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ファンタズマ・ロード

「へぇ〜……あの幻覚を破れる者がいるとはねぇ……」

突然目の前にヒト型の魔法生物が現れる。

──否、おそらくずっとそこにいたんだろう。

その生物の皮膚は紫がかっているためヒトではないのだろう。亜人の系統の魔法生物だ。

手元に短刀を持っているのを見ると、俺がノーマライゼーションを使って意識を取り戻したことで間一髪その襲撃を免れたといったところか。

周りを見るとそこは若干の生活感のある大きな部屋だった。こいつはここで暮らしているのか……?

見たところフィーナとマイマイもいるが、ふたりとも焦点の合っていない目でうろうろと歩き回っていた。

「ふたりに何をした!」

「ふたりって……君にもしてたんだけどね」

警戒するような目で俺を観察しながらそいつは言う。

「……それで? 一体どうやって逃れたの? 後学のために教えて欲しいんだけど」

「教えるかっての!」

底のしれないやつだ。

どこか知的な印象を感じさせるが、俺たちを襲ったことには変わりない。

それに後ろの方には俺たちが入ってきた扉が見えた。

紛れもなくここはボスのネストなのだ。

「お前がここのボスだろ?」

「ボスだなんて……野蛮だよね。僕はファズ。ここまでたどり着くなんて、なかなかやるじゃん。それに僕の幻惑すら断ち切るなんて……」

ファズは余裕そうに拍手しながら俺を軽く褒める。

「……でも、ここまで来たってことは……そういうことでしょ?」

拍手を止めたファズは、キッとこちらを睨む。

「ファズ? お前もしかして、戦うのは嫌いか?」

「……バカにするな。幻影に逃げて不意打ちする卑怯者だと思ったんだろう……!」

苛立ったような口調で彼はそう言った。

「いや、そういう意味じゃ……」

「問答無用だ。今見せてやる」

そう言うとファズは、手を高く上げる。

「これは幻想だと……思うかい?」

彼の頭上にはずらりと大量の剣が並んだ。

「お、おいおい……」

「味わってみるといいさ!」

彼が手を前に出して叫ぶと、剣は一斉にこちらを向いた。

そして拳を握りしめる動作をすると、剣がこちらに飛ぶチカラを溜めているようなオーラをまとい始めた。

この感じは幻想なんかじゃないだろ!

なんとか避ける手段は……。

周囲を見回しても、役に立ちそうなものはない。

『大丈夫だよ!』

急にノーフから通信が入る。

「あ、ユーリお前か」

『どうやら通信が妨害されてたみたいだけど、マークさんの魔法の影響で解けたみたいなんだ。あいつは気づいてないみたいだけどね』

「そうか……それで、何が大丈夫なんだ?今にもあの剣は飛んできそうなんだが……」

『多分なんだけど〜、あのファズってやつの能力は、超音波かなんかを発して視界やら聴覚やらを操作してる感じなんだよね』

「じゃああれはホンモノじゃないってこと?」

『うん』

もう一度宙に浮く剣を見るが、それはどう見てもホンモノにしか見えない。

「……いやいやいや。当たったら大変だよ」

『存在しないんだもん。当たらないよ』

「なんで言い切れるんだよ」

『だってこっちからは見えないもん』

その言葉が本当なら、あれが幻であることは確実だろう。

「……マジ?」

『うん。ファズの上には何もない。チカラを溜めてるみたいな動作してるけどなんにもないんだよ』

じゃああれは盛大なはったりってこと?

でもそんなの当たったらバレるじゃん。

「何をぶつくさ言っている? 辞世の句でも読んでいたのか?」

ファズはにやりと笑いながらこちらに問いかける。

ユーリとの通信がバレたら再び妨害されるかもしれない。ここはなんとしても凌がなければ……。

「や……やめてくれ! そんな剣を一斉に打ち出されたら避けられるはずがない!」

「ほう? 命乞いするんだね。もう少しマシな相手かと思ったんだけどなぁ」

ファズは冷酷な笑みを浮かべる。

「じゃあこれでおしまいにしようか!」

なんか剣飛ばしてくる気満々なんだけどー! これほんとに大丈夫なの!?

『大丈夫! 絶対にニセモノだから!』

……そうだ。もし、こいつがニセモノだったら?

万が一にでも避けないように、あいつがユーリの声を操作しているのかも……。

『疑ったらだめだよ』

俺の疑心を見透かしたようにユーリが言う。

『こいつは幻想で相手を支配する、ファンタズマ・ロード。幻想で心を折った相手を支配するんだよ。だから、心で負けちゃダメ! 恐れちゃダメなんだよ!』

ユーリは必死で俺に説明する。

それを少しでも疑った自分が恥ずかしい……。

「悪い、ユーリ。お前を信じるよ」

『……うんっ!』

「さぁ、受けてみろっ!」

ファズは遂に溜めに溜めた剣のチカラを解き放って前方に射出した!

ものすごいスピードで大量の剣が俺の許へと飛んできた。

「信じる……信じるんだ!」

恐れない。こんな幾千の剣なんかよりも、仲間の言葉を信じる。

迫り来る剣の群れを前に、俺はそっと目を閉じた。

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