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シゲルとの別れ

「じゃあ、もう行くのか?」

みんなで楽しく食事をした後、結局そのまま全員でうちに泊まることになり朝を迎えた。

こんな風に集まったわけだが今日はみんなも学校があるし俺も働かなければならない。

早々に支度を済ませてルルーさんのいる宿へ向かうことに決めていた。

『また来るからさ。良い報告ができるといいけど』

「やれるさ。お前なら」

『ありがとな』

引き止められることも考えてはいたが、レベッカは思いのほかあっさりと俺を送り出してくれるらしい。

「あっさりしてるけどこいつ〜、昨日の夜大変だったんだからなぁ」

「お、おまっ!」

レベッカはフレイの口を慌てて塞ごうとする。

しかし笑いながら逃げていくフレイはなかなか捕まらず、諦めたレベッカは嘆息しながら俺に向き直る。

「……無理はするなよ。いつでも帰ってこい」

『うん。レベッカもな。寂しくなったらいつでも言えよ』

「ちがうからぁ!」



名残惜しい気持ちもあったが、俺たちは家を出る。

そして向かう先にはさらに名残惜しい想いが待つのだが……。

『なぁシゲル。ヒトを見てみてどうだった?』

「うぅん、思ったより怖い生き物じゃないんですね」

『……やっていけそうか?』

「今から会うヒトがどんな人かってのにもよりますけどね」

そう言ってシゲルは笑った。

『よし、じゃあ……行こう』

短い付き合いだが、こいつには何度も恩を受けた。

俺がこいつに与えたことよりよっぽどに。

だからこそ後ろ髪を引かれる思いはあるが……こいつは平穏を望んでいるはずだ。ダンジョンに連れ回すわけにもいかない。

別れる覚悟を決めて宿屋へと向かった。



『ルルーさん、いますか?』

フィーナには外で待っていてもらい、ルルーさんが泊まっているはずの宿屋の客室へ向かいノックする。

数秒の間を置いて鍵の開く音がした。

「どうぞ」

その声はルルーさんのものではなかった。

おそらくジェイクが鍵を開けたのだろう。

『失礼します』

ゆっくりとドアを開くと、そこにはジェイクが立っていた。

「お久しぶりですね。マークさん」

『こっちこそ! ルルーさんお前のこと連れてきてくれないんだもんなぁ』

「僕がガレフに行っても足でまといになりますから……」

ジェイクは目線を逸らしながら苦笑する。

『そんなことないだろうになぁ。俺なんてまだ一回しか踏破できてないし』

「誇らしげに言うことですか?」

部屋の奥からルルーさんが歩いてきて俺に正論を投げかける。

『う……すみません』

「それで、話というのは?」

『こいつのことです』

俺のスカーフの中にいるシゲルに出るように促す。

「ど、どうも……」

「なっ!」

ルルーさんが驚いた声を上げる。

「ま、魔法生物ですか! しかも人語を解するようですね!」

ルルーさんは興奮気味にシゲルを眺めている。

『サンプルウィードって種族です』

「シゲルと申します。今後ともよろしくお願いします……」

「シゲルさん! サンプルウィードは擬態がうまいらしいですね! それ故にあまりサンプルがなかったわけですよ。あ、別にシャレじゃないですからね、ふふ」

どうやら喜んでいるらしく、テンションが上がっている……。

「それで、シゲルさんを私共に寄贈していただけるのですか?」

『寄贈って言い方は少し……シゲルをアンシェローの一員にしていただきたいです』

「アンシェローの……?」

ルルーさんは怪訝そうな顔をする。

『不躾ながら、彼の面倒を見て欲しいのです。俺自体成果を上げられていないのに失礼な願いだとはわかっています……。でも、彼は俺とフィーナを助けてくれた。その知識や技能は十分に役に立つでしょう』

「……詳しく聞きましょうか」

どうやら研究サンプルとしての提出だと思っていたらしく、顔つきの変わったルルーさんが黙って俺の話を聞き始める。



「……異常個体のサンプルウィード、それをあなたが元に戻したと」

『はい。それでシゲルは俺とともに行くことになり、その先々で助けてくれたのです』

「異常個体の研究もしたかったのですが……」

『それは諦めてください』

ルルーさんは露骨に残念そうに肩を落とした。

「まぁ……それでもサンプルウィードの技能というのものは気になります。少し見せてもらっても?」

「わかりました」

そう言うと、シゲルは消えた。

『うぉ……やっぱりすごいな』

「ふむ……なかなかやりますね」

そう言いつつルルーさんはその手にシゲルを持ち上げていた。

『はっ?』

「いや、すごいですよ。私でさえ目の前で宣言されて使われなければ見つけられないくらいに」

『だ、だって完全擬態ですよ! 見えるはずが……』

「そうです……パーフェクトフィクションは……パーフェクトだからパーフェクトフィクションなのに……」

「完全擬態ですか。確かに完全に近いですが、近いだけです。認知に干渉する相手と戦ったこともありますが、彼は私の記憶ごと改竄してきましたからね。その時から私は、より違和感を疑うことを学びました」

「パーフェクトフィクションは……そのチカラには及ばないと……?」

「そうは言っていません。この完全擬態もポテンシャルがあります。例えばそう……暗殺とか」

「ひぃっ!」

「ふふ、冗談ですよ。あなたが争いを好まないのはよくわかりました。……とはいえ、密偵くらいの役割は果たしてもらうことになりますが……それでもアンシェローの一員になることを選びますか?」

「も、もちろんです! ワタクシのような魔法生物の加入が許されるのならば!」

「……覚悟は十分のようですね」

「ダンナと話したんです。ワタクシは外の世界を、ダンナはガレフを見に行くって。その時ワタクシは、狭いネストの茂みで終わるはずだった命を、ダンナやその周りの者たちのために使うんだと決めました。ですから……!」

「いいでしょう。入隊を認めます」

「……!!」

『良かったなぁシゲル!』

「はいっ……!」

シゲルは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「それではシゲルさんは本部へ連れて行くことになりますが……よろしいですか?」

『しっかり済ませたよ。な?』

「はい! お世話になりました!」

『こちらがな……向こうにいっても元気でな』

「ダンナこそ、死んじゃだめですからね」

『それはわかんないなぁ』

「嘘でもはいって言ってくださいよ〜!」

何気ない会話だが、これで最後かと思うと、少し寂しくなってくる。

「……では、入隊の手続きやらなんやらを行いますので、シゲルさんは検査にご協力ください。これより魔導車を用意して同行していただきますので、ここで彼とはお別れです」

『……シゲル。また会おうぜ』

「はい……必ず!」

シゲルの熱い言葉を受け取った俺は、それが冷めないうちに部屋を出た。

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