「おにいちゃん、しんじてなかったでしょ」
道中、じっとりとした目線を送りながらララが言う。
「あー……いやだって、鑑賞会って言うからさ。長くても2時間映画くらいの長さかなぁって思ったのに、単行本二冊分くらいやるんだもん。あいつ俺たちの五倍くらい尺とってたぜ?」
「なんのはなし?」
「ん? あれ?なんだっけ」
興奮して自分でもよくわからないことを口走っていたな。
「と、とにかく! あれはずるいって〜。五分って言ってもあんだけ体感あったらなんでもありだよ。それに一日しか経ってないのに十数年過ごしたはずのマークが来るしでもう時間めちゃくちゃだろ」
「なんかね、あっちとはちがうんだって」
「うんそりゃね」
「あたしがおしえたのに!」
「今俺が言ったじゃねぇか……」
しかし断片的に見たとはいえあれだけの情報量を流し込まれるとこちらの記憶にも関わってくるな……。こいつがアホなのってそれも関係してんのかな……。
「いまなんかわるいかおしてた」
「いや?」
何も悪いこと考えてないよ。
「さてそんじゃあ今日はこの後どうしよう。とりあえずメシ食って……」
「ドンドンニたべたい!」
「あれ見たら食いたくなるけどちっと前に食ったろう?」
「むぅ……」
「健康的な食事を食べなさいよ子どもなんだから」
「こどもじゃないしぃ!」
「めちゃくちゃ子ども」
ムキになって体当たりしてくるお子様をいなしながら周囲を見回すと、丁度良いところに定食屋があった
「お、いいねあそこ。あそこにしよう」
「ドンドンニ……」
「あるかもよ?」
「……じゃあいく」
大人しくなったララは俺に続いて定食屋へ入った。
「いらっしゃい……っと、ララ様じゃないか」
「こんにちは」
「はいこんにちは。うちの店に来てくれるなんてねぇ」
ララが来てくれたことが本当に嬉しいといった表情で店員のおばさんが挨拶を返す。
「ララはあまりここには来ないのか?」
「はじめてきた!」
「ララ様が来てくれたならサービスしちゃわないとね! あんたぁ! ララ様が来てくださったよぉ!」
店の奥に声をかけると、こちらに向き直り俺たちを席に通す。
「ここでいいかしら?」
「うんー!」
入口付近の二人席に案内された。
「あ、おばさん。ドンドンニってありますか?」
「あぁ、ありますよ」
「あるってよ。よかったじゃん」
「やったぁ!」
ララはそれを聞いてはしゃぎ始めた。
「じゃあ俺は……なんかおすすめをください」
「わかりました。それじゃあ待っててくださいね」
おばさんは厨房の方へと消えていった。
「それにしてもくたびれたなぁ……マークたかしはもっとくたびれただろうけど……」
「なんか、よくわかんなかった」
「なにが?」
「なんでみんななかよくできないの?」
「それは……」
無邪気な質問ですけど、現実を突きつけてやるわけにもいかない。
「みんな護りたいものがあるからさ」
「なんで?」
「えっと……食べるものとかなきゃ困るし暮らす場所だって必要だろ?」
「なんでなんで??」
こっ……こいつ……!
「……はい。質問タイムおしまいです」
「なんでなんでぇ!」
「なんでしか言わないんだもん!」
「なんでなんでなんで!」
しっつこ……。
「じゃあお前、質問して答えが返ってこなかったら怒るだろ?」
「うん」
「それと同じ」
「なんでなんでなんでなんで!」
「はい黙れ。えっとな、例えば質問をする、返ってくるってのは相手がその答えを持っていて、なおかつ教えてやろうって気がないといけないだろ? お前に答えを与え続けてもさらに答えを求めてくる。そうなると俺は答える内容も無くなってくるし話す気力も無くなってくるんだ。それはさっきの世界の話で言えば、食べ物に置き換えてみろ。食べ物が欲しいってねだって与えてくれるならいいけど、与えた側はそれを失っていく。そしてさらに食べ物をねだられたらどんどん関係は悪化していくだろう。お前がやっているのはそういう……」
ちらりとララの方を見るとこちらを見もせずに手遊びしている。
「……ん、おわった?」
「…………」
もはや何か言う気も失せた……。
「はいお待ちどうさま」
おばさんが水とおしぼりを持ってきた。
「なんかケンカしてました?」
「あぁ、特に……」
「おにいちゃんね、なんでもしってるんだよ!」
ララが自慢げにおばさんに言う。
「ララ……」
聞いてないようで実はちゃんと聞いてたのかもしれない。
「仲が良いんですね」
「そう見えます?」
「ええ、とっても」
ララはもう配られたおしぼりで遊び出してこっちを見てもいないが、客観的に見てそう見えるものか……。
「ところであなたはララ様のお付の方ですか?」
「おにいちゃんです」
「あらそうなの!? じゃあクレア様の……」
「やめて」
遊んでいたはずのララがいきなりおばさんの言葉を止める。
「は?」
「……申し訳ありません」
そう言うとおばさんはそそくさと厨房の方へと戻っていった。
「おいおい、どうしたんだよ急に。足でも踏まれたか?」
「……んーん」
それだけ言うとララは顔を背けてしまった。
「……」
その様子が少し寂しげだったので、あまり追求せずに料理の到着を持つことにした。