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いまよりもっとがんばったら

目が覚めると、電気をつけていなかった室内はもう既に黄昏に染まっていた。

「ん……うそ、もう夕方じゃん」

あれから数時間程眠ってしまっていたらしい。

隣ではララが寝息を……立てていない。というか、いない。

「あれ、ララ?」

騒がしいララが居るはずなのに家の中はしんという擬音が鳴る程に静まり返っていた。

「まさかまた……?」

この間の失踪を思い出し冷や汗が出てきた。

玄関に向かうと、靴はある。

ということは家の中にいる……?

これだけ静かだということは寝てるのかもしれない。そうだとすれば寝室にいるはずだ。しかしもしかすると俺に見つからないようにあえて隠れているのかもしれない。

「かくれんぼ二回戦ってわけね……」

俺が決めつけただけであいつは別に隠れたつもりではないかもしれないが、オニになったつもりでララを探しに行く。

まずは寝室。寝てたならここにいるはず。

「……いないねぇ〜」

ベッドは空。布団の中にもいる気配はない。

ここにいないとなると寝ていないということなので、やはり隠れている線が濃厚か……? そうでなかった場合はちょっとヤバい気がしてきたが。

「ま、まあとりあえず探してみるか」

さっきララが隠れていたであろう風呂場もあたってみるが浴槽の中にはいないし、もしかしてとトイレを覗いてみるも中には誰もいなかった。

「あれ……いない?」

隠れていそうな場所はここら辺くらいだと思ったが……。残るは書斎のみだ。でも書斎は窓に向いた机と椅子がひとつあるくらいであとは壁際に並んだ本棚があるくらい。つまり隠れられる場所はないはず。

だが残る場所はそこだけしかない。

一応確認のために扉を開ける。

「あっ」

そこには机に向かい何かを書いているララがいた。

「え……どしたん?」

「ん、おきたんだ」

「ああ、おはよう……で、なにやってるん……ですか?」

「おべんきょうだけど」

お、お勉強? するの? この子。

「またしつれーなことかんがえてない?」

「考えてない」

「きょうのこと、ちゃんとつぎにいかさないと」

「偉いなララ! 終わったらもう自由! みたいな感じかと思ったぞ!」

「がんばんなきゃって、おもった」

ララはふんすと鼻息を放ちながら述べた。

「どれどれ……」

ノートを覗いてみると、ぐりぐりとした字ではあるがちゃんと文章が書かれている。

「へぇ。字が書けるんだ」

「かけるよ。すごい?」

「うんすごいすごい! お前くらいの歳の頃なんて数字も数えられねぇよ」

「……ばかにしてる?」

「ほんとほんと!」

一瞬疑われたが俺の賞賛を受け入れてララははにかんだ。

「あたしね、マークさんみてたら、おもったの」

「どうした?」

「マークさん、あんなにつらいめにあっても、あきらめなかった。あたしも、いまはつらいこと、あるよ。……でも、いまよりもっとがんばったら、マークさんみたいにかなうかもしれない」

「……そう、だな。うん! そうだよ! 流石ララさん! よくわかっていらっしゃる!」

「……ばかにしてる?」

「ほんとほんと!」

事実俺は感心した。

ララもあの体験を通してこんなにも柔軟に思考しているのだ。

そりゃあ精神的にも成長するというものだ。

「あの世界のことも、なんとなくわかってきたしな。次の転生者の時には、もっと的確にアドバイスできるかもしれないな」

「そうだね! たよりにしてるよ……おにいちゃん!」

「おっ、そうだな!」

嬉しいことを言ってくれる。

こいつが一人前になるまで、俺は尽力してやるぞ!

……一人前、か。そうなったら、やっぱこいつとも別れなきゃならないのかな。

「どうしたの? きゅうにげんきなくなった?」

「あ、あぁ、とくに……」

いけないな。自分で気づかないうちに肩を落としてたらしい。

「おなかすいちゃったの?」

「あ〜……うん、そう。腹減ったよな」

「ねてたのにね」

「はは。それはそう」

ちょっと強引な誤魔化しになってしまったが、ララとの別れを憂うような様子は見せるべきでないだろう。

「よし! じゃあおべんきょういったんおわり! ごはんつくるよ!」

先ほどまでペンを走らせていた帳面を閉じてララは立ち上がった。

「お前は休んでろよ。俺が作ってやるからさ」

「つくれるの?」

「……多分」

自信の無さが言葉の勢いによく現れてしまった。

「むりしないで。あたししってるよ。おにいちゃんはやさいをきることもできない」

「ぐっ……な、なぜそれを?」

「このあいだりょうりしたとき、そんなかんじしたの」

まさか見抜かれていたとは……。

以前作ったのはチーズオムライス。卵を焼いてご飯に乗せるシンプルな料理だった。

当然食材は大まかには卵とご飯、あとチーズくらい。その工程にあるのは混ぜる、焼く、乗せる、くらいしかない。ご飯も軽く素で炒めたのみで野菜を切ることもなかった。

ララは料理上手なので俺の手際を見て察してはいたのだろう……。

「じゃあわかった! 俺もお勉強するわ!」

「もうとじちゃったよ」

「違う違う、そうじゃない。ララせんせーに料理を教わるんだよ!」

「ララ……せんせー!?」

この間の設定が活かされたことに大変感銘を受けたらしい。

「ついてきたまえシエルくんっ!」

意気揚々とララがキッチンへ向かって俺を先導し始めた。

「はいはいっと」

こいつが頑張ろうとしている中で、俺も何かをしないわけにはいかない。

この世界のことについてもっと知る努力をしなければ。

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