モナが張り巡らせた糸は俺たちが今いるようなドーム状の繭になった。
こちらが触れるとまずいだろうが、中がしっかり見えるようにされている。プレイステージなどといっていたからには、今からしようとしていることをこちらに見せつける気なのだろう。
「さて……まずはこれをとらなきゃね」
脚の一本をフィーナに巻かれた糸に走らせると、おくるみのようになっていた繭がぱかりと開かれ、フィーナの肢体が露になる。
その状態でもフィーナは脱力しきっており動けそうになかった。
「うー……ぅ」
まるで赤子のように思考のままならない様子で言葉にならない声を上げているのみだ。
「フィーナ! 逃げて!」
「あー……」
フィーナはアビーの声を受けてちらりとそっちを見るも、理解した様子はない。
「かわいいわねぇ……こういう無垢な状態の子を穢すのって、すぅっごく……気持ち良いのよ」
モナは脚を器用に動かしながら、フィーナの服を脱がせる。
「なにしてんのあいつ!?」
「……良くないことよ。だから早く止めなきゃなのに……」
俺の質問には明確に答えずアビーは焦燥した表情を浮かべる。
「こうなったら……仕方ない……カルアが、この糸に飛び込む」
「何言ってんのよ!」
その発言をしたカルアは、無謀な顔つきではなかった。
「……お姉ちゃん、カルアの開けた穴から、あの中に入って。そしたら……あいつを倒せる」
「でっ、でも……そんなのあたし……」
「ううん、お姉ちゃんは……強いよ。あたしより、ずっと。だから……お姉ちゃんに頼みたいの」
「カルア……」
そうこうしているうちにもフィーナはどんどん脱がされていく。
「マークも……お願い。カルアが飛び込んだら、あいつの気を引いて。そしたら……お姉ちゃんがあいつを倒すから」
彼女は真剣な眼差しで俺を見つめる。
どうやろ本気らしい。
「……わかった」
「マーク!?」
「アビー! カルアがこう言ってるんだ。覚悟を決めるべきじゃないのか」
「…………そう、かもね」
ひとつ深呼吸をした後、アビーは片手を前に出すと、大きなメイスを顕現させる。
「うおっ! すごいな……」
「お姉ちゃんは、すごく強いの……。でも、戦うのは、嫌い……」
「やってやるわよ。あんたがここまで熱くなること、滅多にあることじゃないものね」
「……ありがと」
ふたりは今この時も服を剥かれているフィーナの方へ向き直る。
「絶対助けるから……」
「フィーナ! あんたもしっかりしなさいよね! あんたさえ普通に戻ってくれれば……」
……普通に?
「じゃあ……行くから」
俺が思考する間もなく、カルアが跳躍して繭に突っ込みその一角を突き崩す。
幾層もの糸が絡みついたカルアはそのまま動けなくなったが、大きく空いた隙間からアビーが繭の中に侵入する。
「あんたらッ! 観客がステージに上がっていいはずないだろ!」
途端にモナの怒号が飛んでくるが、それを無視してアビーはモナの方へ進む。
「そんな大振りの武器が当たるはずないでしょ? バカで困るわね〜ほんと」
「それはどうかな?」
「は?」
「そろそろ目ェ覚ませよ! フィーナ!」
「無駄よ。声掛けたくらいでこのコは目覚めない」
「ノーマライゼーション!」
俺は手を空にかざし、フィーナに向けてノーマライゼーションを発動する。
それを受けたフィーナが光に包まれた。
「なに!?」
「……こ、こんの〜! またオレ服ダメになっちゃってるじゃないですか〜!!」
正気を取り戻した様子のフィーナががしりとモナに組み付く。
「このコ……戻って……!?」
「あたしのこと、忘れた?」
「はッ!」
モナが振り向いたときにはもう遅かった。
振り向いた顔面ごと抉り取るようにアビーのメイスが薙ぎ払われた。そして直後、その身体を押し潰すように上から下へメイスは振り下ろされる。
モナは声を上げる間もなく破裂した。
「……ふう。慣れないわね、やっぱり」
メイスに粘り着いたモナの体液を眺めてアビーが嘆息する。
「フィー……ちゃん……無事?」
糸で動けない身体をうごうごさせながらカルアがフィーナに声をかける。
「オレは大丈夫……でも、カルちゃんが!」
「さっき……あいつは、脚で開けてた。多分、剣でも切れる」
「待ってろ!」
俺が剣を滑らせると糸はすっぱりと切れた。
意外とはったり地味た強度だったんだな……。
「ん……これで、動ける」
まだ服や身体にべたべたと糸はくっついているが、カルアは起き上がり動き出した。
「良かったぁ! カルちゃん無事でした!」
「……お前はその格好から自分の状況を察しろよ」
「ふぇ……あっあああぁぁあぁぁああ!!」
もう服が破れていたことも忘れていたらしい。慌てて両手で身体を隠しだした。
「マークは……見ないで」
「はいはい」
俺はカルアが開けたドームの隙間から出て距離を置いた。
「ご、ごめんなさいカルちゃん……。せっかく服、いただいたのに……」
「大丈夫……フィーちゃんに着て欲しい服、まだまだあるから」
「カルちゃ〜ん!」
べたべたなふたりは互いの身体に糸をくっつけあいながら抱擁する。
「これでボスも倒したわけだし、このダンジョンは踏破ね」
「はっ! そうなんですか!」
フィーナにとっては正気を失っている間に何かもが終わっていたことになるからな……。
「ようやくの踏破だけどこんな大人数だからな」
「関係ないわよ。みんながいたからこそ、ってのは誇らしいことであって恥じることでは無いわ」
「ふ……そうだな。あんなに戦いたがってなかったやつが一番活躍したわけだし」
「ちょっ! だからあたしはそんな野蛮じゃないんだからぁ!」
ようやく果たした踏破は、俺一人じゃ決してなし得なかったものだ。
でもこれこそが、俺に足りていなかったことだったのかもしれない。
誰かを護るんじゃない。共に協力し闘うこと。
それが身に染みてわかった。