フィーナを着替えさせてもらったので再び三人で酒場に戻る。
「あんたらまた騒いでなかった〜?」
二回から降りてきた俺たちを見つけてアビーが機嫌悪そうな顔で近づいてくる。
だが、フィーナを見た途端に彼女は目の色を変えた。
「えっ!? それ、カルアのやつじゃん!」
……そうだった。アビーはシスコンだからフィーナとカルアの関係をよく思わないはず……。
「かっわいい〜! 妹がひとり増えたみたい! うふふ!」
思ってた反応と違うな……。
アビーはフィーナをめちゃくちゃに撫で回しながら愛でている。
「あの……いいの?アビー」
「服のシェアをしてるってことは、そういうことでしょ! 実質妹になるみたいなもんだし!」
シスコンはあとから入ってきた妹にも適応されるらしい……。
「ま、まぁお前がいいならいいけどさ……フィーナとカルアは友だちだから、そこんところ勘違いするなよ」
「えー? 友だち? そんな適当な関係でいいの?」
「適当なもんか。友だちってのは案外いるようでいないもんだろ」
「んー、まぁそれもそうか……友だちから進展することもあるしね」
アビーもようやくその関係に納得してくれたようだ。
「それで? 今日は食べてくんでしょ?」
結局踏破は成し遂げられなかったわけだが、もう日も落ちている。
成果はなくとも腹は鳴っている。
「頼むよ」
「は〜い! お母さ〜ん! 二名様ご案内で〜す!」
アビーとカルアに挟まれながら席まで案内された。
「……じゃ、待っててね」
そう言い残して二人はカウンターへ戻って行った。
「うぅ……今日は本当に申し訳ありませんでした……。オレが弱いから、あんなことに……」
席に座って早々に、フィーナが反省を始める。
「おいおい、いきなりかよ……。別に気にしてないし、お前が弱いわけでもないから落ち込むなよ」
「でも……」
「不測の事態が起こるのがガレフだってのはよくわかった。だから、悪いのはどちらかといえば俺の方だ。裸のままで進ませるなんて一番やっちゃいけないことだろ……」
「ワタクシもお役に立てればよかったのですが……」
いつの間にかシゲルも議論に参加していた。
「あっ! お前どこ行ってたんだよ!」
「ずっと居ましたよ、お肩に」
「だって姿見えないのに一言も喋らないし……」
「獣に近い魔法生物のワタクシがこのような場所に居ること自体あまり良くないじゃありませんか。だから波風を立たせぬよう、しっかり口を噤んでおりました」
「優秀なヤツだ……」
「でも、オレたちと一緒なら多分大丈夫ですよ。ここには魔法生物の冒険者、多いみたいですし」
「確かに姐さんもカントリカントですものね。……ワタクシの聞いた話では、ヒトと魔法生物は大変仲が悪いと言われていたのですが……」
「地上ではそうかもな。俺も魔法生物のこと、なんにも知らなかったよ。出会ったら殺されると思ってた。でも実際はそうじゃない。みんな確かに生きている。そりゃ狡猾な奴らだっているけど、それだって生きるためだ。ヒトはもっとひどいことする奴らもいるしな」
「ダンナ……」
「お前には地上に行ってもらわなければならないからな……」
「その件なんですが……ワタクシ、本当に大丈夫なのでしょうか……」
シゲルは不安そうな声を上げる。
「いや、それは……明日にならないと……」
「なんで自信なさげなんですか! もっと言い切ってくださいよ!」
「仕方ないだろ! ルルーさん気まぐれなんだから……」
「そんな人がワタクシの上司になるわけですか……」
「まぁうまくいくさ。あの人研究対象に対して結局甘いから」
「それならいいですけど……」
「でもそしたら、シゲルさんとは今日でお別れってことですよね?」
フィーナが少し寂しそうに言う。
「お別れって……まぁ、そういうことになるけどさ」
「うぅ……ついにワタクシたちも、お別れの時が……」
「今日会ったばっかりじゃねぇか……」
実際こいつは役に立つし、気が合いそうなところもあったから少し名残惜しさはあるが……仕方の無いことだ。この体躯でずっと連れ回すわけにもいかないしな。
「あれ、あんたら魔法生物連れてきちゃったの」
飲み物を運んできたアビーさんにシゲルが見つかる。
「あ、やべっ」
「別に良いわよ。話してる時点で友好的な魔法生物でしょ? その身体じゃあんまり入んないかもしれないけど、あんたもなんか食べてく?」
「いいんですか?」
「もちろんよ。いいわよね、マーク?」
「そうだな。こいつは明日でお別れなんだ。活躍してくれたし食事をご馳走したい」
「はい決まりっ! じゃあ待ってなさいね〜!」
アビーは嬉しそうにカウンターへ戻って行った。
「な、なんかすみません……ワタクシの分まで……」
「どうせお前大した量食えないだろ。逆に満足させてやれたならそれが一番だって」
「へへ、ありがとうございます」
「ひっく……うぅ、そうれすよぉ……シゲルはん……」
「あっ! お前それ!」
アビーはまたフィーナに酒を出したらしい……。
「ふひへへ……これきもひぃから、好きなんれすよぉ」
回ンの早いくせにこいつは……。
「調子に乗ってぶっ倒れても知らねェからな!」
「え〜? そしたらぁ、ご主人様がお部屋に連れてって〜?」
そう言いながらフィーナはべったりとくっついてくる。
「酒癖悪くて困るな……」
「姐さんはお酒が飲めるんですね。ダンナは飲まないんですか?」
「ああ、カントリカントは大人になるのがヒトより早いらしいんだ。こいつを見てるととても酒に強く成熟したようには見えないけどな……」
「ダンナだってカントリカントじゃねぇですか」
「あぁ……今はそうなんだよな。実は俺、もともとはヒトなんだ」
「またまたぁ、そんなことあるわけが……」
「さっきの姿、見たろ? あれは俺がヒトだった時、身体が吹き飛んでなった姿なんだ。あれが強すぎたんでガレフの神みたいなやつに呪われてこんな姿になっちまった」
「なんと……そんなことがあるものなんですね……」
「それで、俺はまだ十六歳。ヒトには成人しねぇと酒は飲まない方が良いって決まりがあるんだよ。だから俺はまだ飲まない」
「え〜! ご主人様の〜、甘えちゃう姿、見てみたいのになぁ〜」
「お前みたいにならねぇから……」
まぁ酒がこんな風に人格を狂わすのを見ると飲む気も失せるな……。
「おまちどおさま……」
そうこうしているうちにフィーナが料理を運んできた。
「あ〜! カルちゃん! ありがとね〜!」
「あ……今日も、ご機嫌になったね」
酔っ払ったフィーナを見て、カルアが楽しそうに笑う。
「カルちゃんも一緒に飲もうよぉ、ね?」
「カルアは……まだ、仕事があるから……」
「え〜ダメなの〜?」
フィーナはウザったい呑み客と化してしつこく食い下がる……。
「おい、やめろって……」
「カルアっ!」
突然アルコさんが大声でカルアを呼び出す。
「……ちょっと来な」
「……また、あとでね」
「あ〜カルちゃ〜ん!」
いつもと逆みたいにフィーナはカルアを引き留めようとするが、仕事の邪魔をしては悪いので俺が阻止した。
カウンターに行ったカルアは、アルコさんと何か話していたようだが、なぜか二階へ行ってしまった。
迷惑客が出たから隠されちゃったかな……?
「……フィ〜ィちゃん」
しばらく経った頃、唐突に背後からフィーナを呼ぶ声が聞こえた。
「あっ! あ〜! カルちゃんだぁ! えっ! なになに! なにそれ! かっわいい〜!」
酒場の制服から、色が少し違うがフィーナに貸しているふりふりの服と同じものに着替えたカルアがそこにいた。
「えへへ……おそろい、なの」
「みてくらさいよぉ! オレ、カルちゃんといっしょ! うれしぃ〜!」
そう言うとフィーナはカルアに肩を回して隣に座らせてしまう。
「お、おい、迷惑だろ……」
「いいんだよ」
背後にアルコさんまで立っていて、フィーナを肯定した。
「カルアはもう今日は仕事はいいから、嬢ちゃんと一緒に呑んでやりなって言ったのさ」
「いいんですか?」
「ふふ、こんなに嬉しそうなカルアは見た事ないからね。むしろお願いするよ」
「カルア、お姉ちゃんに任せてね」
遠くの方からアビーもカルアに声をかけてきた。
「ありがと……ふたりとも」
「やった〜! 今日はカルちゃんもいっしょ!」
「飲みすぎるなよほんと……」
「ワタクシ、こんなに騒がしいのは初めてです。……でも、こんなに温かいものなんですね」
シゲルは感嘆したようにそう呟く。
「……そうだよ。世界ってのはこんなに広かった。狭い自分だけの場所に閉じこもってたら、決して見られない景色だってある。シゲル、頑張ろうぜ。俺もまだまだここでやることがあるんだ。お前は地上に行ったらきっとガレフとはまた違う世界を経験するだろう。俺と、逆だな」
そう言って俺はシゲルに笑いかける。
「ふふふ、ほんとですよね。ワタクシも、こんなことになるなんてちっとも思っていませんでした……。擬態もできず、大きな獣に喰い殺されるだけの命かと思っていたのに、あなたが全部変えてくれた。……ありがとうございます。本当に……」
言ってる途中で、シゲルは涙を流し始める。
「おいおい、今日はもう笑おうぜ。お前には俺も感謝してるんだ。ルルーさんによろしくな」
「はい……はいっ!」
酒場の夜は更けていく。
出会いも別れもあっという間のこの世界。
その時間だけは、何者にも平等に癒しとなるものであるべきだ。