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ボスダンジョン

何度目のトラップをくぐり抜けたかわからない。

しかしもう確実にダンジョンの中心は近づいてきていた。

「しかし色んなトラップがあったわね……。毒ガスの吹き出すネストや一本の丸太を渡るネストなんかはキツかった……。でもちくわと鉄アレイが飛んできたネストはちょっと意味わかんなかったわね」

「それはまぁ……お、あとふたつ先に多分巣があるな」

「……もうすぐ。待ってて、フィーちゃん……」

最後のひとつ手前のネストに足を踏み入れる。

「……ここには、何もありませんね」

シゲルが周囲を見回してそう言う。

「そんなことある?」

「あちらの草むらでは回復のハートが出ますよ」

「なにそれ」

「おやくそくです」

なんとなくその言葉通り草を剣で切ってみると、赤い羽根を持つ蝶が飛んできた。

そいつが俺の周りを飛び回ると、なんとなく元気になった気がしてきた。

「鱗粉に回復効果があるんです。ハートみたいに見えません?」

「確かに回復のハートって感じするな」

「ヒーラーモルフォです。こういうここぞという時にはどこかしらにいてくれることが多いので探してみると良いでしょう」

「なぁ、魔力回復してくれるのとかはいないの?マジックバ」

「それ以上いけません」

俺の言葉を遮るようにシゲルが言う。

「なに?」

「おやくそくです」

よくわからない牽制を受けたが、結局いるのかいないのか……。

「じゃあ、行けるか?」

「……早く」

準備は万端らしい。

最後のネストに繋がる通路を進むと、その最奥には両開きの扉があった。

「開くぞ」

皆と顔を見合わせてから扉に手をかける。

俺が押すと、扉は地面と擦れる音を立てながらゆっくりと開いた。

その先は薄暗い広間になっていた。

普通のネストより広めで、先程までの森の雰囲気とは少し違う。洞窟の中みたいに土壁に覆われた空間だ。

その壁や天井には白い糸が張り巡らされており、その糸のあちこちにこのダンジョンを訪れたであろう生命たちの成れ果てがぶらさがっていた。

「うげ……なに、ここ……」

アビーが不快感を露わにした声を上げる。

床に張り巡らされた糸も、こちらの足につけばねとりと貼りついて気味が悪い。

「こんな場所にフィーナが……? 生きている者はいるのか?」

「……縁起でもないこと、言わないで」

「あぁ、悪い……」

「それにしても、まさか朝っからボスダンジョンに入っちゃうなんてツイてないわね」

「ボスダンジョン?」

「あら? もしかしてボスダンジョンははじめて?」

「初めてだけど……そもそもその存在を知らないんだが」

「うっそー、あんたほんとに冒険者? 何個ダンジョン踏破してきたのよ」

「ひとつだが」

「あははは! またまた! それじゃあタセフィ区に来た状態じゃない」

「……ほんとなんだけど」

「……マジ?」

「……うん」

「ご、ごめんごめん。冗談かと……」

苦笑いしつつアビーはぺこりと頭を下げる。

「たまにね、こんな風にネストの配置まで支配したボスがいるダンジョンがあるの。それがボスダンジョン。今回のは手下も使わずに一体で全て支配してるからまああまり賢いコではないわね」

「こんな罠使いこなしてるのに……」

「それとこれとは話が別よ。群れを作ったり眷属を使ったりする方が効率が良いのだもの。自力で全ての獲物をとるなんて、余程自信があるか、或いは余程欲張りかのどちらかよ」

「それもそうか」

「しかしですね、決して一体、とも限らんのですよ」

シゲルが横から声をかけてくる。

「どういうこと?」

「今回のボスは、おそらくワナグモ。ネストに設置された罠や、この糸の張り巡らされた巣からしても間違いないでしょう」

「ワナグモ……それは一体ではないの?」

「こやつが獲物を捕獲するのには理由があるのです」

「もしかして……」

「そう、獲物を苗床にするのです。卵を産み付け、産まれてきた子のエサにするという……」

「そんなの……許さないっ!」

カルアがギリリと歯を噛み締める。

「卵を産み付けられてしまっていては、救出しても予後が悪いでしょう……そうなる前になんとか助け出さなければ……」

「でも、巣に入ったのにそのワナグモってのは出てこないぜ?」

見回しても、広いドームのようになった巣には、ところどころに死体がぶら下がって揺れているのみだ。

「……もし、もし今、その最中だとしたら、それをするのはこんな開けた場所ではないのかもしれません」

シゲルが何かを見つめている。

「あそこ、やけにこんもりとした糸の束がありませんか? まるで繭のような……」

シゲルの示した場所を見ると、確かにそれは糸というよりは部屋のような空間になった繭に見える。

よく見ると、その中にはゆらゆらと影が揺れているような気がした。

「あの中か!」

俺たちはその繭に駆け寄り、中を覗き込んだ。

「……う……ぅ……」

その中にはフィーナがいた。

しかしその姿はまるでダルマのように頭と胴体だけしかなかった。

「フィーナ!」

「なんてこと……!」

「待って……糸で巻かれてる……それだけ」

どうやら手足を斬られたわけではないらしい。

まだ間に合ったか……。

だがフィーナの背後から、複数の目と手足を持つ大きな虫が現れた。これがシゲルの言っていたワナグモだろう。

「今からがお楽しみだったのに……。なぁに? あなたたち」

グロテスクな外見とは裏腹に、それは女性的な高い声で語り始めた。

「喋れんのかよ……」

「やぁん、三人も来てくれたのね! 歓迎するわ……!」

ワナグモが言い終わると、繭が閉じてしまった。

「しまった!」

「閉まったわよぉ? ふふふふ」

繭の広さは通常のネストより狭いくらいだ。こんな大部屋なのに結局こんな狭いところで戦わないとならないのか……!

「気をつけてください! 繭に触れたら捕らえられてしまうかもしれません!」

「仕方がない……待ってろフィーナ!」

完全に敵のフィールドでの戦いになってしまうが、俺は剣を抜いた。


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