるぞ!」
「……そろそろうるさい。もう少しだから……」
「もう少しって……な、なんだよ……」
「フィーちゃんは……カルアのものになるの」
「なにィーっ!?」
俺はどんどんと扉を叩くも、カルアはもう応えない。
「くそ! なんとかしなければ!」
とはいえ為す術はない。
しばらく待てば色々と終わるか……。
半ば諦めるようにそう思い部屋の前で待っていると、カチャリと鍵の開く音がした。
「あ……ご、ご主人様……」
おそるおそるといった様子でドアから顔を出したフィーナと目が合った。
「お、終わった?」
「なんか、クールダウンしてますね……」
「もうしょうがないかなって」
「も〜! オレなんにもしてないですってば〜!」
どうやら無事だったらしい……が、何をしていたんだ?
「ん……マーク、これを……見るがよい」
なんか変な口調でカルアがフィーナを部屋から押し出す。
全貌が明らかになったフィーナは、ふりふりのレースのついたとてもかわいらしい服に身を包んでいた。
「あ……あの……っ、その……」
「ふふん……カルアの目に……狂いはなかった……!」
どうやら興奮してテンションが上がってるみたいだ。
「ごめんなさい……戦う格好じゃないのはわかってたんですが……オ、オレ、ちゃんとした服に着替え直してきます!」
フィーナは慌ててその場から逃げ出そうとしたが、俺はつい惚けたようにその姿に見蕩れてしまった。
「……かわいい」
気づけば口から本心が溢れ出てしまっていて、急いで口を塞いだ。
「ん……? ん〜〜? ご、ご主人様っ? 今、今なんか言いませんでしたか!?」
「……言ってないよ」
「言いました! ね! カルアちゃん!」
「……言ってない、よ」
「聞いてたくせにっ! ふふ! や〜! ふふふふ!」
フィーナはひとりで舞い上がるように身悶えしている。
「ねっ! ねっ! カルアさん! この服、お金は払いますから譲ってもらえませんか!?」
「……マークのため?」
カルアは複雑そうな表情でフィーナに問い返す。
「えっと……」
「なぁカルア。もしよかったら売って貰えないか? こんなに嬉しそうなフィーナは、あまり見た事がない」
少し考えるように間を置いてから、カルアは静かに首を横に振った。
「……んーん。お金は、いらない。お休みの時は、着て見せて。それだけでも……嬉しい」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
「あと……その……カルアのこと……」
「なんですかっ?」
「や……やっぱり、なんでもない」
カルアは言いかけた言葉を引っ込めて後ろを向く。
「……今度、この服着て一緒に遊びましょうね! カルちゃん!」
「……っ!! フィーちゃん!!」
カルアが嬉しそうに振り返る。
ずっと一方的な想いを押し付けていたカルアは、フィーナからの壁を隔てたような態度に悩んでいたのだろう。
呼び名ひとつでもそれは大きく変わる。
カルアの笑顔を見ればそれは一目瞭然だ。
その勢いのままカルアはフィーナに抱きつくが、今のフィーナは以前までのような苦い顔を浮かべてはいない。カルアのことをひとりの友人として見るような暖かい表情でそれを受け入れている。
「カルア。暴走しがちなのは良くはないが……良かったら今後もフィーナと仲良くしてくれな」
「ん……当然。むしろ……お願いします」
カルアはフィーナを抱く手を緩めてその顔をしっかり見つめる。
「よろしくね! カルちゃん!」
「……んんん〜〜♡」
再びカルアはフィーナにくっつくとその胸に顔を埋める。
役得だよこいつは……。