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ファズの幻想石

瞬きをする間に、俺たちはタセフィ区の平原に立っていた。

「……はっ! ここは!?」

隣でフィーナが声を上げる。

「お目覚めか?」

「え、ここは……タセフィ区?」

「もう終わったんだよ」

「しっ……信じませんよっ! さっきあんなことしておいて!」

急にフィーナが俺から距離をとる。

「ちょっと……」

「本当のご主人様はどこですか! 返してくださいよっ!」

「落ち着けって。ここは現実だよ」

俺が近づこうとするとフィーナは身を縮める。

「きゃあぁ! 助けてご主人様ぁ!」

「ナっちゃん。ここは現実だよ」

マイマイが歩み寄って来てフィーナに声をかけた。

「マイマイさんだってニセモノじゃないですか!」

そのマイマイにすら怯えてしまっている。

幻想の中でひどいことされたのかな……?

「マイマイはわかるよ。画面のノイズが晴れたし……じゃなくて、ユーリィにおしえてもらったから。ね〜」

『そうだよっ! マークさんの活躍によってボス戦は無事に終えられたのだ!』

どうやらマイマイには事情が伝えられているらしい。

狼狽えていてもおかしくない状況だったはずだが、流石だな。

「俺の事、まだ信じられないか?」

「……ず、ずるいです……さっきだってそう言って……うぅ……」

「幻想の俺が何をしたかはわからないが……本当に全部終わったんだ。ほら、なんでもしてやるから。言ってみろ」

「な、なんでも……? 今、なんでもって言いましたよね?」

「お、おう」

「じゃあ! ホンモノなら! オレを抱きしめてください!」

ホンモノの俺、そんなことしたかなー!?

「お、おい流石に……」

「あーニセモノ! ニセモノニセモノ!」

癇癪を起こしそうな勢いで騒ぎ始めたので仕方がない……俺はフィーナにそっと近づくと、軽く腕を回した。

「こ……これでいいか?」

「あ、ご主人様だぁ……」

フィーナは満足そうな顔で俺を抱き寄せると、より強く抱き締めた。

「や、やめろって! わかっただろ!」

「わかったからですよぉ〜怖かったんですからぁ〜」

「……ふたりって、そーいう関係?」

マイマイはその様子をじっと見ていた。

「違うから! お前も離れろって」

「もうおしまいですかぁ……」

残念そうにフィーナは俺から離れる。

「じゃあ、これで踏破ってことだよね?」

「そうだな」

「ってことはまたオレ気づかないうちに終わってるんですか? ほんとに役に立ててないなぁ……」

フィーナは落胆した様子で溜息を吐いた。

「あまり気にするなよ。まだまだ機会はある」

「そうですけど〜」

やはり納得はいかなそうだ。

「そういえばボスの撃破報酬は?」

マイマイが思い出したように周囲を見回す。

「撃破……はしてないんだけどな」

「え、そうなの?」

『あぁ、そうそう。マークさんはボスを納得させて戦いを終えたんだよ』

「おぉ……博愛マインドの継承者よ」

「なんだよそれ……」

「でも多分、それが報酬なんじゃないかな?」

マイマイが示した先には、ひとつだけ小さな箱が置いてあった。

「気づかなかったな……開けてみるか」

手のひらに収まりそうな程の小さな箱だが、拾い上げてみると少し重たさを感じる。

箱を開けてみると、中には吸い込まれそうな色合いの宝石がついたブローチが入っていた。

「うわ、高そう」

「ノーフでスキャンしてみようよ」

マイマイの言う通りにそのブローチを見てみた。

「ファズの幻想石……か」

「ファズ?」

「あぁ、さっきのボス」

「へぇ! ドラジェちゃんのリボンみたいな感じなんだ!」

「ドラジェちゃん?」

「あぁ、マイマイのリボンをくれたボスだよ」

ボスから割ともらえるんだな。……でもモナからはもらえなかった。撃破してしまうともらえないのかもしれないな。

「効果見ようよ効果」

促されるままに効果を見てみる。

「えっと……持ち主の姿を変えることができ……」

そこまで読んで、俺は絶句した。

「……どしたん?」

「ご、ご主人様……!」

フィーナも気づいたらしく、震える声でこちらを見つめる。

「なになに? ふたりしてさ」

「これは、俺が求めていたものかもしれないんだ!」

「お〜おめでと〜」

「……効果の続きを読んでなかった。持ち主の姿を変えることができる……ただしそれは幻想であるため貯めた魔素に対応した時間しか変身できない……ただし、変身は幻想といえども使用者、周囲の対象ともに五感に作用するためおよそ完全なものと認識される」

「時間の制限があるんですね……」

「でもこれなら俺はニンゲンに戻ることができる! 完全じゃないけど……レベッカと一緒に過ごすことができる……!」

「……レベッカ?」

「俺の幼なじみだ。ニンゲンに戻ったら、俺は村でレベッカと……って何言ってんだ俺は……」

「にへ。そーいうこと。こんなかわいい子が近くにいるのにねぇ〜」

「そ、そうですよね!」

「それに関しては……俺も惜しいとは思ってるよ」

「え〜ほんとですか〜? 別にオレはいつでもいいんですよ〜?」

フィーナはぐいぐいと身体を押し付けてくる。

「調子の良いヤツだ」

「でもそんな強力なアイテムじゃ、お高いんじゃないですか?」

フィーナが幻想石のブローチを覗き込みながら言う。

「あ、多分これは価値がつかないよ」

マイマイがきっぱりと答えた。

「マイマイのリボンもそーなの。価値がつかないから無料だと思っていいんじゃないかな」

「……価値がつけられない、ってことだよな。無料どころかとんでもない価格だろ本当は……」

『そういうルールだからいいよ。もらっちゃって』

「いいのか……」 

少し申し訳ない……払う金額が少なくなってしまうものな。

「あ、じゃあ今回出たあのオパールのブローチと……ギロ? ってのもそのまま渡すよ」

『えーいいの? じゃあもらっちゃうよ? ……あ、でもそのギロはいらないかな。なんか呪われそうだし……』

ギロは受け取ってもらえないようだ……。

「でもこの幻想石が使えたら……俺、もう冒険する理由が無くなっちゃうよな」

「あ……」

そうだ。俺がここにいるのは、ヒトに戻るための秘宝を探すため。そしてこの秘宝は、事実上ヒトに戻ることができるというのだ。

だったら、もう俺は命を賭けてここにいる必要は……。

『あ、そろそろいい時間だし、一旦解散にしようか。マイマイちゃんもそろそろ帰らないとならなくて……』

思案していると、ユーリが解散を促してきた。

「あ、ごめん」

「ううん、楽しかったよ〜。マークさん、願いが叶うといいね」

マイマイは明るく笑うと、転移魔法で消えていった。

「じゃあ報酬の支払いは……」

『この後酒場に来てよ! 打ち上げしよー!』

「あ、うん……じゃ行こうかフィーナ」

「はい! ……ご主人様、これが最後になっても、オレは構いませんからね……」

フィーナは大きな返事のあとに小さく何かを呟いた。

「ん?」

「なんでもないです! おなかぺこぺこです! 行きましょ〜!」 

そう言うとギルドの方へと走っていってしまった。

「早いな。腹は減ったけど……」

悲願ともいえる秘宝が手に入った。手に入ってしまった。

でもそんな実感も湧かない今は、ただ腹が減った事実だけが信じられる。

鳴く腹を抑えながら、フィーナの後に続くようにギルドへと向かって歩き出した。

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