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……んが

「……ここだ」

道中口を開くことのなかったエリンが、教室の手前でようやく言葉を発した。

「今はホームルームの最中だ。先生が扉を開いてくれるだろうからそれまで待機だな」

「ん? 先輩も同じクラスなの?」

「天使アカデミーは基本的にクラス分けはシンプルだ。年齢差が大きいからな。ここ第5天使アカデミーでは他の学園より更に生徒数が少ないためなんとひとクラスしかないのだ」

「それもうクラスじゃなくないすか……?」

「こんなに広いのにひとクラスしかないとなると少し持て余し気味な気もするがな……こればかりは仕方ない。この場所は天界の中でも特殊だからな……」

「なんか理由があるんですか?」

「時間の概念が違うという話はきいただろう? あれが関係している」

「気になってたんですよ。教えてくれるんですか?」

「まだ時間がありそうだからな。軽く教えておこう」

「はい!」

軽く咳払いをすると、リアンは解説し始めた。

「まず、この空の上の世界が天界ということから教えよう。それすら知らないんだろう?」

「あ……その……」

「校長から話は聞いている。君は転生補佐官に任命された別世界の人間なのだろう?」

「あ、知ってたんすか」

「なにっ!?」

隣でエリンが声を上げる。

「あれ? こいつは知らないんすか」

「えっ……ちょ、ちょっと待って? 別の世界?」

明らかに動揺した様子でエリンが俺の身体を隅々まで見る。

「天使ですよね……?」

「転生者だ。元の姿ではないさ」

「と……いうことは! やはりこいつは悪魔の手先……! きゃあああ!」

いつもなら俺に飛びかかるところだと思ったが、エリンはリアンの後ろに隠れようにして飛び退いた。

「お前の思っているようなものじゃない。ジュダストロからの転生者ではないんだろう?」

「あ、はい」

「……順を追って話そう」

後ろで震えてるやつが話の複雑さを物語っているな。

「ここ天界では、魔法生物たちの進行に備えているのだ」

「ここでもそうなんですね。俺はてっきり安全なのかと」

「ここは特に安全だ。先程話題に出た時間を歪める存在、時の防壁があるからな」

「時の防壁?」

「大天使様によりこの周辺の領域ヴェイフには時空を歪める障壁のようなものが張られている。ヴェイフはそれに包まれているような形で、この防壁を貫ける者はそうそういないだろう。そして何より、この防壁の中では時間が非常に緩やかに流れているのだ」

「緩やかに……?」

「例えばこの防壁の外から十秒この中を見つめたとする。外からは十秒でも、この中では数時間や数日が経過している可能性もあるのだ。ただしそれが外とどの程度時間に差があるかの指標になるかはわからない。時間の流れは定まっているわけでもないからだ」

「じゃあ……ここは他の天界から取り残されてしまったってことなのか?」

「そうともいえる。しかしそうでないともいえる。女神様はこのヴェイフの中からジュダストロを救うための手段として転生者を送り出しているという」

「へぇ……そういうことなのか」

半分くらいわかんなかったけど。

「……んが」

真面目に聞いてるかと思ったらララなんてもう寝てるし……。

「簡単に言えば、天界が魔法生物に滅ぼされる前にこの中で対策を整えていこうっていうことだよな?」

「あぁ。その認識で構わないだろう」

「それで……今はどんな状況なんだ?」

「それは私にはわからない。私たち天使は女神様に全てを委ね、このヴェイフでの生活を享受させて頂いている。来るべき魔法生物たちとの戦いのために、日々切磋琢磨するのだ」

リアンはカッコよく言い切る。だがエリンは彼女の裏で未だにちらちらとこちらの様子を伺っていた。

「……後ろのやつは相当ビビってるみたいだけど?」

「ビ、ビビってるだとぉ!?」

エリンは声を荒らげるが、身体は出さない。

「言ってたろ? 俺は魔法生物じゃないしジュダストロの人間じゃない。なぁんもチカラのないただのザコですよ〜」

そう言いながら俺が手をぴろぴろさせると、エリンはそれにさえ反応してしまう。

「ひいっ!」

「ほらビビりじゃん。お前って話通じないよな」

「……くっ。先輩〜、ほんとに大丈夫なんですか?」

言い返せなくなったエリンはリアンに助けを求めるみたいに情けない声を上げる。

「ふ、大丈夫だ。邪気は感じないし、あいつはお前にさえ歩み寄ろうとしてるんだぞ」

「ほ、ほんとうか……?」

ちらりとエリンが顔を出す。

「何度も言ってるだろうが。お前俺の話聞こうとしねぇんだもん」

「……敵の言葉は聞いてはならないから」

「敵認定が早いんだっつの。お前初対面で腹立った相手にはいつもあんな感じなの?」

「ちがうっ! ばかにするな! お前を見た時……なんかこう……いつもと違う感じがしたから……」

「は?」

「胸がザワザワして……いても立ってもいられなかった。これは、お前に対して強い敵意を感じたからだと思ったんだが……違うのか?」

「……あぁ〜」

リアンが気まずそうな顔をする。

「ゆ、許してやってくれないか。その……あまり慣れていないと思うんだ」

「な、何がですか?」

何故かリアンの方がエリンをフォローするかのように俺を諭しにくる。

「まだ出会って間もないんだ。お前たちも仲良くなれるさ。な?」

「う、う〜ん……先輩がそう言ってくださるのなら……」

イマイチ納得しきれなそうな表情だが、エリンもようやく大人しくなった。

「さ、そろそろ呼ばれるんじゃないか。話の続きはまた今度だ。なに、授業でも学ぶことになるだろう」

俺たちは喋るのをやめて教室の戸が開けられるのを待った。

「ん……おきてるよ」

こいつは間違いなく寝てた。

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