魔導車から降りた俺たちは、マロンの村の門をくぐった。
『随分久しぶりに感じるな……一週間も経っていないはずなんだが……何故か五十日弱くらいここに来ていなかったような気がする……』
「気のせいですよそんなの!」
『そうかな……』
「そうです!」
なんかやけに力強いな……。
「ここがダンナの故郷ですか」
『あ、シゲル』
こいつはいつの間にか俺のスカーフの中に居着くようになっていて、普段見えないのにさらにわかりにくいのだ。
「へぇ、なかなか堅牢そうな街並みですねぇ」
シゲルはスカーフから出した顔を動かして村を見回す。
『街ではなかったんだが……今のこの村は確かに冒険者も多いし街みたいだよな』
「昔は違ったんですか?」
『俺のスキルで世界線ごと変えたんだ。その代償で俺はこんな身体になっちまったってわけだが……』
「流石ですねダンナは。そんな大事を身を張ってこなすなんて」
『偶然、たまたまさ。こんな風になるなんて知らなかったし、それに……やらなきゃみんな死んでたんだ』
「……厳しい世界ですよね、ほんと」
『だから今のこの村を見ると、少し安心するよ。もう俺の幼なじみたちはきっと無事でいられるってさ』
「その幼なじみの方たちも、感謝しているんでしょうね」
『はは、どうだろうな。俺が変えたなんて認識できていないわけだから』
「わかるよ」
『またまたぁ』
……ん?
『誰だ?』
俺が振り返ると、そこにはレベッカが立っていた。
『おーーっ! レベッカ!』
「マーク……久しぶりだね」
「レベッカさん! ただいま帰りました!」
「フィーナ。マークはしっかり働いてる?」
『あー、実はあんまり成果はあげられていない……』
「そんなことないじゃないですかぁ! ボスも倒しましたし!」
「ふぅん……マークはケンソンしてるんだ」
「そうです! ご主人様はすごいんですよ!」
『あ、あんまり持ち上げんでくれ……』
「ふふ、仲良さそうなのを見ると楽しいですね」
シゲルが俺のスカーフから顔を出して笑った。
「……待って、マーク。私のあげたスカーフに、なんかついてるよ……」
そう言うとレベッカは素早くシゲルをはたき落とした。
「うわわっ!」
『あー! レベッカ! そいつは俺たちの仲間だ!』
「……え?」
「へへ、どうも……」
シゲルは落とされて尚も悪態をつくこともなく挨拶する。
「す、すまない……てっきりなにかつけてきてしまったのかと……」
「いえいえ! お気になさらず!」
申し訳なさそうに頭を下げるレベッカだが、シゲルは軽く受け流す。
小さいくせにこいつが一番しっかりしてるよな……。
『そういえばレベッカはなぜここに?』
「マークの気配がしたから」
…………わ、わかるのか? そんなことが……。
「あ、そうだ! レベッカさん、今度ガレフに来ませんか?」
「え、なんで……?」
『実は俺、ガレフの中だけでは肉体を得られるようになったんだ』
「なにっ!?」
レベッカが一気に食いつく。
「それはどういうことだ! 詳しく教えてくれ!」
『実は……』
かくかくしかじかの事情を説明すると、レベッカはすごい顔をしながらフィーナを睨む。
「ず………ずるくない?」
「そう言われましても……」
「ていうかさぁ! なんで穴の中にそんな浮ついた場所があるの!? 私そこで待ってた方が良くない!?」
『そ、そう言われましても……』
「んー、でももしかするとあっちでもなにかできることがあるかもしれませんよ」
「じゃあ……い、いや。やっぱりだめだ」
「なぜですか?」
「私はこの村の人間だ。仲間だっている。マークは一時的にそこで戦っているだけだ。暮らすわけじゃない……だから、お前が帰ってくるのを、私は待っている」
『レベッカ……』
「女の子とばっか遊んだらだめなんだからね……!」
釘を刺されはしたがレベッカは以前ほど俺を独占してまで手中に収めていようとはしない様子だ。
『ガレフにはヒトに戻れる秘宝があるかもしれないんだ。だから、それを見つけるまでは……すまないな』
「そんなものがあるのか。……わかった。そうしたら、必ず私の許へ帰ってきてくれ。約束だ」
『あぁ、約束しよう』
お互いに誓い合い、俺たちは固く手を握った。
「おアツいですなぁ〜おふたりさん」
シゲルが俺の足をつつきながら茶化す。
「はは、よせやい」
でも俺は、この約束だけは守りたい。
世界が変わっても俺を守ってくれたこいつのことは、絶対に裏切れない。裏切りたくない。
『レベッカ。また俺の家でみんなに料理を作ってやってくれないか?』
「あぁ。構わない」
「いやぁ……ワタクシ、最後の晩餐は済ませたつもりだったんですがねぇ……」
『あ……そういえばお前のことルルーさんに紹介するんだったな。……昨日』
「オレが朝からいなくなってたからですよね……すみません……」
「いやいや! そのおかげで今もこうしてご一緒できているんです! むしろありがたいですよ!」
『でもルルーさんはまだこの村にいるはすだから、多分これが本当に最後の食事になるかもな』
「え……なんか私、責任重大じゃないか?」
『……レベッカ。とびっきりを頼むよ』
「えぇ……ていうかこんな小さい身体で食べられる量なんてほとんどないでしょうに……」
「自慢じゃないですけど、ワタクシ、少食です」
「自慢じゃないよほんとに……」
レベッカは困惑しながらも献立を考えてくれるらしく商店に寄ってから俺の家に行くことになった。