道を引き返して再びさっきの分かれ道に戻ってきた。
今度は行かなかった方の通路へ進む。
「さぁ何が出るか……」
『ネストはこの先五つあるみたい』
「先は長いな」
まず一つ目のネストに行き当たった。
その中央には盛り上がった地形があり、小島のようになっている。
その小島は苔で覆われており、休憩するにはちょうど良さそうな雰囲気だ。
「お、なんか座りやすそう」
「足許どろどろで疲れちゃいました〜」
そう言ってフィーナがその小島にどすんと腰掛けた。
「はぁ〜なんか座り心地良いですこれぇ。もにゅっとしてて……」
……もにゅ?
「おい、土じゃないのか?」
「そういえば……なんか感触が柔らかいんですよね。ほんのり生暖かくて……きもちいですね!」
それはよかった……と言いたいところだが違和感が強い。
こんな湿地帯に温泉があって、その熱が伝わってるなら暖かい可能性もあるが、そんな様子でもない。
実際ここら辺の泥は湯気も立っちゃいない。
よく目を凝らしてフィーナの座っている小島を見てみると、なんとなく上下に脈動している感じもする……。
「……フィーナ、それ多分、魔法生物だ」
「ええぇぇぇええっ!?」
俺はこっそり伝えたのにフィーナは叫びながら飛び退く。
その声のせいか、小島が大きく震えたかと思うと上に迫り上がる。
そしてそれが魔法生物であることが明確になった。
むくりと起き上がったそれは、苔むした背を持つ大きな両生類だった。
「デカ過ぎんだろ……」
地面に二足を据えて直立したそれは、四、五メートルはあろうかという巨体だった。
『出ましたアイラントード! おっきいねぇ!』
「大きいってマジで! こんなん潰されたら終わりだろ!」
「だからあんまり潰されるような位置に行かないでね」
「えぇ……」
「見て。手足はあまり大きくないから、基本的にのしかかることしかできなさそう」
「確かに……」
マイマイの言う通り、アイラントードの手足は、その身体と比較するとあまりにも小さい。地面に手を打ち付けようものなら身体ごと地面に倒れ込んでしまうだろう。
「逆に言えば……倒れた時がチャンスかもねぇ」
『そ……そう! 倒れた時を狙うといいね!』
これマイマイがいればいいんじゃないか……?
まぁマイマイ自体は彼女の斡旋で来ているからこれもセット料金って感じかな。
『あ、今私のこと使えないって思ったでしょ!』
「な、なんだよいきなり……」
「そうですよ。ナビしてくれるユーリさんが使えないわけないじゃないですか!」
『それならいいケド……』
表情に出てたかもしれない。ナイスフォローだフィーナ。
「じゃあアイラントードへの有効打、何かないか?」
『えっと…………』
しばらくミュートっぽい感じになった。
「マークさん、くるよ!」
返答を待つ間にもアイラントードは迫り来る。
両脚にチカラを入れている様子だ。
「ま、まさか跳ぶのか!?」
「カエルっぽいから有り得るかも」
そしてアイラントードの両脚は地面から離れる。
……五センチほど。
ほんの少しだけ前進したまま倒れ込み、苔むした背中が露になる。
「……い、今だー!」
俺たちは背に飛び乗り何度も剣を突き刺した。
「グェグェコォッ!」
鈍い声を上げながらアイラントードが身をよじる。
「なんかこの倒し方って……ヒップドロップとかしたくなるねぇ」
「な、なんですかそれっ!?」
「マイマイは軽いから無理だけどね」
じゃあ俺ならどうか? と思ったが、アイラントードは体勢を立て直し直立してしまった。
後ろに倒れ込まれたら厄介なので俺たちは背から飛び退いた。
『みんなー! そいつの足はなんか弱そうでしょ? そこを狙ってバランス崩させたらどうかなぁ?』
やっとお返事がきた。
「でもどうしようかぁ?」
「ここは俺に任せてくれ!」
俺は首輪のボタンを押す。
「なんか久しぶりですねぇ!」
「言うな!」
人狼形態へと変身した。
「おお〜! そんなこともできるんだ!」
「オレもできますよ! でもやると子どもになっちゃうんですけどね」
「え〜かわいい〜」
「おらァ!」
ほんわかおしゃべりしている場合じゃない!
俺はアイラントードに向かって組み付く。
この姿は二〜三メートルの体躯なので、身長差は否めない。だがしかし、こいつのこの細足には絡みやすいってものだ。
組み付いた姿勢から足払いをかけ後ろに押す。
するとあっさりとアイラントードは足をもつれさせ、前方に倒れ込んだ。
「ここで……跳ぶ!」
さっきのマイマイの話をヒントに、俺は高く跳躍して背中の真上に跳び上がる。
そして全体重をかけて真下に向かって拳を打ち込んだ。
「ゲ……!!!」
悲鳴にもならない声を上げてもがいた後、アイラントードは動かなくなった。
「……なんか、少しやりすぎたかな」
「気にしない方がいいよぉ。攻撃してくるなら全部敵だから」
「でも初めにこいつの寝てるところを邪魔したのは……」
「マークさん、ここの魔法生物はね、確かに良い子もいるよ。でもだからって何も倒さないで進むなんてことはできない。マイマイも仲良くできるならそうしたいよ。でもそううまくいかないんだよね……」
マイマイは少し悲しそうな顔をした。
「全部背負う必要はないよ。でも、弱い者いじめは、だめだからね!」
「ありがとうマイマイ。確かに俺たちがやってるのは蹂躙ではないものな……」
「うんうん!」
マイマイはにっこりと笑う。
「あ、見てこれ! 宝箱〜!」
アイラントードの傍らにはいつの間にか木箱が置いてあった。
「中身は……」
箱を開けようとして自分の身体がまだ不必要に大きかったことに気づく。
「ノーマライゼーション!」
身体はもとの人型形態に戻った。
「お〜便利!」
「子どもになるデバフなしで使えるんだよこれ」
「やるじゃんマークさ〜ん」
「ま……地味な能力ではあるけどな」
俺は宝箱の方へ向き直った。
「中身は……」
箱を開くと、その中にはアイラントードの形の楽器が入っていた。
「ナニコレ……」
「ギロじゃない?」
さらに知らない。
でもまぁ一応もらっておこう。
こういった恩恵を受けておきながら死を嘆くのは傲慢だ。
気を引き締めつつネストを後にした。