「じゃあまた、もし依頼があったら呼んでね」
食事を終えた俺たちは、酒場で解散することになった。
「本当にありがとう。また会おうぜ」
「うん! じゃあね〜」
手を振りながらユーリは酒場から出て行った。
「……さて、じゃあ俺たちも宿の部屋に行くか」
「あのっ……ご主人様」
フィーナが宿へ向かう階段を昇り始めた俺の背に声をかける。
「や、やっぱりなんでもないです……」
だが彼女は出しかけた言葉を引っ込める。
「なんだよ。気になるじゃん」
昇るのを一旦やめてフィーナの方へ向き直った。
「オレ……役に立てましたか?」
「何言ってんだよ。当たり前だろ?」
「でも! 思い返しても、迷惑かけてばかりだった気がして……オレ、恩なんて、全く返せてないのに……それなのにもう……終わりなんて……」
ボロボロ涙を落としながら泣き始める。
「ここ階段だから……」
「関係ないでずっ!」
「どうしたの一体」
「アビーさんっ! オ、オレ……なんにもできてない……」
「あぁ、そういうこと」
泣きついてきたフィーナを撫でながらアビーは即座に理解した様子だった。
「確かにそうよねぇ。あんた、ボスダンジョンにハマって食べられかけたし」
「なっ! そ、それ今言います!?」
「でもあれがなかったらマークはボスダンジョンに行けてなかったのよ」
「う……」
「偶然だったとはいえ、あんたがいなきゃたどり着けなかった。それだけじゃないよ。あんたの明るさと従順さが、どれだけマークを助けてたか、思い返してもわからない?」
「そ……そんなこと……」
「あるんだよ」
俺はフィーナの肩を抱く。
「この旅は、お前がいなきゃ無理だった。お前が村を護ってくれてなかったら、始まってもいなかったしな」
「それじゃあ……それじゃあオレ……もう、ご主人様に返し終えちゃったってことになるじゃないですか……!」
「はぁ?」
「何言ってんのよ。あんたらの関係は恩を返したら終わりなの?」
「心外だなぁフィーナ。お前はそんなドライな関係だと思ってたのか」
「ち、違……あうぅ……」
もはやフィーナに反論の余地は無い。
俺たちは旅を終えても、切れることのない縁で結ばれているのだ。
「……じゃあ、カルアと……けっこん、してくれるんだよね?」
カルアまでやってきて、フィーナの袖を掴む。
「あっ! そ……それはですね……」
「どーなのよ? あんたがその気ならいつでもこの店に来てもらうけど?」
「……ふんす」
「ちょっと待ってくださいよ〜気が早いというかぁ」
「そ……そうかな……カルア、あんまりわかんなくて……」
「早くないわよ! あたしが保証する!」
「アビーさんはあんまりあてにならないんですけどっ!」
「はは。お前の方は安心して任せられそうだな」
「えへへ。オレも……甘えちゃっていいんですかね」
意外にも満更でもなさそうな顔でフィーナがこちらを見た。
「いいと思うぞ。お前だってよくわかったろ。こいつらは、純粋な善意でお前を迎え入れてくれる。騙されることもなければ裏切られることもない。お前が望んでいた安息の場所だよ」
「……そうですよね。オレ、やっぱり幸せ者です……!」
感極まったようにフィーナはまた泣き出してしまった。
「じゃあ、明日は最後の挨拶行ってきなさいよ。そしたら……」
「はい。……ご主人様、その時は」
「……うん。そうだな」
皆、言葉には出さないが、迫り来る別れについてよくわかっていた。
「……よし! じゃあ明日に備えて寝るとしよう! お前らもありがとな!」
辛気臭い空気を振り払うように解散を促した。
「そうね! 寝坊したらカッコがつかないもんね〜!」
「……しっかり眠ってね」
「おうよ! じゃあまた明日な!」
「おやすみ、カルちゃん、アビーさん!」
俺たちは宿へと上がって行った。
「ふぅ……疲れたな、今日は」
身体の汚れを洗い流してベッドに横たわると、急激に疲れが押し寄せてくる。
普通の暮らしをしていた俺が、決して経験するようなことがない冒険を死んでからこんなにするなんて……夢にも思いはしなかった。
でも、そういえば……"使命"って、なんだったんだろうな。
これで……いいのかな……。
そんなことをぼんやり考えているうちに、疲れた身体は俺の意識を眠りの中へと引きずり込んでいった。