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ヴェルタジヴァ・サンデ!

「はいじゃあ、今日はおにいちゃんがすきにおりょうりしてください」

キッチンに入って早々、ララせんせーが俺に言い放つ。

「好きにって……言われてもな」

「あまいものがいいです」

夕飯だぞ。

「そうだなぁ。とりあえず食材を見てから……」

貯蔵庫を開くと、中には彩り豊かな野菜が入っていた。

「野菜……はたくさんあるけど、他にはないな」

「おこめたく?」

「いや待て。米は野菜のみでは少し食べるには苦労するかもしれない。そうだ。パンはあるか? 米があるならパンもあるんじゃないか」

「パン……?」

もしかしてない?

「あるよ」

あったああああ!

「でかした! それじゃあそいつを使う!」

正直夕飯に食べるよりもピクニックで食べるものではあるが……今は食材が野菜しかないのだ。贅沢は言っていられない。

「じゃあ今日は、サンドイッチ作るぞ!」

「……なに、それ?」

「野菜やなんやらを切ったパンに挟んでだな……」

「あー! ヴェルタジヴァ・サンデ!」

なんて?

「あ、あぁ……あるのね」

「サンドイッチのほうがよびやすいね」

「だろ!? はいじゃあ野菜を切るから挟んで食べよう!」

基本的にはもとの世界と同じ野菜だ。レタスもあるしトマトもある。これならサンドイッチを作るには苦労しないだろう。

ただ、冒険したい気持ちもある。

全く見慣れない野菜もいくつかあるからだ。

「ララせんせー、この水色の玉みたいな野菜はなんですか?」

持ち出したのは透き通るような水色をした、まるで涙の形をした玉ねぎのような野菜だ。

「あ、それティアン、あぶないよ」

「危ないの!?」

「きるとないちゃう」

玉ねぎじゃねぇか。

「なるほどな。それならサンドイッチには入れるべきだ」

「どーいうこと?」

「この食材には覚えがあるってこと」

俺はまな板のうえにそのティアンを置くと、玉ねぎと同じ要領で切り始めた……のだが。

「な、なんか急に視界が……」

目の前がぼやける。不意に手のうえに熱い液体が降り注いできた。

「うわっ! なんだ!?」

それは気づかないうちに俺の目からこぼれ落ちていた大量の涙だった。

「う、うわあぁ!!」

「いったのに」

玉ねぎどころじゃないレベルの催涙作用だ。

「でもそれおいしいからすき」

「なんだおいしいのか。なら涙を流した甲斐もあったというものだ」

「メガネあるけどね」

「先に言ってくれよ」

「すぐきるんだもん」

俺が悪かった。

ララせんせーに保護ゴーグルを持ってきてもらってティアンを切った。

「さて次は……このぷにぷにした黄色い野菜が気になるな」

瑞々しい身はつつくと弾力があり指を押し返す。黄色く丸い見た目がかわいらしい。

「それイースだよ。とんでもなくあまいんだよ」

と、とんでもなく……?

「ど、どんなに?」

「とんでもなく」

「どういう時に使う食材なの?」

「おかし!」

まぁそうだよな。しかし、しかしだ。使いようによってはいいアクセントになりそうな気も……。

「普通に切っていい?」

「うん」

ナイフで切ると、まるでチーズみたいにスっと切れた。ぷるぷるとした切り身は黄色い色味も相まってますますチーズにしか見えなくなってきた。

「どれ一口……」

切り身を一枚味わってみる。

それが舌に触れた瞬間に、ハチミツを直で舐めているかのような甘さが流れ込んでくる。

「うおっ!」

だがそれはまだ序の口だ。咀嚼すると身からはじゅわりと蜜が溢れ出してきた。それはハチミツよりも甘いのにあの絡みつくような粘度がないため口いっぱいにそれが満たされる。一瞬で虫歯になってしまいそうなくらい甘い……。

「と、とんでもないな……」

「でしょ?」

これをサンドイッチに……いれられるだろうか。

「ん、いや、逆に考えるんだ。入れるんじゃなくてかけたらいいんじゃないか。これでシロップ……液体にすることはできるか?」

「できるよ。にこむとぜんぶとけちゃうの」

ハチミツの代わりになるくらいの甘さだがサンドイッチにかけたらいい具合にアクセントになるかもしれない。

「となるとらあとは塩味が欲しいところだ。ベーコンでもあればよかったんだがな……」

「しょっぱいもの? これとかどう?」

ララせんせーが差し出してきたのは、ベーコンのようなものだった。

「ベーコンあんじゃん! 野菜しかないと思ったわぁ」

「ちがうよ。これ、やさい」

「え、だって肉でしょこれ」

「おにくじゃないよ」

そこまで言うなら味わってみようじゃないの。俺はそのベーコンによく似たピンク色の塊にナイフを下ろす。

ざくりと音がして一切れが切り離される。

切った感触は確かにベーコンと違う……まるでキャベツみたいな手応えだった。

「そのまま食えるの?」

「だいじょうぶだよ」

その一切れを口に放り込む。

噛んでみると、バリボリと小気味よい音とともに身がほぐれ、焦がしたベーコンによく似た食感とともに程よい塩味を含んだ肉汁……ではないだろうがこの野菜に含まれた水分が口内に放たれる。

「こ、これ……たまらんなぁ!」

めちゃくちゃうまい。焼いてないのに? 焼いてないのにこれ? もう肉じゃん。

「もう一枚! もう一枚食べたい!」

「あんまりたべないで」

「いーじゃんいーじゃん!」

ララせんせーの制止を押しのけて再びベーコンっぽい野菜を切る。

「それ、ベージ、たべすぎるとあぶないよ」

ぴたりと手を止める。

さっきの危ないのレベルが訪れるとしたらヤバい。この世界の食材は油断できない。

「……どうヤバいの?」

「はんにちトイレ」

ぅあぶねえぇ! もう普通に肉じゃん!

「どのくらい食べたらそうなる?」

「このはんぶんくらいかも」

なるほど。今十分の一程の切り身を食べたから、食べられてあと二切れか三切れくらいにしておいた方が良さそうだな。

でもこんな美味いのにたくさん食べられないなんて……どっかの美食家が安全に食べられるようにしてくんねぇかなあ。

「ま、とにかくこれで材料は揃ったわけだ。作っていくとしますか」

「もういい?」

「おう! そんじゃ準備だ!」

俺たちは材料を揃えて調理を開始した。

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