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変幻自在

「おはようございますっ!」

目を覚ました時、フィーナはいつものような明るさで俺に挨拶してくれた。

「おはよう、フィーナ」

ベッドからこの朗らかな従者に挨拶を返すのは、最後になるのかもしれない。

そう思いつつも、それを悟られないようにいつも通りの挨拶を返した。

「見てください外! いい天気ですよー!」

……地下だからその景色も幻なんですけどね。

でもそれは地上のものと何ら見分けがつかない程の朝の陽射しである。

魔素によって生み出された幻がこれほどまでに精巧なものなのだから、幻想石によって人間の姿を模すことなど造作もないことなのかもしれない。

「……そういえば、使ってはいなかったな」

効果を読み上げはしたが、結局その石の効果を確かめることはしていなかった。

説明によれば姿を変えるのだから、何にでもなれるのかもしれない。

問題はそのコスパだ。

一日のうちどれだけの時間を人間の姿で過ごせるのか。

また魔素の補充はどうする?

石が壊れる可能性は?

いくつかの疑念はあるが、しかしそれも確かめてみれば良いだけだ。

「じゃあ使ってみるかな」

「あ! もしかしてその石、使うんですか?」

フィーナが気になった様子でこちらに寄ってきた。

「やっぱ効果を確かめないで浮かれるのもどうかなって。朝の支度したら使ってみるか」

「楽しみですね! うまくいけばいいです!」

寝間着から着替えて軽く食事を摂ってから、俺は幻想石を見つめた。

「……まず、どうやって使う?」

綺麗な石のついたブローチ……普通につければいいのかな?

とりあえず胸につけてみた。

「…………」

しかしなにもおこらなかった!

「なにこれ」

「ご主人様、何かになりたいって念じました?」

「あぁ、そうか。はは、そうだよな」

「あはは。何にも念じてなかったんですね」

「そうそう。はは」

あれ? なんか今出した声、高かったような……。

「あっ! ご、ご主人様! 姿が!」

「な、なになに? なんか変だよね声が? ……っていうか聞いた事ある声だぞ」

「そりゃそうですよ! だってその姿!」

姿見の方へ行ってみると、そこには俺が一番よく知っている顔があった。

「これ……フィーナじゃないか!」

「なっ……なんでオレになってるんですかぁ!」

「ご、誤解するなよ! 別にお前になりたいって念じたわけじゃないし!」

「その身体、あんまり見ないでくださいよ……恥ずかしいので……」

そう言われると意識してしまう……。肥大化した胸の間を上から見下ろすだけで心臓が跳ねそうだ……。

「ちょっと! 今どこ見ました!? ソコは見ちゃダメなとこなんですからね!」

「み、みてねーし!」

「見ました!」

「……ご、ごめん」

「はやくもとに戻ってくださいよぉ!」

「そんなこと言っても戻り方わかんないし……」

その時、扉を叩く音が聞こえた。

「……どうか、した? フィーちゃんがさけぶ声が……した」

この声はカルアだろう。外に声が漏れていたらしく声をかけられてしまった。

「あぁ〜……カルちゃん。その、なんでもないよぉ」

「なんでもなくはないだろ」

「ちょっと! 今は静かにしててください……っ!」

「え? フィーちゃん……なんか自分でツッコんでる……?」

「違くて! その……」

「もういいんじゃね? 開けるぞ」

「あっ!」

部屋のドアを開けると、心配そうな顔をしたカルアがドアの前に立っていた。

「あ、フィーちゃん……と……フィーちゃん!?」

途端にカルアの顔は驚いたものに変わる。

「ややこしくなるじゃないですかぁ!」

「そんなこと言ったってしょーがないじゃないですかー」

「な、何言ってんですかぁ!」

「だから言ったじゃないですかー!」

「ちょ……もう、わけわかんないことしないでください!」

「こんとんじょのいこー!」

「……このふざけてる方が、マークだね?」

カルアが冷たい目で俺を見ながらがしりと腕を掴む。

「ひっ!」

「もう! 知りませんよご主人様!」

「まてまてまて! 俺が悪かった! な?」

「……説明、して」

「例の秘宝だよ。それを試しに使ってみたらフィーナになっちゃったんだ」

「へぇ……貸して、くれる?」

「カルちゃん何に使うつもりなの……?」

「でも……ほんとに見分けはつかない……行動ですぐにわかるけど」

「だろ? これを使えば俺ももとに戻れるだろうな。ただ、使い方がいまいちわからないんだけど」

「まずもとに戻るにはどうすれば良いかを探さないとですね……」

「フィーちゃんが……ふたり。それも、それで……」

「いやダメですよっ? 片方はご主人様なんですから!」

「……カルアがマークに触られるのは、イヤなの?」

「そ、そういう意味じゃないですよ? ただオレはその……」

「はいもうじゃあとりあえずノーマライゼーションかけるぞ。確実だろ」

「あ、そうでした。それなら絶対大丈夫ですね」

「ノーマライゼーション!」

というわけで俺は元の姿に戻った。

「でもこれ実際どう使えばいいんだ? 目の前の対象に変身しちゃうのかな?」

「詳しい説明は書いてないんですよね?」

「うん……書いてないんだよな」

「……詳しい人、いないの?」

「そんなの……いる」

「いますか?」

「アミィー!」

「はいは〜い!」

ぼふんとアミィが現れる。

「ほんとに出た」

「呼ばれて飛び出てアミィちゃんだからね!」

それはやめろ。

「忙しい中来てくれてありがとな。それで、この幻想石の使い方を教えて欲しいんだけど……」

「いいよいいよ。素直に訊いてくれるならちゃんと答えるからね」

「……あれ、なんかご主人様、この子に甘くなってません?」

「あぁ、俺が悪かったんだよ」

「んっふふ〜。マークくんはもうボクのモノってことだよ」

「それは言い過ぎですよ! そうですよね!」

「半分くらい間違ってないかもなぁ」

「そうなんですか!?」

思い返せば恩ばかりだよ。ガレフに冒険者を集めてるのもこいつだし魔法生物の暴走を抑えてるのもこいつだし転移魔法を管理してるのもこいつなんだぞ……。

「ま、そんな感謝されるようなこともしてないし〜、ボクにはフツーに接してくれていいんだからねっ」

大した奴だ……。

「それで? 幻想石の使い方だよね。結論から言うと、この幻想石で元の姿に戻ることは〜……」

「ごくり……」

「できます」

「おおぉ!」

こいつが言い切るってことはもう確定ってことだ!

「よかったぁ。じゃあ俺もう帰れるんだ」

「おめでとうマークくん。キミはお目当ての秘宝を手に入れたわけだ!」

「お前が協力してくれたとかではない?」

「たまたまだよこれ。ファズくんだって撃破されてたらこれ落としてなかったしね」

「本当に運が良かったんだな」

「或いは、キミの優しさのおかげかな?」

「よ、よせやい」

なんだか急に照れくさくなった。

「使い方は? なんか勝手にフィーナになっちゃったんだけど」

「集中しないとダメだよ。目を閉じて、思い浮かべるんだ。目の前に誰かいたらそのイメージが反映されてその人になっちゃうよ」

「あぁ、それでか……」

「元の姿、憶えてる? その姿をイメージすれば元に戻るよ」

「やってみる……」

俺は幻想石を握りしめて目を閉じる。

「戻る……戻るんだ。あの姿に……」

イメージする。あの懐かしい日々を。

幼なじみ四人で駆け回ったあの頃を。

「…………ふぅ」

目を開ける。身体を覆っていた体毛は、キレイに消え去っている。

「ご、ご主人様……! ご主人様だぁ!」

フィーナの顔が輝く。

「どうやら、戻れたみたいだな」

「わああぁぁ!」

何故かフィーナの方が感極まったように俺に飛びついた。

「……これが、マークのほんとうの姿……」

「そんな言われ方しても極普通のニンゲンだぞ」

「よかった……よかったですぅ……」

「お前はお前でなんでそんな泣くんだよ」

「あの時の……あの時のご主人様なんです。オレ、今のご主人様に会ってからはじめてこの姿を見たから……」

そうか。そういえば骨の姿だったもんね。

「さ、それじゃあ使い方もわかったでしょ?」

「待て待て。これは魔素で起動するんだろ? だったら終わりがくるはずだ。どのくらいの魔素の補充でどの程度持つんだ?」

「え? 終わり? そんなもの、ないよ」

アミィはきっぱりと言い切った。

「な、ないの?」

「コスパが良いって言った方がいいかなぁ。大気中の魔素で補っちゃうからさ。もちろん地上程度の魔素でもニンゲンの姿になるくらいは簡単でしょ。この幻想石のすごいところはだねぇ、そんなニンゲンに化ける程度のことじゃなくて……」

「あぁ、それ以上はいいよ。ニンゲンになれるならそれで」

「釣れないなぁ。それがあれば戦闘もグッとラクになるのに」

「もう戦う必要もないからさ」

「それもそうだね。キミは平和に暮らしたらいいよ」

そう言ってアミィは笑った。

「……そういえば、ひとつ気になることがあるんだけど、いいかな?」

「なんだい?」

「……"天界の使命"って、わかる?」

それを聞いたアミィの表情は、先程の笑顔が一瞬で消え失せる程に曇った。

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